第五話-【第八幕:資金不足という低級な問題】(挿絵あり)
試験室から出た時、リナの表情はすでに静けさを取り戻していた。
彼女は手袋を替えていなかった。
煤、鉄錆、焦げ跡に汚れた白い手袋が、そのまま彼女の手に収まっている。
替えるつもりはなかった。
その汚れを、リナは無言の契約のように感じていた。
自分と、この狂った少年との間に生まれた、まだ誰にも言えない小さなつながりとして。
扉の前には、黒曜が控えていた。
幽霊のように静かに、だが決して隙なく立っている。
主人が出てきた瞬間、黒曜の目がわずかに動いた。
リナの眼底にあったいつもの傲慢さが、少しだけ薄れている。
代わりに、深く読み切れない光が宿っている。
「お嬢様?」
低く問いかける声。
リナはすぐには答えなかった。
ただ陰の中で袖口を整えた。
その時、前方の角の向こうから、抑えた言い争いが聞こえてきた。
アーガスとトールの声だった。
「兄さん、俺の言うことを聞いてくれ。クモ糸を使うんだ」
アーガスの声には焦りがある。
「普通の麻縄や鋼線じゃ駄目だ。俺たちが相手にするのは、あのレベルの怪物だぞ。十分な粘りと強さが必要なんだ。クモ糸が一番いい」
「お前、頭がおかしくなったのか?」
トールの声には恐怖が混じっていた。
「クモ糸が一束いくらするか知ってるのか? あれは貴族の礼服に使うような素材だぞ。俺たちは鍛冶屋だ。鉄だ、分かるか。鉄を扱うんだ。服を織ってるんじゃない」
「違う、聞いてくれ。クモ糸の強度は――」
「鋼線を使え。そっちの方がずっと手に入れやすい」
トールは頑固だった。
「それに、もう金がないんだ、アーガス。家には石炭を買う金だって怪しい。お前のその無茶な考えに付き合う余裕はない」
アーガスが沈黙した。
まただ。
貧しさによって手足を縛られる、あの沈黙だった。
リナは陰に立ち、その横顔を見た。
悔しさを噛み殺しながら、それでも現実に頭を下げざるを得ない少年の顔。
胸の奥が、理由もなく締めつけられた。
これが、あのV2・5・1があれほど醜かった理由なのか。
彼は美しさも、安全も、きっと望んでいた。
だが金がなかった。
彼は、わずかな資金のすべてを最も重要な部分に注ぎ込むしかなかった。
だから外観を捨て、快適さを捨て、時には安全性さえも削った。
名状しがたい怒りが、リナの胸に燃え上がった。
怒りはトールを通り越し、金という低級な問題へ突き刺さった。
この才能が侮辱されている。
その事実が、リナの胸を焼いた。
あなたは世界を変える人間なのに。
どうして、そんなつまらないものに足を引っ張られているの。
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物語の続きを待つあいだ、よかったら作者のXにも遊びに来てください。
案内役のOC「考古エルフ」は、実はアーガスたちと同じ世界の住人です。
本編を読んだ方なら、思わぬ繋がりや小さな仕掛けに気づくかもしれません。
▼考古エルフの記録
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作者X:
Isekai Tour 異世界の旅
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