第九話:【第五幕:神話を砕く理由】(挿絵あり)
リナは深く息を吸った。
「これは公開された試合よ。観測塔には貴族も教授もいる。魔導透鏡もある。この技は、もう隠しきれない」
彼女の目が重くなる。起こりうる未来が、いくつも頭の中で並んでいく。
最初は驚き。次に欲。最後に、所有しようとする意志。
権勢を持つ者たちにとって、こんな技が背景のない半ドワーフの学生の手にあることなど、許しがたいはずだ。
「アーガス……」
その名が、今度は声になった。
茶の香りの中で、不器用に取引しようとしていた少年。姉のためなら、竜の巣にも足を踏み入れる工匠。貴族の世界を、まだ本当の意味では知らない天才。
彼は知らない。
目立ちすぎる才は、しばしば危険そのものになる。
「クリシー。常識を覆す技が現れた時、その作り手に何が起きると思う?」
クリシーは少し考えた。
「名声? 栄誉?」
「それと、檻」
リナの声は冷たかった。
「大貴族も、軍も、敵国さえも、彼を手元に置きたがる。働かせるために。あるいは、敵に渡さないために」
剣の柄を握る指に、力がこもる。
「この守りが無欠に見えれば、アーガスの価値は高くなりすぎる。権力者が手段を選ばなくなるほどに」
クリシーの顔色が変わった。
「じゃあ、どうするの?」
「私が、ここで破る」
「え?」
「誰の目にも分かる形で、きれいに破る」
リナの声は固かった。
「この守りは強い。けれど、無欠ではない。弱点があり、そこを突けば崩せる。そう見せる必要がある」
彼女は息を吸う。
「そうして初めて、この技の神話は薄まる。完璧ではないと示されれば、アーガスの価値は、どうしても囲い込まねばならない唯一の天才から、とても優秀だが代わりを探せないわけではない工匠へ下がる」
クリシーが、ようやく理解したように息を呑む。
「つまり、リナは彼を守るために……」
「ええ」
リナの胸に、複雑な感情が渦を巻いた。
「私は、彼に人の心の掴み方を教えた。場を作ることも教えた。彼は学んだわ。しかも、よく学びすぎた。私のやり方と、彼の工匠としての考え方を混ぜて、こんな怪物を作ってしまった」
それは、喜ばしいことでもあった。彼が自分と並び、ある部分では自分を超えた証でもあるからだ。
だが、リナは知っている。
光りすぎる者は、まず隠れる術を覚えなければならない。必要な時には弱く見せ、鋭さを鞘に収め、目の前の喝采より明日の安全を選ぶ。
アーガスは、それを知らない。
彼にとって、完璧に作ることは善なのだろう。だが高塔の頂に火を灯せば、遠くの怪物まで振り向く。
「だから、今ここで証明する。あの守りには弱点がある。正しく攻めれば、崩せるのだと」
リナの瞳が決まった。
「そうすれば、権力者たちの目は、彼を捕まえることから、あの守りをどう破るかへ向く。中心をずらせる。アーガスを、少しだけ影へ戻せる」
「だから、すぐ破らないといけないのね」
「ええ。待てば待つほど、観測塔の者たちはあれを無敵だと思い込む。神話が厚くなる。彼が危うくなる」
リナは戦場を見た。
「貪欲が形を持つ前に、私が砕く」




