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第八話-【第六幕:仮面の帰還】

 兵たちの足音が完全に消えても、工房は静かなままだった。


 誰から先に声を出していいのか分からない。


 トールは大槌を下ろしている。


 ブレイクはサラの前に立ったまま動かない。


 見習いたちも、入口に立つ碧緑の背中を遠巻きに見ていた。


 先ほど一人の衛兵が長戟を落とした理由を、今なら少し分かる気がした。


 近づきにくい。

 話しかけにくい。


 あの背中へ不用意に触れるなど、考えたくもない。


 黒曜とウォーレンでさえ、主人の一歩後ろから動いていない。


 そこへアーガスが歩いた。


 彼の頭には、別の問題が残っていた。


 鉱務局。

 坑道支柱。

 同一ロット。


 もし本当に病変材が流れていれば、さっきの脅しだけでは済まない。


 アーガスは数歩近づいた。


「リナ先輩」


 反応がない。


「さっきの坑道支柱の話、本当なんですか?」


 まだ返事がない。


「もう鉱務局まで調べてたんですか?」


 リナは動かない。


 聞こえていないと思った。


 アーガスは自然に手を伸ばした。


 肩へ軽く触れる。


「先輩?」


 肩へ触れた途端、工房のあちこちで息を呑む音が重なった。


 ウォーレンの目が見開く。


 黒曜の指が止まる。


 ブレイクが口を開いた。


 トールは本気で一歩下がった。


 全員の顔に同じものが浮かんでいた。


 何をしている。


 さっき獲物を追い払ったばかりの竜へ、後ろから触るような真似だった。


 だがアーガスだけは、周囲の空気を読んでいない。


「先輩?」


 もう一度呼ぶ。


 リナの身体がぴくりと止まった。


 ゆっくり振り返る。


 青い瞳がアーガスを捉える。


 一秒。


 誰も息をしない。


 次の瞬間。


「うぅ……アーガス……」


 声が震えた。


 工房全体が固まった。


 さっきまでの冷たい静けさが、跡形もなく消えている。


 リナの目の縁は赤い。


 唇が震える。


 肩まで小刻みに揺れ始めた。


「怖かったぁ……」


「……え?」


 アーガスが間の抜けた声を出す。


「本当に怖くて……どうしたらいいか全然分からなくて……」


 リナが鼻をすすった。


「頭が真っ白になって、顔も動かなくなって……気づいたら、あんな変な顔になってて……」


 トールが瞬きをする。


 ブレイクも瞬きをする。


 ウォーレンは何も言わない。


 黒曜も何も言わない。


 ただ二人だけは、ほんの僅かに視線を逸らした。


 リナはそのままアイリーンの輪椅子へ向かった。


 先ほどまでの完璧な足取りまで消え、少し急ぎすぎたような歩幅になる。


 包帯を巻かれた手を見る。


 息を吸う。

 もう一度。


 三度目で目に涙が浮いた。


「ごめんなさい……アイリーン姉さん」


 今度は声にした。


 アイリーンの瞳が僅かに見開かれる。


 リナは膝をつき、その身体へ抱きついた。


 金髪がアイリーンの肩へ流れる。


「もっと早く出ればよかった……」


 声が首元で震える。


「でも、私はハーフエルフで……下手に介入したら外交問題になるかもしれなくて……私……」

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