第八話-【第七幕:共犯】(挿絵あり)
アイリーンは黙って聞いていた。
それから、ゆっくり目を細めた。
分かっている。
この震え。
この涙。
この言葉。
今ここで必要だから、リナが選んだものだ。
さっきの姿を見た家族が、彼女を遠いものとして恐れないように。
昨夜やっと開いた扉を、自分の手で閉じないために。
強すぎる姿の上へ、親しみやすい弱さを一枚重ねた。
リナらしい、不器用な気遣いだった。
アイリーンは剥がさない。
問いたださない。
包帯を巻いた手をゆっくり持ち上げ、リナの背へ回した。
「遅くないよ」
金髪を撫でる。
「ありがとう、リナ」
声は弱い。
温度は昨夜と同じだった。
「私たちを守ってくれて、ありがとう」
リナの肩が一度震える。
アイリーンは少しだけ顔を寄せた。
耳元へ、周囲には届かない声を落とす。
「でもね」
リナの動きが止まる。
「私は本気だから」
一拍。
「ありがとう。私の妹」
今度は、リナの肩が大きく跳ねた。
それが演技だったのか。
不意打ちで本当に動揺したのか。
そこまではアイリーンにも判別できなかった。
口元だけが、かすかに笑う。
そこでブレイクが息を吐いた。
トールが頭を掻く。
「その……助かった。ありがとな、リナちゃん」
サラも目元を拭いながら近づいた。
「怖かったねぇ。もう大丈夫だから」
家族が一人ずつ輪の中へ戻っていく。
工房へ人の声が戻った。
あの恐ろしい姿も、怖さのあまり身体が固まっていただけ。
そう考えれば、皆も近づける。
リナが用意した説明は、きれいに機能していた。
アーガスだけが少し離れた場所に残っていた。
腕を組む。
目を細める。
おかしい。
さっきまでバロックの逃げ道を一つずつ潰していた。
鉱務局の調達情報まで、その場で賭け札にした。
自分が知らないことまで利用し、相手の知らなさを武器に変えた。
その人間が、頭が真っ白だった?
アーガスはじっとリナを見る。
視線に気づいたのか。
アイリーンの肩へ顔を埋めていたリナが、ほんの少し横を向いた。
赤くなった目。
睫毛に残った涙。
その目が一瞬だけ、狡猾に細くなった。
ぱち。
片目を閉じる。
続いて、唇だけが小さく動いた。
騙してるの。
アーガスの口が半分開いた。
やっぱり。
肩から力が抜ける。
だが、すぐに別の疑問が残った。
どこまでが演技だった。
さっきの冷たい顔も?
家族へ抱きつく涙も?
怒りも?
笑顔も?
考えれば考えるほど、境目が分からなくなる。
アーガスは小さく息を吐いた。
もういい。
どの顔が本物かなんて、今はどうでもいい。
一つだけ、観測できた事実がある。
山王の長戟が家族へ向いた時。
リナは、自分たちの前へ出た。
その事実だけは、どんな演技でも消せない。
笑顔も。
涙も。
弱さも。
全部、必要なら武器にする人なのだろう。
そして今日は、その武器が自分たちの前に立つ盾になった。
なら、信じる。
嘘ごと。
アーガスの口元が少し緩む。
共犯でいい。
輪の中から、リナがもう一度こちらを見た。
今度は二人とも何も言わなかった。




