表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/143

第九話:【第三幕:蜂鳴の警戒網と再び目覚める罠】

 沈黙が落ちた。


 その沈黙を破ったのは、マシューだった。


「もう少し近くで……見てみる」


 彼は息を殺し、灌木の陰へ身を寄せる。一歩ずつ、気配を消しながら進んだ。


 その瞬間。


 歯の奥が痛むような蜂鳴が響いた。匍匐していたマシューの位置が、あらわになった。


 次の瞬間、塹壕の中から複数の魔法が放たれる。


「下がって、早く!」


 リナは最速で風壁を張った。かろうじて、突如の攻撃を受け止める。


 音。


 まさか、守りの範囲は草地だけではない?

 周囲の灌木まで含めているの?


 マシューは転がるように木の陰へ戻った。顔色は蒼白で、先ほどの攻撃に完全に呑まれている。ほかの隊員たちも、本能的に数歩下がった。目には警戒が宿っている。


 リナはすぐには話さなかった。遠眼鏡を下ろし、深く息を吸う。


 先ほど見たすべてを、頭の中で並べ直す。警戒の仕掛けは、予想よりも広い。この守りは、最初に考えたよりもずっと完整で、ずっと恐ろしい。


 だが同時に、より多くの手がかりも見えた。


 リナは振り返り、隊員たちを見た。全員が、彼女の判断を待っている。


「言って」


 彼女の視線がクリシーを捉えた。


「あなたには、何が見えた?」


 クリシーはすぐには答えなかった。目を閉じ、先ほどの光景を頭の中で巻き戻す。


「三重の守り」


 彼女は目を開けた。声は速く、正確だった。


「外側に泥沼。中ほどに爆発する罠。内側に塹壕からの射撃。それぞれが、次の仕掛けのために時間を稼いでいる」


「ほかには?」


「警戒の範囲が広い。外側の灌木まで入っている」


 クリシーは眉を寄せた。


「でも、一番おかしいのは罠。私は同じ場所が二度爆発するのを見た。間は一分もない」


 リナの目に、かすかな賞賛が宿る。


「そこに気づいたのね」


 その時、また新たな隊が突撃を始めた。リナは指を向ける。


「見て」


 隊が草地へ踏み込む。


「轟!」


 同じ場所で、爆発が起きた。


 クリシーが息を呑む。


「また同じ場所……罠って、一度きりじゃないの?」


 彼女の眉間のしわが深くなる。


「爆発するたびに誰かが走って行って置き直してる? でも、それには――」


「置き直してはいないわ」


 リナは遮った。


「塹壕の中を見て」


 クリシーも遠眼鏡を上げ、焦点を塹壕へ落とした。守り手たちが、半ば身を沈めて待機している。その中に、ひときわ目立つ少年がいた。


 雄獅の紋章。アウグストゥス家のしるし。


「ヴァレリウス……」


 リナは相手を認めた。


「アウグストゥス家の次男。灰色学院一年」


 その少年は足元から、手のひらほどの金属箱を拾い上げた。そこへ少量の魔力を注ぐ。上部の赤い灯りがともった。


 彼が押す。


 遠く、さきほど爆発した罠の地点に、薄い魔法の波紋が走った。まるで、術式が再び目を覚ましたように。


 クリシーは息を止めた。


「離れた場所から……もう一度動かした……」


「近づかなくても、罠をまた使える状態に戻せるのね」


 リナは遠眼鏡を下ろした。瞳が沈む。


「人の手で魔力を注ぎ直している。あの箱を通して。だから同じ場所で、短い間に何度も爆発させられる」


 彼女は一拍置いた。


「しかも、複雑な魔法陣を描く必要がない。長い詠唱もいらない」


 クリシーは二秒遅れて、その意味に追いついた。


「描かなくていい……」


「つまり、扱う者に高い魔法の腕は要らない」


 リナの声は冷たかった。


「基礎の魔力を注げればいい。それだけで罠は戻る。つまり、この守りは精鋭に頼っていない。替えの利く人手で回る」


 クリシーの指先が、髪際の黒曜石へ触れた。冷たく美しい飾りを撫でるのは、彼女が考える時の癖だった。


「それって……」


「これは、粗末な砦ではないわ」


 リナは呟いた。


「巨大な魔導具よ」


「魔導具?」


「そう。複雑な魔導具と同じ」


 リナの瞳に、思考の光が走る。


「あの塹壕の守り手たちは、防いでいるというより、部品なの。罠、塹壕、射撃孔。すべてが精密に噛み合った歯車で、人はそれを回すための力にすぎない」


 そこまで考えた時、リナの中で何かが繋がった。


 あの夜、勤勉な半ドワーフの生徒が口にした考え。


 彼が言っていたのは、これだったのね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ