第十三話 END:【第一幕:女王の扉と、見知らぬ侍女の忠告】(挿絵あり)
第十三話 END:額縁の中の真心と、帰郷への序曲
冬休みの気配は、すでに学院の中へ静かに入り込んでいた。
パラディア学院の廊下は、いつもより異様なほど静かだった。あれほど騒がしかった学生たちの声は潮が引くように遠ざかり、今は数人の学生が荷物を引きずりながら、魔法灯の下を足早に通り過ぎていくだけだった。
窓の外では、点灯人がすでに仕事を始めている。一つ、また一つと魔法の街灯が暮れゆく空の下で灯り、温かな星の列のように道を照らしていた。
アーガス・アイアンソーンは、精巧なオーク材の扉の前に立っていた。
手を上げる。
下ろす。
もう一度上げる。
また下ろす。
ノックするだけの動作が、空中で何度も繰り返された。けれど、その拳は一度も扉に触れなかった。
あの時の光景が、棘のように胸の奥へ刺さっている。
試合後の廊下。
リナが彼とすれ違った時、その視線は彼を通り抜けていった。まるでそこにあるのが、置き場所を間違えた透明な家具であるかのように。
彼女の同級生が、さっきの人はあなたを見ていなかったかと尋ねた時、リナは立ち止まった。三秒間、確かに彼を振り返って見た。
そのうえで、彼女はこう言った。
「見間違いよ。そこには誰もいないわ」
彼女は、明らかにアーガスを見ていた。
それでも、誰もいないと言った。
理解できない。
どうしても、理解できない。
俺は、何か間違えたのか。
試合中の何かが原因なのか。
それとも、砦の中で言い間違えたのか。
アーガスは砦での会話を思い返す。
あの時、リナは突然押し入り、彼にはよく分からない言葉をいくつも投げつけた。ひどく怒っていた。黙りなさい、と彼を遮り、大馬鹿者とまで言った。
だが、アーガスにはまだ分からない。
自分は、いったい何を間違えたのか。
未解決の問題は、彼の理性の奥へ刺さった棘になっていた。
放置できない。
技術者にとって、原因の分からない問題ほど気持ちの悪いものはない。
はっきりさせなければならない。
自分の考慮から漏れていた変数が、どこかにあるはずだ。
アーガスは深呼吸し、ついに拳を扉へ落とした。
ドン、ドン、ドン。
三回のくぐもった音が、人気のない廊下に反響した。
それから、長い沈黙が訪れた。
一分。
二分。
三分。
廊下の突き当たりでは、点灯人がすでに仕事を終えていた。魔法灯は安定した光を放ち、床の上へ薄い金色を落としている。
不在なのか。
それとも、会う気がないのか。
アーガスの眉間に、さらに深い皺が刻まれた。
彼は背を向け、立ち去ろうとした。
その時だった。
ギイ、と小さな音がした。
扉が、細い隙間を開けた。
アーガスは足を止め、ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、これまで一度も見たことのない女性だった。
彼女は黒と白を基調とした侍女服をまとっていた。
それは普通の召使いが着る粗末な制服ではない。丁寧に仕立てられた、貴族的な気品を持つ衣装だった。黒い長裙は足首まで優雅に垂れ、白いエプロンの縁には繊細なレースが走っている。襟元には銀色のブローチが留められていた。
柔らかな黒髪は長く、魔法灯の光を受けて絹のような艶を返していた。髪には、上品な黒曜石の髪飾りが添えられている。
顔立ちは整っていた。
だが、その美しさには近寄りがたい距離がある。微笑んでいないわけではない。けれど、そこに余分な温度はなかった。
アーガスを最も落ち着かなくさせたのは、その声だった。
「リナお嬢様がお入りくださいとのことです」
低く、磁力のある女声。
学院の少女たちの澄んだ声とは違う。まるで磨かれた黒い石に触れた時のような、冷たく滑らかな響きだった。
アーガスは一瞬、呆然とした。
専属の侍女。
リナ先輩の家は、たしかヴァンデル商会だったはずだ。中規模とはいえ、相応の規模を持つ商家である。専属の侍女がいること自体は、合理的だ。
だが、なぜ今まで見たことがなかったのか。
それに、この侍女服で学生寮へ出入りできるということは、学院から特別な許可を得ているのだろう。
やはり、金持ちの世界は自分の知る世界と違う。
その階級の溝が、今、目の前の冷ややかな侍女の姿を取って立っているように見えた。
アーガスが中へ入ると、侍女は背後で音もなく扉を閉めた。
彼が彼女のそばを通り過ぎようとした、その瞬間。
侍女はわずかに身を傾けた。
そして、二人にしか聞こえないほど低い声で囁いた。
「……ご自身で、少しお気をつけください。お嬢様は、まだ機嫌を損ねていらっしゃいます」
声には、かすかな懸念が混じっていた。
アーガスの足が、わずかに止まる。
まだ、怒っている。
いつから。
何が原因で。
俺は、いったい何をした。
その忠告は、疑問を解くどころか、彼の頭の中へさらに多くの疑問を流し込んだだけだった。




