第八話:【第二幕:空に咲く花火とリナの疑念】(挿絵あり)
その時だった。
「ヒュウッ――!!」
戦場にはあまりにも似つかわしくない、華やかな光が空へ走った。
次の瞬間、彩色された魔力の花が、森の上空で大きく咲いた。
それはただの信号弾ではない。
どう見ても、花火だった。
赤、青、金、緑。幾重にも重なった光が空中で開き、巨大な花の形を作る。
しかも、その光は常識よりも長く空に留まり、見せつけるように、すべての参加者の視界の中でゆっくりと咲き続けていた。
森全体が、短い沈黙に包まれた。
リナもまた、一瞬だけ動きを止めた。
違和感が強すぎる。
戦場の光景としては、あまりに華やかだった。
祝祭。悪戯。あるいは、挑発。
美しさと殺気の落差が、背筋に薄い冷たさを走らせる。
マルコは本能的に腕を上げた。
「異常事態だ! 全隊――」
リナは軽く手を上げ、彼を制した。だが、彼女自身もまた、まだ空を見ていた。
いつも唇に浮かべている遊びのある笑みが、この時ばかりは凍りつき、やがて消えた。
青い瞳がわずかに見開かれる。
彼女は空に残る花火を見つめたまま、眉を寄せた。
「リナ?」
マルコが怪訝そうに彼女を見る。彼には、彼女の表情がなぜここまで硬くなったのか分からない。
「……あの花火」
リナの声は、ほとんど独り言に近かった。
「おかしいわ」
「何がだ?」
リナはすぐには答えなかった。
頭の中で、商人としての計算盤が弾かれはじめる。
「派手すぎる」
彼女は目を細めた。
「こういう試合で位置を晒すのは、愚かな行為です。けれど、あれは位置を晒すどころか、戦場にいる者すべてに見せつけている。失敗ではないわ。あれほど複雑な彩色花火を、偶然で打ち上げられるはずがない。悪戯でもない。この局面で、自分の成績を賭けて遊ぶ者はいません」
残る結論は一つ。
意図している。
では、なぜ。
なぜ、あんな誇張された方法で、自分たちの位置を晒す必要があるのか。
リナの思考が、糸をほぐすように深く潜っていく。
彼女が商会で最初に叩き込まれた教えがある。
行動が理解できない時は、相手の目的を見誤っているか、相手がこちらの常識を価値あるものと見なしていない。
位置を隠すべきだという道理。
戦場では目立たぬほうがよいという常識。
それらを切り捨ててなお成立する目的がある。
リナの眼差しが変わった。
余裕と戯れが消え、獲物の動きを読む狩人の集中が宿る。
「まさか……」
声はさらに低くなり、息に近かった。
「あの子?」
彼女の脳裏に浮かんだのは、一人の工匠だった。
人心を読むのは下手で、権謀にも向かない。けれど、技術と力で障害物を粉砕し、いつも最短距離で世界の常識を踏み壊していく少年。
つい先ほど、自分が班際対抗戦で生き延びる方法を指導したばかりの、あの半ドワーフの工芸師。
リナの口元が、小さく引きつった。
呆れ、不確かさ、そして本人にも否定しきれない期待が、そこに混じっていた。
「……いいえ。そこまで都合よくはないわよね」
自分に言い聞かせるように呟く。だが疑念は、すでに心の中で根を張りはじめていた。
リナは息を吸い、マルコへ向き直った。その声から、遊びの色は薄れていた。
「マルコ様。あなたは主力部隊を率いて、予定通り要地へ向かってください。あの異常は、私が偵察隊を連れて確認します。危険と判断したら、すぐ撤退して連絡します」
それもまた、一つの取引だった。ただし今回は、いつものような戯れよりも、警戒の色が濃い。
マルコは眉をひそめた。
「だが、リナ。本当に危険なら――」
「だからこそ、あなたには主力を率いて、私たちの有利な足場を確保していただきたいのです」
リナは彼の言葉を柔らかく遮り、そっと腕に触れた。
「あなたの判断力を信じています。それに」
彼女の瞳に、ほんの少しだけ狡い光が宿った。
「私が危なくなった時には、助けに来てくださるのでしょう?」
マルコの顔が一瞬で赤くなった。
彼は胸を張り、力強く頷く。
「分かった。気をつけてくれ。何かあればすぐに信号を出せ。俺が必ず駆けつける!」
リナは微笑み、マルコが主力部隊を連れて森へ消えていくのを見送った。
彼の背中が木々の向こうへ消えた瞬間、笑みは消えた。
代わって現れたのは、氷のような集中だった。
リナは身を翻し、短く口笛を吹く。
身軽な偵察隊員たちが、すぐに彼女の周囲へ集まった。
「行きましょう」
リナの瞳が鋭く細められる。
「あの花火を上げたのが誰か、確かめます」
リナの中で、あの花火は愚かさの証ではなかった。むしろ、かすかな不安を呼び起こしていた。
あれほど華やかで、あれほど意図的な光。
新入生の失敗には見えない。
誘い餌か、罠か、あるいは示威か。
「面白いわね」
胸の内で呟く。彼女の口元に浮かんだのは、警戒を含んだ薄い笑みだった。




