接触感染(下)
BL要素の性描写が含まれます。苦手な方、15歳未満の方、義務教育中の方はご遠慮下さい。
はあはあと息を荒げ、繋がったばかりの身体から熱を逃がす。
小さく窮屈な中を押し広げ入って来た熱によって、体内も思考の隙間も全てが一杯に満たされ、悔しくも安堵している。
ぎゅっと目を閉じ、全神経を一点に集中した。
「あアァ……すごく、熱いぃ……九鬼さんの……」
目の前の肩に頬をすり寄せる。
恋人の背中と後頭部に腕を回して、更に身体を密着させる。
足の指先で触れる男の肌をなぞり、からませる。
もう絶対に離さないと、病的な高熱を持った相手を捕食者のように締め付ける。
「あっ、あぁッ、アっ……ん、凄い……いい……。す、きぃ、九鬼さっ……ん……だい、好きぃ……ッ」
身体が浮くほど揺さぶられる度に、また相手が欲する言葉が簡単に口をついて出る。
何度も何度も、好きだと、もっと欲しいと相手を求める。
いつから行為の最中に、こんなくだらない事を口走るようになったのか。恋人の恥ずべき性癖がしっかりと鳴砂自身に定着しつつあった。
口を塞ぐ荒い息。マルボロのメンソール。
一定の速いリズムで、乱雑にシーツの皺を増やしていく。
テレビの音が近くて遠い。
この瞬間も絶え間なく生まれ続ける新しい細胞の一つ一つが、男の匂いを記憶していくのを感じる。
染まっていく。染められていく。
絡む指先から、汗ばむ熱い肌から、唾液から、粘膜から、着実に感染していく。
熱は高温から低温へ速やかに移動する。
内側からも外側からも流れ込んでくる男の熱量で、鳴砂の体温が急上昇。体温計をくわえれば、きっと目に見える速さで水銀が昇るだろう。
熱力学に従順な、つながった一つの物体が、熱平衡を保つべく激しく揺れて熱を分け合う。
どれくらい喘ぎ続けていただろうか。 まだ激震の余韻が残る不安定な視界の中で、顔の横にある健康的に浮き出た鎖骨を指でなぞっていると、恋人が決まり悪そうに息を浅く吐いた。
「バイトの面接、よかったんか?」
知らぬ間に古いドラマの再放送が始まっている。
横目に映る時計を見ると、面接時間まであと二十分。
「ひどい人……こんな身体にしといて……。行ける訳ないって、分かってるくせに……」
怒る訳でも無く鳴砂は小さく呟いた。
バイト先はマンションから比較的近い場所を選んだので、今から急げば間に合う。
慌てて部屋を飛び出すのもいい。ただし、激しく責められた身体を引きずり、首にいくつもキスマークを付けた脳みそシャッフル男を雇う覚悟が面接官にあればの話だ。
九鬼が枕元のリモコンをつかむ。
テレビの画面が黒い横一本線に圧縮されて消えた。
頭を乗せていた九鬼の肩が大きく動いて体制が変わる。横になったまま向き合い、至近距離で顔を覗きこまれた。
優しいキス。
音を立てて触れるだけで去っていく。
「歩……」
静かな低い声、いつになく真剣な表情。嫌味なくらい整っていて、目のやり場に困る。
「お前、なんで……急にバイトなんて始めるんや。
今の暮らしに何か不満でもあるんか? 金銭的に苦労かけた覚えは、俺、無いけどな……」
「そっ、そんなんと、違うよ……!」
初めて不安を口にした恋人に、頭を浮かせ慌てて否定する。
「ただ、ちょっと……自分でも働いてみようかなって、思っただけ……」
正面を直視できない視線が泳ぐ。消え入る声に説得力が無い。
本当は、恋人にクリスマスのプレゼントを買ってあげたいから。
恥ずかし過ぎる真実を言えれば、どれだけ楽だろうと眉を寄せる。
残念ながら今鳴砂の口座に残る金は、前の恋人からもらった金と、現在の恋人に世話してもらっている金。人にプレゼントを買うにはあまりにも相応しくない種類の金だ。
今からでも、九鬼が運転手を必要としない週末にバイトすれば、少しでもまともなプレゼントが買えるだとうと、高校生よろしく一途な思い付きをしたのが一週間前。
九鬼の心配そうな視線を避けて眼を伏せていると、頬を大きな掌が包み込む。同じ熱さの体温。
「歩……。俺は……、ホンマは、怖いねや。
お前が新しい世界を知ったら、そっちに行ってしまいそうで……。
そうなったら、俺はよう追って行けん。お前と違て、俺はこの世界でしか、生きていかれへんから……」
素手で心臓を鷲づかみにされたような圧迫痛が胸部を襲う。
「……、九鬼さん……絶対、熱、あるわ……。
俺が九鬼さんから離れるやなんて。そんなこと……あるはず無いのに……」
初めて聞くヤクザの弱々しい声。怯える子供のような表情。
またこの男から離れられない要素が次々と増えていく。
いたたまれない気持ちで慌てふためき、男の首元に顔をうずめた。
「なあ、歩。
俺はもう、お前がおらな、あかん……。
やりたい事はしたらええけど、頼むから……。頼むから、俺から離れんといてくれ……」
恥ずかしげもなくそんな台詞を吐く男が、逆にこちらを落ち着かなくさせる。
どんな顔してそんなことを言うんねん――。
きっと脳ミソが瞬時に溶解するほど優しくて寂しそうな顔をしているに違いない。斜め上にある男の顔を仰ぐ勇気が出なかった。
熱のせい。風邪のせい。
医学的におかしい。
いつもはそういった感情を表に出さない男を狂わせるものが、一時的な炎症性のウイルスではなく、自分のせいであってほしいと淡く願う。
「す、好きって……ちゃんと、口で言ってくれたら。ずっと、一緒に……いてあげる……」
顔を胸元に埋めたまま拗ねたように呟く鳴砂の要求を、九鬼はそんな事でいいのかと笑った。
九鬼にはくだらない事でも、自分にとっては重要な事なのだと、また少し腹が立つ。ベッドの中でうわ言のように口走る以外では、ちゃんと言ってもらったためしが無いからだ。
九鬼の唇が耳元に近寄ってきて、薄い隙間から一瞬息を吸うのが聞える。
耳の縁に唇を触れさせたまま直接体内に注がれる熱い吐息と待ち望んだ言葉を、目を瞑り身体いっぱいに吸い込んだ。
脳ミソが溶けて崩れる。全身の力が抜ける。
心臓が一度大きく弾み、毛細血管が開き切る。
身体のどの部分に触れられるよりも、ずっと性的に感じた。
ずるい……。するいよ、九鬼さん――。
身体が燃えるように熱く、肌がこげる。
ずっと喘ぎ続けていたせいか喉がひり付く。
充足感を伴う弱い頭痛。
全身に著明に現れた炎症反応が、新たな感染を告げている。
「歩は……? 歩は、誰が一番好きなんや?」
恋人は優しく誘うように、また分かり切った事を聞きたがる。
耳にかかる息さえ敏感に感じ取る自分の弱さに、目を閉じたまま眉をひそめた。
卑怯者。
そう思うことが、既に負けを認めている。
「そ、そんなん。決まってるやないですか……。俺も……」
また相手が望む一言を口にしようと唇を開きかけて、ふと止める。
異変に気付き、薄目を開けた。
いつしかヒンヤリと感じる九鬼の肌。いつもとは違う指先の熱感。
悪寒、鼻声、咽頭痛。
久しぶりに思い出す、懐かしい感覚。
「俺も……。俺も……あの、九鬼さん……? なんか……鼻水出てきた」
[完]
はい。風邪には気をつけましょうって話でした。
スミマセン大した内容も無く、意味不明に三話にも。期待して下さってた方ごめんなさいm(_ _"m)
最近また、ちらりと寄った人様のBL長編作品にはまり込み、一日読みふけってしまいました……。そして、毎回のことながら自分の力の低さを実感して落ち込むんですよね、長編は特にそのダメージが大きい(-_-;) 微力を尽くして精進したいと思います(。-_-。 )ノハイ
さて、次は何を書きましょうか……?(←聞いちゃった……)
また活動報告でお知らせさせて頂きます♪
それでは☆