第九話-【第四幕:精霊工匠】
リナは図面を眺める。
「軽くする。薄くする。内部では高い圧力を受ける。その上、魔力を通すための処理まで必要」
指先が管壁の断面で止まる。
「加工精度も相当なものになる」
トールは腕を組んだまま、僅かに顎を上げた。
「分かりゃいい」
「ええ」
リナは素直に頷いた。
「普通の鍛冶師へ頼む仕事ではないわね」
「……あ?」
トールの目が細くなる。
リナは気づかないふりをした。
「薄い金属へ均一に力を通しながら、冷間鍛造で表面を締める。しかも内側には細かな術式を刻める精度を残す」
首を傾ける。
「寿命が何百年もある精霊の工匠なら、できるかもしれない」
アーガスがリナを見る。
嫌な予感が確信へ変わった。
彼女は続ける。
「翡翠の森の奥で、一つの器へ何年も掛けるような人たち。魔力の流れも細かく感じ取れるのでしょう?」
振り返る。
トールには背を向けたまま。
アーガスと目が合った。
青い目の端に、冷たい光がある。
黙っていろ。
今度ははっきり分かった。
「矮人の工芸は別の方向に優れているものね」
リナの声が柔らかくなる。
あまりにも親切な声だった。
「厚くて、重くて、頑丈。大きな槌で叩いても壊れない。そういう物を作らせれば、大陸でも一流でしょう」
トールの背中が固まった。
「だから、大槌に刺繍をさせるような仕事まで求めるのは酷だったわ」
リナは小さく笑った。
「細かな仕事は精霊へ任せましょう」
沈黙。
炉の方から、炭が崩れる音だけがした。
トールの首が、ゆっくり動いた。
「……今、何て言った」
声が低い。
リナは振り返った。
顔には心から申し訳なさそうな表情がある。
「諦めましょう、って」
「その前だ」
「矮人の工芸は頑丈で素晴らしい、と」
「もっと前!」
鼻息が荒くなる。
アーガスは目を閉じたくなった。
リナはさらに首を傾ける。
「精霊の工匠なら、このくらいの細工もできるかもしれない、と」
トールの額に青筋が浮いた。
「安全第一だもの。普通の罠へ戻しましょう。熊は捕まらないかもしれない。工房も危ないでしょうね。でも」
図面をそっと畳もうとする。
「少なくとも、矮人の得意な範囲から外れた物を無理に作って、弟さんの腕を飛ばす心配はないでしょう?」
ばさっ。
トールの手が図面を押さえた。
「放せ」
リナが瞬きをする。
「でも」
「その図面を放せ」
声が震えている。
怒りで。
リナは素直に指を離した。
トールは図面を奪い取った。
「精霊?」
鬚が震える。
「木の枝を磨いて、先を尖らせただけで芸術だって言ってる長耳どもか?」
「トールさん、偏見は」
「黙れ!」
棚の工具が震えた。
「誰が矮人に精度が出せねえって言った!」
図面を卓へ叩きつける。
「誰が厚い物しか作れねえって!」
太い指が発射管の断面へ突き刺さる。
「深層黒鉄を使う。三回熱鍛して、氷泉で締める。その後に冷間で百回以上叩き重ねる!」
アーガスが目を開く。
トールの声は止まらない。
「肉を薄くしても層が逃げなきゃ圧は受けられる。内径は最後に合わせる。公差も俺が出す!」
胸を叩く。
「この管なら竜の息の中へ突っ込んでも歪ませねえ!」
リナが一度だけ瞬いた。
「でも、さっきは豆腐を削って盾を作るようなものだと」
「うるせえ!」
「はい」
「図面は置いてけ! 蜘蛛糸も全部鍛造場へ運べ!」
トールは次にアーガスを指差した。
「お前!」
「僕?」
「何でもいいから別の仕事してろ! ここでうろうろすんな!」
「でも術式の刻印が」
「それはお前がやれ!」
内壁の複雑な紋様を指で叩く。
「俺は鉄を仕上げる。お前は後から好きなだけその細けえ魔法を彫れ。俺にまで長耳みてえな花模様を刻ませるな!」
「花模様じゃないんだけど」
「同じだ!」
図面を丸める。
目は完全に燃えていた。
「この鉄骨は俺がやる」
トールは試験室の扉へ向かう。
「精霊より細けえ物を作ってやるよ。完成したら、その目で見やがれ!」
扉が大きな音を立てて開く。
廊下へ出た直後から怒鳴り声が響いた。
「おい! 炉を起こせ! 深層黒鉄を全部出せ! 寝る奴は明日寝ろ!」
足音が遠ざかる。
試験室に静けさが戻った。




