表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

120/141

第八話:【第二幕:空に咲く花火とリナの疑念】(挿絵あり)

 その時だった。


「ヒュウッ――!!」


 戦場にはあまりにも似つかわしくない、華やかな光が空へ走った。


 次の瞬間、彩色された魔力の花が、森の上空で大きく咲いた。


 それはただの信号弾ではない。


 どう見ても、花火だった。


 赤、青、金、緑。幾重にも重なった光が空中で開き、巨大な花の形を作る。


 しかも、その光は常識よりも長く空に留まり、見せつけるように、すべての参加者の視界の中でゆっくりと咲き続けていた。


 森全体が、短い沈黙に包まれた。


 リナもまた、一瞬だけ動きを止めた。


 違和感が強すぎる。


 戦場の光景としては、あまりに華やかだった。


 祝祭。悪戯。あるいは、挑発。


 美しさと殺気の落差が、背筋に薄い冷たさを走らせる。


 マルコは本能的に腕を上げた。


「異常事態だ! 全隊――」


 リナは軽く手を上げ、彼を制した。だが、彼女自身もまた、まだ空を見ていた。


 いつも唇に浮かべている遊びのある笑みが、この時ばかりは凍りつき、やがて消えた。


 青い瞳がわずかに見開かれる。


 彼女は空に残る花火を見つめたまま、眉を寄せた。


「リナ?」


 マルコが怪訝そうに彼女を見る。彼には、彼女の表情がなぜここまで硬くなったのか分からない。


「……あの花火」


 リナの声は、ほとんど独り言に近かった。


「おかしいわ」


「何がだ?」


 リナはすぐには答えなかった。


 頭の中で、商人としての計算盤が弾かれはじめる。


「派手すぎる」


 彼女は目を細めた。


「こういう試合で位置を晒すのは、愚かな行為です。けれど、あれは位置を晒すどころか、戦場にいる者すべてに見せつけている。失敗ではないわ。あれほど複雑な彩色花火を、偶然で打ち上げられるはずがない。悪戯でもない。この局面で、自分の成績を賭けて遊ぶ者はいません」


 残る結論は一つ。


 意図している。


 では、なぜ。


 なぜ、あんな誇張された方法で、自分たちの位置を晒す必要があるのか。


 リナの思考が、糸をほぐすように深く潜っていく。


挿絵(By みてみん)


 彼女が商会で最初に叩き込まれた教えがある。


 行動が理解できない時は、相手の目的を見誤っているか、相手がこちらの常識を価値あるものと見なしていない。


 位置を隠すべきだという道理。


 戦場では目立たぬほうがよいという常識。


 それらを切り捨ててなお成立する目的がある。


 リナの眼差しが変わった。


 余裕と戯れが消え、獲物の動きを読む狩人の集中が宿る。


「まさか……」


 声はさらに低くなり、息に近かった。


「あの子?」


 彼女の脳裏に浮かんだのは、一人の工匠だった。


 人心を読むのは下手で、権謀にも向かない。けれど、技術と力で障害物を粉砕し、いつも最短距離で世界の常識を踏み壊していく少年。


 つい先ほど、自分が班際対抗戦で生き延びる方法を指導したばかりの、あの半ドワーフの工芸師。


 リナの口元が、小さく引きつった。


 呆れ、不確かさ、そして本人にも否定しきれない期待が、そこに混じっていた。


「……いいえ。そこまで都合よくはないわよね」


 自分に言い聞かせるように呟く。だが疑念は、すでに心の中で根を張りはじめていた。


 リナは息を吸い、マルコへ向き直った。その声から、遊びの色は薄れていた。


「マルコ様。あなたは主力部隊を率いて、予定通り要地へ向かってください。あの異常は、私が偵察隊を連れて確認します。危険と判断したら、すぐ撤退して連絡します」


 それもまた、一つの取引だった。ただし今回は、いつものような戯れよりも、警戒の色が濃い。


 マルコは眉をひそめた。


「だが、リナ。本当に危険なら――」


「だからこそ、あなたには主力を率いて、私たちの有利な足場を確保していただきたいのです」


 リナは彼の言葉を柔らかく遮り、そっと腕に触れた。


「あなたの判断力を信じています。それに」


 彼女の瞳に、ほんの少しだけ狡い光が宿った。


「私が危なくなった時には、助けに来てくださるのでしょう?」


 マルコの顔が一瞬で赤くなった。


 彼は胸を張り、力強く頷く。


「分かった。気をつけてくれ。何かあればすぐに信号を出せ。俺が必ず駆けつける!」


 リナは微笑み、マルコが主力部隊を連れて森へ消えていくのを見送った。


 彼の背中が木々の向こうへ消えた瞬間、笑みは消えた。


 代わって現れたのは、氷のような集中だった。


 リナは身を翻し、短く口笛を吹く。


 身軽な偵察隊員たちが、すぐに彼女の周囲へ集まった。


「行きましょう」


 リナの瞳が鋭く細められる。


「あの花火を上げたのが誰か、確かめます」


 リナの中で、あの花火は愚かさの証ではなかった。むしろ、かすかな不安を呼び起こしていた。


 あれほど華やかで、あれほど意図的な光。


 新入生の失敗には見えない。


 誘い餌か、罠か、あるいは示威か。


「面白いわね」


 胸の内で呟く。彼女の口元に浮かんだのは、警戒を含んだ薄い笑みだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ