表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/141

第八話:【第六幕:瓶の謎と、嵐の前】

 戦闘後の林地は、奇妙なほど静かだった。


 木漏れ日が葉の隙間から落ち、地面に斑の光を描いている。空気にはまだ魔法の余韻と、焦げた匂いが薄く残っていた。


 リナは戦場確認を名目に、カテリーナたちがいた場所へ向かった。


 その目は鋭く、獲物の痕跡を探す鷹のようだった。


 すぐに見つかった。


 落ち葉に半ば埋もれた、小さな瓶。


 瓶身は整っているが、最高級の錬金容器ほどではない。


 手作りの芸術品というより、ある程度まとめて作られた商品に近い。


 だが、瓶口には淡く独特な香りが残っていた。


 薄いのに、清雅で、思わず深く吸い込みたくなる香り。


 リナは慎重に瓶を拾い上げ、鼻先へ近づけた。


 目を閉じる。


 知っている気がする。


 それなのに、どこで嗅いだのかが掴めない。


 一般的な薬草ではない。ありふれた香料でもない。


 もっと複雑で、複数の成分が重なった匂い。


「この香り……」


 リナは眉をひそめた。


 答えはまだ出ない。


 彼女は小瓶をハンカチで包み、腰袋へ収めた。その動きは冷たく、正確だった。


 まるで密偵が重要な証拠を回収するように。


 その時、急いだ足音が聞こえた。


 先ほど拠点へ戻した隊員が、増援を連れて戻ってきたのだ。


 人数は多くない。十数名ほど。


 リナの一部だけという指示は守られている。


 先頭に立っていたのは、マルコの副隊長だった。


 彼はリナの前で足を止め、礼をする。


「リナさん。一部の人員を連れて支援に来ました。マルコ隊長の主力部隊は、予定通り任務を続行しています」


「よくできました。ありがとう」


 リナは頷き、周囲を見渡した。


「戦闘は終わっています。相手は灰色学院一年の部隊。能力は高いけれど、経験が足りませんでした」


 副隊長はほっと息を吐いた。


「では、次は――」


「増援を集めて」


 リナは彼の言葉を遮った。声は重い。


「あの陣地を攻めます」


 彼女は、遠くに伸びる狼煙の方向を見た。


 副隊長は一瞬、戸惑った。


「ですが、リナさん。相手は一年生の部隊ですし、主力はもうこちらで倒しました。残りは大した脅威にならないのでは?」


「いいえ」


 リナは首を横に振った。瞳の奥が、さらに深くなる。


「もしあの陣地を守っているのが、彼なら。簡単な攻撃にはなりません」


「彼、ですか?」


 副隊長が怪訝そうに尋ねる。


 リナは答えなかった。


 視線だけを、狼煙の向こうへ向ける。


「私はあの子を知っているわ。あの子の発明は、どれも一見すると馬鹿げている。けれど必ず、予想外の形で牙を剥く」


 彼女はそこで言葉を切った。


 口元に、複雑な弧が浮かぶ。


 期待と警戒が、微妙に混ざっていた。


 青風学院の隊員たちが集結していく。


 増援は少数だが、精鋭であり、装備も士気も十分だった。


「全員、集合」


 リナの声は冷静で、よく通る。


「これより、あの陣地へ向かいます」


 彼女の視線は、狼煙から離れない。


 胸の中で、一つの名を呟く。


 アーガス・アイアンソーン。


 青い瞳に、珍しく戦意と期待が揺れた。


 今度は、何を用意しているのかしら。


 リナは全員へ向き直った。


 声には、普段よりも強い緊張があった。


「覚えておいて。私たちが向かう先にいるのは、普通の一年生ではありません。あの平民工匠の技術を、絶対に軽く見ないこと。奇妙な装置や罠を見つけたら、触らずに報告しなさい。独断で動かないで」


 隊員たちは顔を見合わせた。一年生の平民を、そこまで警戒する必要があるのか。その疑問が表情に浮かんでいる。


 だがリナの顔を見て、誰も口には出さなかった。


 彼女は本気だった。


「どうやら、この試合」


 リナは胸の内で呟いた。


 口元に、戯れと警戒が混じった笑みが浮かぶ。


 指先は無意識に、腰袋の中の小瓶を包んだハンカチへ触れていた。


「思っていたより、ずっと面倒な盤面になってきたわね」


 隊列が、狼煙の方向へ進みはじめる。


 リナの腰袋の中で、小瓶は静かに横たわっていた。


 残り香は、まだ淡く消えずに残っている。


 さらに大きな戦闘が、始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ