第十一話:【第三幕:狂人の告白と、冷や汗の理由】(挿絵あり)
リナの声は、喉の奥で擦れていた。
「自分が今、何を言っているのか分かっているの?」
彼女の手が、アーガスの肩をさらに強く掴む。爪が服地に食い込みそうだった。
「改良すればするほど、あなたを欲しがる理由が増えるのよ。あなたを閉じ込める理由も、奪う理由も、殺す理由も」
彼女は一度言葉を切った。息が震えている。
「この、大馬鹿者」
アーガスは動かなかった。
リナは深く息を吸った。暴れ出しそうな感情を、無理やり胸の奥へ押し込む。目を閉じ、もう一度開いた時、そこには怒りよりも深い、疲れた悲しみが残っていた。
「さっきの言葉は謝るわ」
彼女の声は、煙のように軽くなっていた。
「金の首輪をつけて閉じ込めるべきだった、なんて」
リナはそこで、ゆっくりと目を細めた。
その奥に浮かんだのは、追い詰められた獣が幼いものを守る時の、剥き出しの殺意だった。
「足を折ってでも、錬金室から出られないようにしておくべきだった」
その低い呟きが落ちた瞬間、中央砦の中は墓場より重い静寂に沈んだ。
遠くの戦場から、爆発の余韻と怒号が聞こえる。けれど、その音は厚い壁の向こうにある別の世界の出来事のようだった。
長い沈黙のあと、リナは手を離した。
彼女は乱れた制服の皺を両手で伸ばし、自分をいつもの形へ戻していく。だが、指先はまだわずかに震えていた。
リナは疲れたように笑った。
「光球になる前に、何か言い残すことはある?」
彼女の手の中で、細い氷の錐が形を成していた。指ほどの太さしかない。だが先端は、手術用の刃のように鋭い。淡い光を受けて、死を思わせる冷気を放っている。
アーガスは顔を上げた。
彼の顔には、敗北の屈辱も、恐怖も浮かんでいなかった。
そこにあったのは、熱に浮かされたような静けさだった。黒い瞳の奥で、危うい光が燃えている。
俺は点数が欲しい。
図書館の上層へ行かなければならない。
姉さんを救う。
誰にも邪魔はさせない。
たとえ、あなたであっても。
ドワーフの血が、彼の理性を地面へ押さえつけていた。積み上げた論理の上に、もっと重い執念が乗っている。
「あなたは分かっていません」
アーガスの声は軽かった。だが、揺らがない。
「俺が何を背負っているのかを」
その言葉が、リナの周囲にあった気配を砕いた。
彼女の口元に残っていた笑みが止まる。上から見下ろす余裕も、教師のような優雅さも、その一言で一瞬だけ乾いた。
リナの呼吸が、半拍だけ止まった。
青い瞳から焦点が消える。彼女はアーガスを見ているようで、別のものを見ていた。遠い場所。重い幕の向こう。自分自身の影。
机の端に置いていた指が、無意識に丸まる。爪が木目に白い痕を残した。
その失神は、まばたきほど短かった。
リナが再び焦点を戻した時、瞳の脆さはさらに深い氷に覆われていた。彼女は口元に、先ほどよりも冷たい笑みを作る。
「本当に、壮大な責任ね。私の首席顧問先生」
声は穏やかだった。だが、そこには鋭い皮肉があった。
「でも、自分の盤面を見る余裕はなかったみたい」
彼女は細い指で、砦の外を示した。
「あなたの防衛線は落ちたわ。あなたが誇っていた歯車たちは、もう空の向こうで青く弾けてしまった」
リナはゆっくりと歩み寄る。ほとんど触れそうな距離まで近づき、アーガスの顔を覗き込んだ。
「今、残っているのはあなた一人だけ」
リナは小さく笑った。その笑いに温度はない。
「すべての駒を失ったあなたが、どうやってこの盤面を返すのか。少しだけ興味があるわ」
その時だった。
リナは気づいた。
アーガスの額から、細かな冷や汗が絶えず滲んでいる。
汗は頬を伝い、顎から落ちていた。呼吸も普段より浅い。胸が小さく上下し、今にも過熱しそうな機械のように見えた。
リナの中にあった怒りが、急速に冷めていく。
「あなた……大丈夫?」
彼女は手を伸ばしかけた。声に、自分でも気づかないほどの心配が混じる。
「冷や汗をかいているわ」
アーガスは一歩下がり、その手を避けた。
そして、奇妙なほど穏やかな声で言った。
「俺の故郷には、こんな言葉があります」




