第七話-【第五幕:青磁の号砲】(挿絵あり)
工房から音が消えた。
床に倒れたまま文書を求めるアイリーンを、誰もが見ていた。
逆さになった輪椅子の車輪だけが、まだゆっくり回っている。
ごろ……ごろ……。
風が壊れた扉を抜ける。
リナの頭の中では、別の声がぶつかっていた。
まだ黙っているの?
理性が答える。
黙れ。
これは矮人王国の行政だ。
他人の家の問題でしょう?
そうだ。
利益になる?
関係ない。
違う。
考えるな。
出るな。
外交問題になる。
商会を巻き込む。
ここで感情に任せて動けば。
床に落ちた血が見えた。
震える肩が見えた。
それでもバロックから目を逸らさない、あの翠緑の瞳が見えた。
昨夜、自分へ向けられた掌を思い出した。
ここには商会も、交渉相手もいない。
胸の奥で何かが切れた。
もう知るか。
利益なんて。
外交なんて。
この胸をむず痒くさせる、くだらないアレルギーなんて。
全部、クソくらえ。
リナは茶杯を持ち上げた。
表情は消えていた。
指は震えていない。
自分の意志で落とす。
白い指が、取っ手から一本ずつ離れる。
青磁の杯が落ちた。
真っ直ぐに。
石床へ。
ガァン!
乾いた破裂音が、工房を切り裂いた。
青磁が砕け、白い欠片と茶が床へ散る。
重装兵が一斉に振り返った。
バロックも首を向ける。
回廊の陰から、一人の少女が歩み出た。
碧緑の天鵞絨。
銀糸の刺繍。
高い立ち襟。
朝、自分とこの家の間へ壁を作るために選んだ服だった。
その緑が、工房の中央へ進んでいく。
リナは砕けた杯を見ない。
視線はバロックだけを捉えていた。
商会の牙。
女王の眼差し。
朝に築いた境界は消え、碧緑の礼服は彼女を戦場へ送り出す装甲になっていた。




