第一話-【第四幕:姉の温もりと、父の誇り】(挿絵あり)
アイリーンの頬には血色があり、瞳には生気があった。
彼女の背後には、整えられた帳簿と在庫表が積まれている。
それだけで、彼女が今の工房を支える管理者であることが分かった。
「あら、私たちの首席工匠様は、姉の顔を忘れちゃったのかしら?」
アイリーンは笑いながらからかった。
「ほら、こっちに来て。顔を見せて」
彼女はアーガスの前まで車椅子を進め、両腕を広げた。
アーガスはしゃがみ込み、姉を強く抱きしめた。
顔を姉の肩に埋める。
薄い服越しに伝わる温もりが、彼の中へ染み込んでいった。
それは、工房の鉄錆や煤の匂いではない。学院の古い羊皮紙の匂いでもない。
日差しを浴びた清潔な衣服の香り。
かすかな薬草。
蜂蜜パンのような、柔らかな甘さ。
家の匂いだった。
学院の夜、孤独に包まれていた時、彼が何度も思い出していたものだった。
「姉さん……すごく会いたかった」
声が、少しだけ震えた。
「どうしたの?」
アイリーンは優しく彼の背を叩いた。
「学院で、つらいことでもあった?」
アーガスは首を横に振った。
何も言わなかった。
ただ、さらに強く姉を抱きしめた。
この温もりを、魂の奥に刻み込むように。
「よしよし」
アイリーンは小さく笑い、彼を少し押し返した。
「泣かないの。あなたは我が家の首席工匠なんだから。さあ、この数ヶ月の成果を見せてあげるわ」
彼女は車椅子を操り、工房の中を案内し始めた。
拡張された作業場。増えた注文書。各地の顧客から届いた礼状。
それらを一つずつ見せる声には、管理者としての自信と誇りがあった。
「今月の利益は、また新記録よ」
アイリーンは帳簿の数字を指差した。
「私たちの予想を、ずっと超えているわ。ヴァンデル商会は、うちの車椅子をもっと多くの都市で扱うことにしたの。注文はもう三ヶ月先まで埋まっているのよ」
アーガスは数字を見た。
そして、姉の笑顔を見た。
胸の奥にある重さが、さらに増していく。
アイリーンは本当に嬉しそうだった。
数字を読む声も、帳簿をめくる指先も、以前よりずっと力強い。彼女はただ守られるだけの姉ではなくなっていた。工房の金の流れを読み、注文の順番を決め、在庫の不足を先回りして埋めている。
それは、アーガスが望んだ未来の一つだった。
姉が、自分の場所を持つ未来。
車椅子が、彼女を閉じ込める道具ではなく、彼女を前へ進ませる足になる未来。
その未来が、いま目の前にある。
だからこそ、報告書の重さが、いっそう残酷だった。
その時、ブレイクが鍛冶炉のそばから歩いてきた。
体にはまだ煤がついている。だが、その顔には、アーガスがあまり見たことのないほど明るい笑みがあった。
「息子よ」
ブレイクは大きな手で、アーガスの肩を叩いた。
「お前はよくやった。本当に、よくやった」
その短い言葉が、アーガスの胸を締めつけた。
褒められたかった。
認められたかった。
その気持ちがなかったと言えば、嘘になる。
だが、今だけは、その誇りが痛かった。父の大きな手の温度が、肩に残るたび、懐の報告書が冷たさを増していくようだった。




