22 嬉しくない味方
「あれ?」
自殺行為と分かっていながら視界を閉じてしまったバースは、衝撃がいつまでもやってこない事に気付いた。
疑問に思った彼が顔を上げると、目を閉じる直前と同じように夜衣が目の前にいる。
一つ違うのは二人の間に現れた真っ赤な鉄格子。
ハァズが機転を利かせて作り出したのかと視線を動かせば、攻撃の手を止め別の方向を見ている姿が目に入った。
一体何に注目しているのか。バースがハァズの視線の先を辿ると、霧に浮かぶ一つの影があった。
「みんなのアイドル、リリガス参っ上!」
赤い霧を振り払い、現れたのは白いマントを身に付けた銀髪と褐色の肌。世にも珍しいオカマブラッドマン、リリガスの姿だった。
ハァズが再びガトリング血魂銃に斧を振るうが、鉄格子に阻まれ簡単に弾かれてしまう。
「オイタは駄目よ。それに人間の体でこんな無茶はやめなさい」
夜衣の側に着地したリリガスは優しく諭すようにハァズに話し掛ける。
もちろん命令者以外の言葉をハァズが聞くはずもなく、今度こそ格子もろとも攻撃をしようと武器を振りかぶる。操作するのではなく己の力も加えるため直接斧を掴んだ。
武器を優先して破壊しようとするハァズと、突然ブラッドマンが現れるという予想外の事態に戸惑っていたバースは、リリガスの言葉を聞き我に返った。
「攻撃を止めて守りに専念だ!」
バースの言葉でハァズはすぐさま攻撃を中止し、大斧は体に吸収されるように消えた。ブラッドマンの力を使用するリスクを知った以上、無駄に攻撃をしてハァズを使い潰す訳にはいかない。
ここでハァズを失えば、たった一人で予言者とブラッドマンの相手をしなければならなくなる。
大量の血液を失わずに済んだハァズは元のように点滴棒を構えて立っている。切り裂いた傷からの出血も既に止まっていた。
「懸命な判断ね」
二人の様子を見てリリガスが指を鳴らすと、血の鉄格子はあっという間に掻き消えた。
いくらブラッドマンと同じ力を使えるといっても、精度や威力は本物に到底かなわない。
ピンチに颯爽と駆けつけた(と思っている)リリガスの元へ、夜衣は無言で近寄った。
彼に気付くとリリガスは優雅に長い銀髪をかき上げ、笑顔で迎える。
「間に合ったようね。大丈夫だっ!」
振り向いたリリガスの頬に夜衣の拳がめり込んでいた。
更に力を込めてぐりぐりと拳を捻じ込んでいく。殴り飛ばされるよりも地味に痛い攻撃に悲鳴が上がる。
「痛たたたた痛い痛いって!アタシそういう趣味じゃないから」
「何しに来やがった、てめぇ」
絶好のチャンスを潰された夜衣は容赦無くリリガスの顔を愉快にしていく。先程まで部屋中を埋め尽くしていた緊張感が霧散していった。
「何って夜衣ちゃんを助けに来たに決まってるじゃない」
「ほう、俺の邪魔をしたのがそんなに嬉しい訳か」
「相変わらず怒った顔が可愛、いや目は止めてお願い!」
普段なら徹底的に制裁を加えるところだが、夜衣は踏み止まりリリガスを解放した。
どうして輝士団本部で別れたはずのリリガスが協会にいるのか。なぜ自分を助けようとしているかなど、山程ある疑問はひとまず無視する。
今は目の前の敵を倒すのが先決。オカマでも最強の魔物である事には違いない。
作戦が多少狂うのは想定内。こいつの真意がどうあれ、手伝いたいという気持ちがあるなら利用してやろうじゃないか。
「本当に手を貸すつもりなら言う事を聞け」
夜衣の言葉にリリガスは笑顔とウィンクで答える。
「もっちろん、そのつもりよ」
あれだけ虐げられておきながら変わらぬ態度で接してくるリリガス。
自分の血を武器にする能力といい、懲りない性格といい、ブラッドマンM疑惑が夜衣の中で生まれていた。
ブラッドマンの脳を持つハァズが躊躇せずに己の身を傷つけるのも頷ける。
不憫なガキだと、夜衣の眼差しには哀れみが浮かんでいた。
夜衣の視線にバースは気付かず、この状況の打開には輝士団を使うしかないと考えていた。彼らは協会襲撃の一報を受け既にここへ向かっているはず。ブラッドマンといえども一斉攻撃を受ければひとたまりもない。
自分は元の通り白百合を装っていればよい。
ブラッドマンは輝士団に任せ、残った予言者をハァズで始末する。専守防衛モードを突破出来ないのは立証済みだ。
「しょうがねぇな。本気を出す事になるとは思わなかったぜ」
つい先程聞いたようなセリフを吐きながら、夜衣は腰の辺りを探った。今度は何を出すつもりだとバースは身構える。
奴は協会顔負けの秘密兵器をいくつ隠し持っているのか。先程の事もあり慎重に出方を見守る。
ハァズは新たに現れた敵に視線を集中していた。対魔物兵器なだけあって、予言者よりも魔物を警戒しているのだろう。
二人のバースの視線を一身に浴びた夜衣が取り出した物。それは何の変哲も無い白い軍手だった。
取り出した軍手を装着する夜衣。これもハンドルと同じくゆりかごから拝借した輝士団の備品だ。
バースが目を凝らし観察すると、輝士団のエンブレムの横に小さく「最強装備」という文字が書かれていた。
「おいちょっと待て!」
「卑怯だろそれは!」
同時に抗議の声を上げながら、またしても分身が増員された。
数は今までの倍以上。これだけの数を出してしまえば個々の戦力はほぼゼロに近い。完全に囮要員だ。
積極的な攻撃は止め、時間稼ぎをするための布陣。
圧倒的な数とハァズの防衛力をもってすれば、予言者とブラッドマン二人が相手でも突破するのは難しい。
自分の事を棚に上げたバースの態度に、夜衣は不敵な笑みを浮かべた。
「てめぇは俺を誰だと思ってるんだ。臆病者の平和主義者でも思い込みの激しい正義の味方でも、ましてや魔物に魂を売った勘違い集団でもない。世界征服を企む秘密結社の幹部だぜ」
夜幻秘密結社。存在と恐ろしさは知られていても真の実態、構成員が彼を含めても五人しかいない事を知る者は少ない。
「そんな奴が正々堂々と戦うなんて馬鹿な話があるかよ。頭まで色ボケしてやがるのか?」
もう挑発には乗るものかとバースは夜衣の言葉を聞き流した。要は奴を近付けさせなければいいのだ。
先程の反則的な血魂銃とは違い、今度は間違い無く接近戦を仕掛けてくる。奴の言動に惑わされなければ負ける要素などありはしない。
「いいかハァズ君。奴らを近付けさせるな。そしてオレに対する全ての攻撃を無力化しろ。なるべく自分の身も守れるだけ守るように」
無茶のある注文に文句を言わず、静かに頷いたハァズは点滴棒を構える。
夜衣はリリガスを振り返りもせず言った。
「いいかオカマ野郎。お前はガキとバースを攻撃しつつ俺を援護し、命令を出したらすぐに実行しろ。ついでに協会から脱出する際には囮になって輝士団を引きつけ、その後は二度と俺の前に姿を現すな」
「ちょっ、注文多過ぎ!しかも酷いのが混じってない?」
いくら協力するとはいっても、さすがにリリガスも苦情を出した。
今の命令の半分以上はどう考えてもバースの命令に対抗したものだろう。
「何だ、本物のくせにガキより使えないのか。せっかく自主性を尊重してやったのに」
やっぱりオカマだからか、と呟く夜衣。敵だろうが味方だろうが、嫌いな相手への冷たい態度は変わらない。
「もう、やればいいんでしょ。我侭なんだから」
離津留といいリリガスといい、どうやら普通じゃない魔物は冷たい男を気に入る傾向にあるようだ。
M疑惑が確信へと変わる日も遠くない。
マントを翻したリリガスの周囲に赤い短剣が出現した。大量の敵を相手にするため威力より数を重視している。
ただし威力は人工的に作られた物より数段上。通常の刃物のようにハァズが跳ね返すのは不可能だ。
けれども、バースは二人に負ける気がしなかった。
何しろハァズは人間が持つ科学力と魔物の力を結集して作られた最強兵器。協会がこいつをお蔵入りにしていた大きな理由は、並外れた戦闘力ゆえ血魂銃を使わずとも魔物が殲滅出来るからだ。
大量生産し実戦投入すれば輝士団も必要無くなり、生贄が血を流さずとも済む。
それでは駄目なのだ。協会が権力を維持し民衆を操作するには魔物という脅威がどうしても必要だ。
易々と倒せるようなモノなどあってはならない。
ハァズの存在はここでもほんの僅かな者しか知らない。正に秘密兵器なのだ。
おまけにこいつの本名は脳やデータを提供し、協会に協力していたブラッドマンしか知らない。
使い方さえ間違わなければ予言者が相手でも負けはしない。
「行くぞ」
夜衣の声を合図に二人の連携攻撃が始まった。駆け出した夜衣と同時にバース達に向けて一斉に発射される血のナイフ。
「迎え撃て!」
ハァズは点滴棒のローラー部分を戻すと、足で土台を固定して点滴棒を身長の二倍近くまで伸ばした。
リーチの伸びた点滴棒を薙ぎ払うと、衝撃に耐え切れずナイフは砕け散った。威力は武器の破壊だけに止まらず、攻撃の余波は床を削り、風圧で夜衣とリリガスは共に吹っ飛ばされた。
「えぇー?」
予想外の威力に目を白黒させるリリガス。
今までの戦いを見ていなかったのもあり、まさかあの小さな体でこれだけの攻撃を繰り出すとは夢にも思っていなかったらしい。
夜衣は飛ばされながらも慌てず柱を足場に着地した。飛行能力があるリリガスは空中で体勢を立て直し、夜衣の近くへ飛んで行く。
「何でお前まで飛ばされてんだよ」
最強の魔物という肩書きを持っていながら、同じように吹っ飛んだリリガスに夜衣は呆れた眼差しを向けた。
「だってあんなに強いとは思わないじゃないの!何なのよあの子」
ブラッドマンさえも驚く強さ。ハァズを連れ帰って夢流を襲わせる事は出来ないだろうかと夜衣は一瞬本気で考えた。
だがあの悪魔にかかれば協会兵器のガキでさえ簡単に撃退されてしまうような気がした。
それにこれ以上厄介な者と関わりたくない。
彼はちらりと厄介者の代表格である隣のリリガスを見た。
「最強の魔物だろ。もっと気合い入れろ」
「でもー、あんな小さな子に向かってあんまり酷い事は」
「本気を出せ」
魔物のくせに良い子ぶるオカマを夜衣は有無を言わせぬ眼力で黙らせる。文句を言う暇があるならバースを攻撃しろと。
ハァズと同じ年頃の子供達と暮らすリリガスからすれば、いくら協会の兵器といっても子供に殺意を向けるというのは抵抗があった。
が、今のとてつもない力を目にすれば考えを変えざるを得ない。手を抜いて戦えば命が危ないと本能で感じ取っていた。
自分の帰りを待つ仲間や子供達のためにも同情で命を差し出す訳にはいかない。
「そうね。夜衣ちゃんを助けるためにも、アタシ頑張る!」
闘志を燃えたぎらせたリリガスの周囲に先程の十倍以上の武器が展開された。
優雅さや美しさなど一切感じさせない、不揃いで無骨な刃物が宙に浮かんでいる。
「ゴメンネ、ボウヤ」
哀愁を含んだ表情でリリガスは血の凶器を一斉発射した。
軌道は統一性が無く、直進していたと思えば急に止まったり角度を変えたりと、一つ一つがまるで意思をもっているようだ。変則的な攻撃にもハァズは反応し、武器を振るうもさすがに全てに対応出来るものではない。
点滴棒の攻撃範囲をすり抜けた刃物が分身の体を貫き、煙を吹いて消えていく。
これだけの数を全て護り切るなど最初から不可能だ。分かっていながらもハァズは手の届く範囲の刃物をことごとく破壊していく。
命令通り自分も攻撃に当たらぬよう避けながら、バースの周囲を回るように移動する。バースも本体の位置が分からないように移動しつつ、こまめに分身を補充していった。
「いいよ、その調子」
これなら時間稼ぎは十分出来る。後は輝士団が到着次第自分は離れて白百合に化け、柱の影からでも登場すればいい。
輝士団が到着すれば分身はハァズを襲う動きへと変える。
駆けつけた者達が見るのは、魔物を操り協会を襲撃する予言者達と襲われる子供という構図だ。
総帥以外は自分の正体を知らない。奴等が何と言おうと襲撃者の言葉を信じる者はいないだろう。
「何余裕かましてやがる」
近くに聞こえた声に振り向くと、いつの間にか夜衣がすぐ側まで迫っていた。驚きに声を上げそうになるがすぐに調子を取り戻す。
なぜなら気付いたハァズが既に点滴棒を振り下ろしていたからだ。
攻撃を阻止されると予測していた夜衣はすぐに退避し距離を取る。
完全防衛モードのハァズは深追いせず、再び飛び交う刃物の処理へと戻る。百を超える数の変則的な攻撃をさばき、最強装備の力で強化した夜衣の動きにも瞬時に反応した。
やはり真っ向から守りを崩すのは難しい。
ちらりと夜衣は先程放り投げたガトリング血魂銃へと視線を向けた。囮として使い捨てるつもりだったが思わぬ邪魔が入ったため壊されずに残っている。あれを使って何とか戦況を変えられないだろうか。
動かせる戦力と今の状況を利用し、バース本体を叩く。
奴を追い詰めるにはガキの防衛線を抜け、罠を仕掛けなければならない。
「あれか」
彼には思い当たる節があった。あの方法を成功させれば全てうまくいくし、自分が予言を使う必要も無い。
ただし一つ問題がある。
策を行うにはバースに気付かれない事が第一だ。作戦を口頭で伝えてはならない。
アイコンタクトやジェスチャーで会話出来る味方が必要だ。
夜衣は刃物をばら撒き続けるリリガスを見る。
あのオカマと目で通じる仲になるのだけは死んでも嫌だと、彼は自分の案をすぐに却下した。
破切果なら戦力として役に立つし、アイコンタクトでも簡単な命令は伝わるだろう。
しかし自分が行くまでじっとしていろと言った以上、自らこの場所までやって来る可能性は限りなく低い。
迎えに行く予定の時間にもまだ早いので、余程の事が起きない限り呼び寄せるのは無理だ。
だったら使える手段は一つしかない。
夜衣は再びリリガスの攻撃に紛れ、バースを狙う行動に出た。




