第八話:【第三幕:風と光の初啼】(挿絵あり)
リナは精鋭の偵察小隊を率い、花火の上がった方向へ進んだ。
青風学院の学生たちは、森の中で大きな利点を持っている。
風属性の補助魔法が身体を羽のように軽くし、彼らは木々の枝を足場に、精霊のようにしなやかに移動できた。
リナは隊列の中ほどにいた。先頭の斥候でも、最後尾の殿でもない。
危険に対して即座に判断を下せる位置でありながら、最初に狙われる場所でもない。
朝の森では鳥の声が重なり合っている。
木漏れ日が葉の隙間から落ち、地面に淡い模様を描く。空気には、湿った土と青草の匂いが混じっていた。
「リナさん。前方二百メートルほどで、花火の打ち上げ地点です」
先頭の偵察隊員が低く報告した。
「速度を落として。警戒を維持。隊形を広げます」
リナの指示に合わせ、隊員たちは音もなく散った。
その時だった。
「っ!」
鈍い呻きが上がる。
純白の光矢が、流星のように空気を裂いた。隊員の一人の腕を掠め、彼は枝の上で体勢を崩す。
リナの反応は早かった。
光矢が視界に入った瞬間、指先はすでに空中に優雅な弧を描いている。
半透明の風の壁が、落下する隊員の下に張られた。柔らかな網のように彼の墜落を受け止め、数度弾ませてから地面へ逃がす。
大きな損傷はない。
「隠れて! 聖白学院――」
リナが言いかけた次の瞬間、別方向からさらに魔法の矢が飛来した。
赤、青、土色。
複数属性の魔法攻撃が、雨のように森の中へ降り注ぐ。
「いいえ、灰色学院! 散開! 木を盾にして!」
リナは命令を飛ばしながら、周囲の地形を素早く読む。
隊員たちは即座に散った。
風魔法の機動力を生かし、枝から枝へ滑るように移りながら、各自が遮蔽物を確保する。
リナ自身も高い樫の枝へ跳び、茂った葉の陰へ身を入れた。
そこから、敵の位置を冷静に見下ろす。
腰をわずかに落とす。
優雅な観察者の姿勢から、戦場の狩人の姿勢へ。
いつもの気怠げな余裕は消え、氷のような集中が全身を包んだ。
林地の向こう側から、一人の少女が現れた。
銀色の長髪。
冷ややかな銀灰の瞳。
胸元に輝く白銀の聖盾徽章。
灰色学院一年の北境荊棘聖女、カテリーナ・フォン・シュタインだった。
彼女の足取りは優雅で、落ち着いている。まるで戦闘ではなく、貴族の狩猟にでも出ているかのようだった。
「青風学院の方々?」
カテリーナの声は清らかで、冷たい。そこに、かすかな軽蔑が混じっていた。
「このような場所でお会いするとは思いませんでしたわ。ですが、ちょうどよろしい。私たちの進軍路から、障害を取り除かせていただきます」
リナはすぐには返さなかった。
観察を続ける。
カテリーナの小隊は十名ほど。立ち位置と装備を見る限り、彼女の中核となる取り巻きたちだ。
ただし連携はまだ浅い。陣形の締まりも甘い。新しく組まれたばかりの部隊に見えた。
「一年生。それに……」
リナは、カテリーナたちが来た方向へ視線を移した。
そこは、花火の上がった方角を背にする位置だった。
リナの青い瞳に、刃のような光が走る。
彼女たちは花火に引き寄せられてきたのではない。花火の打ち上げ地点側から出てきた。
つまり、あの花火は灰色学院一年のどこかの旗陣地から上がった信号。そして、カテリーナはその陣地を離れ、攻撃へ出ている。
灰色学院一年。
フォン・シュタイン家。
まさか。
あの可愛い生徒かしら。
リナの脳裏に、一つの名が浮かぶ。
アーガス・アイアンソーン。
予測不能で、いつも驚きを持ち込む発明家。
不器用なやり方でしか気遣いを示せないくせに、見る者を絶句させる奇跡を作る少年。
彼女が練り上げた言葉の罠を真っ直ぐ踏み抜き、それでも最後には腕力と技術で道をこじ開けてしまう工学脳の半ドワーフ。
あの花火が本当に彼の仕業なら、ただの愚かな失敗で終わるはずがない。
リナの表情が引き締まった。
記憶の鏡。
永遠に消えないと謳った魔法電球。
荒唐無稽でありながら、価値を否定できない数々の発明。
もし彼が、それらの技術をこの試合へ持ち込んでいるなら。
「確認が必要ね」
リナは胸中で、この戦闘の意味を静かに定義した。
ただし、まずは目の前の障害を処理する。しかも早く。
彼女は傍らの隊員に低く告げた。
「あなたはすぐ拠点へ戻って。留守組に最大警戒を伝えなさい。マルコ様には、一部の人員だけをこちらへ回すように。主力は予定通り要地へ。いい? 一部だけよ」
言葉を一つ切り、彼女はさらに続ける。
「予想外の事態に遭遇した可能性がある、と伝えて」
アーガスの名は出さない。彼の正体にも触れない。
あれは彼女の秘密であり、彼女の宝物だ。無闇に他人へ知らせるものではない。
隊員は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに頷き、風魔法で音もなく森の中へ消えた。
「全員、聞きなさい」
リナの声が風に乗り、隊員たちの耳へ届く。澄んでいて、冷たい。
「地形を使って相手の陣形を切り分けます。短期決戦。ここで時間を使う余裕はありません」
青風学院の隊員たちが、一斉に動き出した。




