第十話:【第四幕:雄獅、最後の防線】(挿絵あり)
東側砦で、ヴァレリウスと守り手たちは限界に近づいていた。
額には汗がにじみ、胸元の雄獅の紋章は火光の中で鈍く沈んでいる。魔力は底を突きかけ、剣を握る指の感覚さえ薄れていた。
充填装置の回復も遅い。
十秒で戻っていた光は、今では三十秒経っても弱い。魔力が足りず、仕組み全体が軋みはじめていた。
ヴァレリウスは気づいていた。
敵の攻め方は、あまりに整っている。突破するための猛攻ではない。時間を削るための攻めだ。
だが、考える余裕はなかった。
霧の奥から、マシューの声が響いた。
「最後の総攻撃! 全員、前へ!」
影が霧を破って現れる。
今度は遠距離からの試し撃ちではない。彼らは直接、塹壕へ飛び込んできた。
同じ時、中央砦では、アーガスが外の戦いに耳を貸さず、黒鉄の箱へ魔力を注ぎ続けていた。
箱の光は暗紅から、刺すような青白へ変わりつつある。
東側では、近接戦が始まった。
ヴァレリウスは退かなかった。
彼は息を吸い、制式の短剣を抜き、残った魔力を刃へ流し込む。
「我が魔力を炭とし、胸の炉に火を入れよ! 我が意志を槌とし、破敵の槍を鍛えよ!」
火が剣身を覆った。
彼は振り抜き、迫っていた土属性の術者を退ける。青い光が弾け、その者は戦場から消えた。
だが、それが最後の勢いだった。
背後から別の魔法が迫る。振り返って受けた瞬間、横から三つ目の攻撃が彼を撃った。
護りが砕け、身体が宙へ浮き、塹壕の土壁へ叩きつけられる。
時間が、遅くなった。
ヴァレリウスは土の上に倒れたまま、遠ざかる戦闘音を聞いていた。視界は滲んでいる。けれど、不思議と怒りはなかった。不甘もない。
自分は最後まで立った。
自分は守った。
少なくとも、あの瞬間だけは、家名ではなく、自分の足で戦っていた。
青い退場光が彼を包む。
それは敗北の光でありながら、どこか静かな戴冠にも似ていた。
彼の身体が光球となって弾き出される直前、彼はマシューの疲れきった顔を見た。倒れていく守り手たちを見た。東側防線が完全に崩れるのを見た。
それでも、悔いはなかった。
同じ瞬間、中央砦でアーガスが目を開けた。
黒鉄の箱は幽青に変わっていた。激しい震えは消え、代わりに細く、途切れない震動が残っている。
彼は箱を腰の内袋へ収めた。
布越しにも、その震えはまだ伝わってくる。
アーガスは射撃孔へ向かった。
霧は少しずつ薄れている。東側防線の跡と、疲れ切った攻め手たちが、ぼんやりと見えた。
彼の手が、腰の箱へそっと触れる。
得意でも、残酷でもない。道具が動いていることを確かめる、工匠の静けさだけがあった。




