第九話:【第六幕:鷹の目に映った工匠】
次の手を考えようとした、その時だった。戦場がまた騒がしくなった。
一つの隊の斥候が、風魔法で高く舞い上がる。砦の中を上から覗くつもりなのだろう。その身体は空に弧を描き、速く、高く、優雅に進んでいった。
「賢いね」
クリシーが低く言った。
「空から見れば、地面の罠は避けられる」
リナの眉が動いた。
「違う……」
彼女の声は低い。
「空の的は、目立ちすぎる。しかも身を隠すものがない」
次の瞬間。
「砰――!」
鈍い破裂音が、戦場に響いた。リナは反射的に、遠眼鏡の焦点を最大まで絞った。視界が、中央砦の射撃孔へ吸い寄せられる。
見えた。
灰褐色の石弾。卵殻のような小砦の射撃孔から放たれたそれは、ほとんど一直線に空を裂いた。
速い。
正確すぎる。
斥候の飛ぶ道筋を、最初から読んでいたかのようだった。
「啪!」
石弾は命中した。青い保護結界が瞬時に灯り、斥候を戦場から弾き出す。
だが、リナは斥候など見ていなかった。彼女の視線は、射撃孔の奥を捉えていた。
魔導遠眼鏡の拡大された視界の中。
一双の目があった。
冷たい、絶対の理を宿した、深淵のように黒い瞳。その目は射撃孔の奥で一瞬だけ光り、すぐに消えた。
それでも、リナは見逃さなかった。
時間が止まったようだった。戦場の轟きも、仲間の息づかいも、葉擦れの音も遠ざかる。リナの世界には、その目だけが残った。
見慣れた目だった。
工匠らしい冷静さをたたえながら、家族の話になると不器用に温度を宿す目。彼女の言葉の罠へ真正面から突っ込み、それでも妙な形で出口をこじ開けてしまう目。
だが今、その目にあったのは別のものだった。
自分にもあるもの。
目的のためなら感情を脇へ置ける、冷たい理。取引の席で商人が見せる目。盤面を前にした棋士の目。すべてを変数として見つめ、計れるものとして扱う視線。
彼の目の中に、リナは自分を見た。
その次の瞬間、別の光景が胸をよぎった。茶の香りの中で、不器用に交渉していた少年。わずかな譲歩で、どうしようもなく嬉しそうな顔をする工匠。家族の名が出るだけで、目に温かい火を灯す男の子。
人付き合いが下手なくせに、大切な者のためなら危地へ足を踏み入れる大馬鹿者。
その落差が、リナの胸を鈍く打った。
非情な仕組み。
純粋な人。
その二つが、同じ少年の中にある。
リナは遠眼鏡を下ろした。呼吸が少し乱れていた。指先もまだ、かすかに震えている。
「……大馬鹿者」
彼女は低く呟いた。責めるようで、賞賛するようで、心配するような声だった。
「こんな怪物を作っておいて、自分が風の真上に立っていることにも気づいていない。あそこで真面目に動かし、真面目に計算し、真面目に完璧を追っている。どれほど多くの目が自分を見ているかも知らないで」
クリシーが不思議そうに振り返る。
「お嬢様、今なんて?」
「何でもないわ」
リナは感情を収めた。声は静かに戻る。だが、眼差しは抜き身の刃のように鋭かった。
「ただ、決めただけ。私は出る。今すぐに」
彼女は戦場へ向き直った。瞳の奥に、固い火が灯っている。
この謎を解く。
勝ち負けのためではない。
意地のためでもない。
あの不器用で、世の怖さを知らず、それでも奇跡を作ってしまう工匠を、刃の縁から引き戻すために。
あなたは本当に大馬鹿者ね。
世界を変えるものを作っておきながら、その代価を知らない。
なら、私がやる。
欠け目を見つけ、無敵の神話を砕き、その光を少しだけ鈍らせる。
あなたを安全な影へ戻すために。
あなたがまた工匠として手を動かし、家族を愛し、その不器用で純粋な暮らしを続けられるように。
たとえあなたが私を恨んでも。
私があなたの成果を壊したと思っても。
それでも、構わない。




