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第三話:【第二幕:工匠の診断】

 アイリーンの部屋には、午後の光が斜めに差し込んでいた。


 ゲイルは寝台に横たわり、右腕を袖から出している。陽に照らされた皮膚は青白く、肩から指先まで血の巡りが薄い。


 アーガスは小さな椅子に腰を下ろし、その腕を黙って見つめていた。


 ブレイクは壁際で腕を組み、トールは扉のそばに立つ。アイリーンも車椅子から身を乗り出していた。弟が治療へ臨む姿を、意識のある状態で見るのは初めてだった。


 アーガスはゲイルの顔を見た。


 この男がアイリーンを連れ帰ってくれたから、家族は彼女の最期に間に合った。そこから先の奇跡は、あの帰還がなければ始まっていない。


「できる限りのことはします」


 アーガスは立ち上がり、部屋の隅に置かれた古い木箱を開いた。


 中に収められていたのは、原型矩陣V2・5・1の残骸だった。銅線は錆び、中心部の如尼紋は黒く焼け潰れている。アイリーンを救った夜、限界を越えて力を流した痕跡が、そのまま残されていた。


 アーガスはしばらく見つめ、蓋を閉じた。


「これは使えない」


 声に未練はなかった。


 腰の工具袋から、薄い鉄片を三枚と秘銀筆を取り出す。小さな炉で筆先を温め、溶かした秘銀を鉄片の表面へ流し始めた。


「何を作っているの?」


 アイリーンが尋ねる。


「曙光に使う治療札です。駆散、橋渡し、再生。三つに分けます」


 秘銀の線が鉄片の上を走り、細かな如尼紋を形作っていく。力を導く線、流量を抑える節、逆流を逃がす枝。どの線にも役目があり、飾りのための曲線は一本もなかった。


 トールは無言で弟の手元を見ていた。秘銀筆が止まるたび、アーガスは鉄片を傾け、光へ透かして線の太さを確かめる。必要なら刃先で削り、再び秘銀を流す。その繰り返しに迷いはなかった。


 十分ほどで、三枚の治療札が完成した。


 アーガスは表面に残った秘銀の粉を吹き払い、ゲイルの右腕へ手を添えた。


「今から状態を確かめます。痛みがあれば、すぐに言ってください」


 肩から肘、手首、指先へ、順番に触れていく。


「ここは?」


「何も感じない」


「ここは」


「同じだ」


「麻痺してから、正確に何日ですか」


「三ヶ月と四日」


「傷を受けた場所は?」


 ゲイルは左手を伸ばし、右肩の後ろを指した。


「ここだ。浅い爪痕が三本あった」


 アーガスは羊皮紙へ腕の形を描き、肩から指先へ走る神経の道筋を記していった。感覚が途切れている箇所、筋肉が反応しない箇所、魔力の流れが淀む箇所。それぞれを別の印で分ける。


 やがて彼の指が、肩の傷跡で止まった。


 目を閉じ、細い魔力を流し込む。


 ゲイルの身体に潜んでいた呪いが刺激を受け、黒紫の光を一瞬だけ浮かべた。消えかけたかと思えば、すぐに傷の奥へ戻り、切れた神経の周囲へ絡みつく。


 アーガスの眉が寄った。


「ただの麻痺じゃない」


 彼は羊皮紙に新たな線を引いた。


「呪いが神経の伝達を遮っています。弱めても、残った力が周囲から集まり直す。散らされた箇所を自ら塞ぎ、宿主の身体へ居座る仕組みです」


 ブレイクの腕に力が入った。


「治せるのか」


「先に確かめたいことがあります」


 アーガスは再び傷へ魔力を流し、返ってくる揺らぎを測った。力の周期。弱まる速度。散らされた後に戻る癖。


 その顔から血の気が引いた。


 視線が、ゆっくりアイリーンへ向く。


「姉さん」


「どうしたの?」


「この呪いの痕跡……姉さんの身体に残っていたものと同じです」


 部屋の誰も動かなかった。


 アイリーンの手が、車椅子の肘掛けをつかむ。ゲイルの喉が鳴った。


「同じだと?」


 ブレイクの声が低く沈む。


「力の揺れ方も、弱まり方も、傷を塞ぎ直す性質も一致しています」


 アーガスは二枚の診断図を並べた。一枚は、以前アイリーンを治療した時に残した記録。もう一枚は、今描いたゲイルの腕だ。


 赤い印の並びは異なる。傷ついた部位も、毒の働きも違う。


 だが、呪いが力を取り戻す間隔だけは、寸分違わなかった。


 アーガスはゲイルを見据えた。


「あなたと姉さんを傷つけたものは、同じ系統に属しています。少なくとも、同じ源から生まれた呪いです」

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