第十一話:【第二幕:剥がれ落ちる仮面と、恐怖による保護】(挿絵あり)
アーガスの防呆設計という言葉は、彼が口にする前から、リナには想像できていた。
だが、本人の口から聞かされた瞬間、その言葉は鍵になった。彼女の胸の奥で押し込めていた焦燥が、音を立てて外れた。
懐璧其罪。
古い言葉が、彼女の脳裏に浮かぶ。
世界を変えるほどのものが、何の後ろ盾も持たない少年の手から生まれた時、差し出されるのは月桂冠とは限らない。鎖のほうが、ずっと早く伸びてくる。
一般の学生でも、凡庸な兵でも、配置と手順だけで致命的な力を発揮できる戦争の仕組み。そんなものが人目に晒されている。
観測塔には、何百もの目があった。
好奇、驚嘆、嫉妬、欲望。美しく整えられた貴族の顔の奥で、いくつもの算盤が弾かれている。その音が、リナには聞こえる気がした。
彼女の顔から、優雅な余裕が薄く剥がれた。
リナは手を伸ばし、机の上の図面を指で強く押さえた。爆発の罠が描かれた印が、彼女の爪の下で歪む。
「この代物が何を呼ぶか、分かっているの?」
彼女の声に、初めて明確な怒りが混じった。
「貴族の欲。軍の手。敵国の刃。彼らが上品に契約書だけを持ってくると思う?」
リナは一歩踏み出した。
「本当に、あなたは何も学ばないのね」
その声は低い。だが、一字一句が重かった。
「記憶の鏡だけでも、どれほど面倒だったと思っているの? 今度はこんなものを作って、しかも大勢の前で見せつけて」
彼女の唇に、冷たい笑みが浮かぶ。
「記憶の鏡なんて、これに比べれば可愛い玩具よ」
部屋の温度が下がったように感じられた。
リナの顔から、優しい先輩の仮面が消える。そこに現れたのは、獲物を囲い込む側の顔だった。華やかな服をまとい、笑顔で毒を盛る世界を知り尽くした者の顔だった。
「本当に、金の首輪でもつけて、いちばん安全な部屋に閉じ込めておくべきだったわ」
その言葉は冗談めいていた。けれど、目は笑っていない。
「あなたが、これ以上とんでもないものを作る前に」
アーガスの肩がわずかに強張った。
リナは知っている。
権力と利益のためなら、貴族はどこまでも優雅に残酷になれる。白い手袋を汚さず、微笑みながら人の人生を買い取り、閉じ込め、削り取る。
そしてアーガスは、あまりにも賢いくせに、人の悪意に対して鈍すぎる。
サメの群れの中に、太った子羊が自分から歩いていく。彼女にはそう見えていた。
だからこそ、苛立った。
だからこそ、怖かった。
リナは深く息を吸い、乱れかけた感情を喉の奥へ押し戻した。指先で制服の皺を撫で、無理やりいつもの笑みを作る。
「幸い、私は十分に賢かったわ」
彼女は一歩近づき、細い人差し指でアーガスの額を軽く突いた。動作だけなら、できの悪い後輩をからかう先輩のそれだった。
だが、その瞳は凍っていた。
「あなたの派手な花火が終わる前に、私はもう、この仕組みを崩す手を二つ思いついていたわ」
リナは笑みを消した。
「そうすれば、あの連中が血の匂いに夢中になる前に、あなたの不完全さを見せられる。完璧な獲物ではないと思わせられる」
彼女は顔を近づける。青い瞳に、警告の色が浮かぶ。
「外で起きている攻城戦も、そのためよ。あなたという馬鹿なロバのために、私がわざわざ舞台を整えてあげたの」
リナの声がさらに低くなった。
「光は、それに耐えられる者だけが浴びるものよ。あなたはまだ、その場所に立つには危うすぎる」
彼女はそれを善意として語っていた。
しかし、アーガスにはそう聞こえなかった。
彼にとってリナの言葉は、技術を知らない者が、完成しかけた設計図の上へ勝手に赤線を引く行為に近かった。
「破れると言うなら、それは条件の問題です」
アーガスの声は静かだった。だが、その奥に、石のような頑固さが混じる。
「今回の戦略は、低学年の対抗戦、限られた準備時間、限られた資材という条件で作ったものです。時間があれば、まだ改良できます。地下道をもっと複雑にする。広範囲の反撃機構を加える。罠の発動条件を増やす。魔力の供給経路を複線化すれば――」
「黙りなさい」
リナの声が、彼の言葉を断ち切った。
怒鳴ってはいない。むしろ静かだった。
その静けさが、アーガスの背筋を冷やした。
リナの顔から、先輩としての軽さが完全に消えていた。代わりに現れたのは、血筋の奥に沈んでいた上位者の冷たさだった。
彼女はゆっくりと前へ出た。深青色の制服が背後に重い影を落とす。
白い手が伸び、アーガスの肩に置かれた。力は強くない。けれど、見えない山を乗せられたように、彼は動けなかった。
「もう一度だけ言うわ」
リナの顔が近づく。青い瞳は、底の見えない氷の海のようだった。
「黙りなさい」




