21 血と銃と刃物
二人が揉めている様子を見物していたバースは、どのように夜衣達を始末してやろうかと思案していた。
ハァズの力なら簡単に奴らを蹴散らせる。輝士団の到着をわざわざ待つ必要も無い。
バースはハァズの腕に繋がる点滴パックを見る。ハァズを制御し命令を聞かせるために注入されている制御剤。
これが切れれば理性を失い本能のままに動いてしまう。
こいつが実戦に投入されていないのは、暴走を恐れての事だろう。魔物の本性を現したら人間を襲う。
自分は魔物なので問題無いが、駆けつけた輝士団が襲われるのは少々マズイ。下手に生き残りが出てしまえば、当然ハァズに襲われなかった事に疑いの目が向けられる。
白百合の占い師と名乗る自分の正体を知っているのは総帥だけなのだ。
気楽に暮らせる今の地位が惜しいバースは、協会側の人間を傷付けられない。
しかし侵入者なら存分に人間を相手に出来る。生贄とは違い、久し振りの生きのいい獲物。せっかくの楽しみを輝士団に渡したくはなかった。
厄介な予言者はハァズに任せて自分は占い師の男を始末する。男二人を片付けたら女の方は攫って後で楽しむとしよう。
「勝手にしろ、だが邪魔だけはするなよ」
あちらの話は済んだようだ。この期に及んでつまらない事で仲違いをするとは、人間の馬鹿さ加減には呆れる。
「そっちの話は終わった?仲間なんだから仲良くしないといけないよ」
ね、と声を掛けながらハァズの頭を撫でる。ハァズは従順に言う事を聞く。
制御剤が効いている限り命令に従うようになっているのだ。輝士団より余程役に立ち信頼出来るというもの。
「誰が仲間だ」
ライーザから離れた夜衣がこちらへ向かってくる。敵意を持った男が近付くとハァズはバースの前に出て立ち塞がる形になる。
「ちょっと本当に一人で戦うつもりだよこの人」
「まァ人望もコミュ力も負けてるからしょーがないよね」
「ヤケになる気持ちも分からなくはないよ」
再び数を増やすバースと無感情にこちらを観察するハァズを前に、夜衣はどうしたものかと冷静に考えていた。
バースの分身はライーザの花占いを使用しなくとも、全てを倒してしまえばいずれ本体に行き当たる。
命令する者がいなければ忠実な兵器は機能しない。
あれは操り人形だ。
状況に合わせた行動は出来ても、自ら考え積極的に攻めるなどという機能は無い。
今はバースを守るという命令だけで動いている。守りに専念し迎え撃つ事においては確かに強い。
堅い守りを予言無しで突破するのは困難だ。
あからさまに怪しい点滴はどう見てもガキを操作するための物。
奴の思い通りにさせないという意味では点滴を破壊してみるのも一つの手だが、命を賭けるような運試しに自分が勝つイメージが湧かない。
むしろ不運さの方に自信がある。
やはりここは正攻法で行き、奴の油断を利用して隙を突く。役立たずを連れるよりかは一対多数で戦う方が楽だ。
そのためにも敵全員を自分に引き付ける。これしかない。
「仕方ねぇ、ちっとは本気で相手にしてやるか」
夜衣は懐から長い紙を取り出した。良く見るといくつもの予言札をつなげて作られている。かなり長さのある札は、服から取り出された分以外にもまだ続いていた。
札には全て「弾倉」と書かれている。
「えっ?」
「ここじゃ予言は使わないはずじゃ」
予言さえ使われなければ楽勝だと思っていたバースは、夜衣が連続予言札を出した事に驚いた。これでは話が違う。
「どうした?さっきまでの余裕は」
バースの表情とは対照的に夜衣は笑みを浮かべる。
魔物の罠を仕掛けておいて速やかに総帥が避難したのは、まず間違い無く占い師の助言によるものだ。きっと協会お抱えの奴らもいち早く脱出している事だろう。
奴があっさりと自分の名を明かしたのも、予言者が予言を使用しないという未来予知があったため。
実際に奴があのガキを出すまでは余力を考え、こいつを使うつもりなど無かった。
「知らねえのか?予言者は未来を変えるんだよ」
続いて夜衣が取り出したのは何かのハンドル。銃と同じく汽車の中を物色して手に入れた物だ。
行き当たりばったりのようでいて血魂銃を隠し持っていたり、連続予言札の準備をしていたりと、意外に用意のいい夜衣だった。
ハンドルには「ガトリング血魂銃」と書かれている。
彼がハンドルを連続予言札にドッキングすると、バースは非常に悪い予感がした。
夜衣が考える正攻法とは、ハァズに対し肉弾戦を挑むのではなく正面から標的であるバースを狙い撃つというもの。
決して予言を使わず正々堂々と戦うという意味ではない。
戦いが長引けばそれだけ不利になる。
状況を打破するには一気呵成、一点集中あるのみ。魔物特有の視力でハンドルの文字を読み取ったバースは、かく乱するため次々と分身の数を増やしていく。
数体はその場を離れるように羽ばたき、超音波攻撃を行おうとしている。
「遅い!」
夜衣はハンドルを回し、銃弾で魔物達を薙ぎ払った。
紙から弾丸が発射されるという光景はかなりシュールだが、予言で作られた威力は本物。
対魔物兵器の弾丸を食らった分身は煙となって消えてゆく。
こんな簡単に血魂銃を作り出せてしまうのなら、協会が生贄を集め人々を犠牲にしてきたのは一体何だったのか。
最初から協会と予言者が協力していれば、人々の平和は確約されていたのかもしれない。
「ちょっ、嘘だろ?」
「何だこれ、反則だって!」
予想外の攻撃に混乱したバース達は何も出来ないまま数を減らしてゆく。
ハァズが点滴棒と己の身を使って弾丸を弾いていても、とても全ては防ぎきれない。本体だけは完璧に守られているので安全とはいえ、これでは下手に動けない。
安全圏から離れればたちまち蜂の巣にされてしまう。超音波攻撃もこの轟音の中では掻き消され、夜衣までは届かない。
ハァズを攻撃に回さなければ奴は倒せない。新たな命令を出さない限りハァズの基本行動は守りのままだ。
輝士団が駆けつける前に決着を付けたいバースはすぐさまハァズに命じた。
「オレを守ったまま、あの武器を破壊しろ」
奴の狙いはハァズの守りを崩して自分を倒す事。これなら守りを固めたまま攻撃出来るはずだ。
命令を受けたハァズは血魂銃の弾を防ぎながら右手の包帯をくわえると、一気に解いた。
包帯で覆われていた右手の甲には血の滲む傷があり、人間と同じように赤い色をしている。ハァズは傷に歯を突き立てためらいもせず噛み切った。
何か仕掛けてくると悟った夜衣はハンドルを回す手を止めずに身構えた。
噴き出す血液の飛沫は物理法則に反し宙に浮かび続けている。
点滴棒を左手に持ち替えたハァズは、赤い雫を纏わせた手の平を夜衣に向けた。
ふわふわと漂っていただけの液体が収束し、不気味な装飾のナイフへと姿を変えた。
刃物の先端は肉を削ぎ落とすノコギリ刃のようになっていて、照明の光を受け禍々しく反射している。
血液から武器を作り出す能力は正しくブラッドマンのもの。
「凄いじゃん、ハァズ君」
「一気にやっちゃえ!」
バースもここまで魔物の力を引き出せるとは思っていなかったらしく、協会の科学力に素直に感心していた。
夜衣の無差別攻撃により分身の数は三人までに減っている。
しばらく手元で展開していた血の刃は一斉に夜衣目掛けて発射された。
「当たるかよ」
迫り来る異形の刃を前にしても彼は冷静だった。ハンドルを回す速度を上げガトリングの弾幕を張る。装飾で埋め尽くされたナイフは大型で当てやすい的だ。大量の弾丸を発射すれば撃ち落とせる。
数に物を言わせた攻撃により血のナイフは夜衣に到達する前に全て破壊された。
いくら何でもこんな手を使われたら本物のブラッドマンもお手上げだ。
だがそれも協会が血魂銃をいう兵器を開発していたから出来た事。
輝士団や協会職員が今の光景を見ていたら、さぞかし複雑な心境だっただろう。
「この程度か。協会の最終兵器も大した事無いな」
いける。夜衣はこの戦いに確かな手ごたえを感じていた。
強力な兵器を手にしながらもバースはハァズを使いこなせていない。ブラッドマンの能力を使えるといっても、本物とは違いハァズは自分の流した血を武器に変換している。
魔獣の生命力で既に手の傷は塞がり出血は止まっていた。再び使用するには新たな傷を作らなければいけない。
つまり、攻撃として使用する度にダメージを負う事になる。
当人が痛みに反応しなくとも肉体はあくまで人間だ。大規模な攻撃を仕掛けさせれば一気に血液を消費し、いずれ動けなくなるだろう。
「予言してやる。バース、お前は血魂銃によって協会で倒される」
「!」
力を全く込めていないハッタリでも、今の状況にいるバースを追い詰めるには効果的だ。
「全力で潰せ!奴に血魂銃を撃たせるな」
すぐさまハァズは点滴棒の車輪部分を引き抜いた。棒の先端は鋭く、最初からこの用途のために作られたのだろう。
ハァズは点滴棒を両手に持ち替え、先端を己の胸へと突き刺した。
そのまま下へと切り裂き腹まで傷を開く。顔色一つ変えずに己の体を切り刻む様子は、正に感情を持たない兵器そのものだ。
「そこまでしろとは言ってないけど」
景気良く胸から腹を掻っ捌いた子供の姿に若干バースも引き気味だった。
一体どんな洗脳を施せばここまでの忠誠を植え付けられるのか。末恐ろしいと共に非常に興味深い。
協会と敵対関係でなくて良かったと彼は改めて思った。
自傷により大量の血液を流したハァズは既に攻撃態勢に入っていた。作られていた武器は巨大な斧の形をしている。
とても銃で撃ち落としたり破壊できたりするような代物ではない。
夜衣はハンドルを回す手を止め懐に手を突っ込むと、バース達へ向かって駆け出した。
また予言を使うつもりかと身構えるバースと分身達。
「いや、大丈夫」
「予言してる暇なんて無いって」
ハァズの手は既に振り下ろされていた。夜衣の目前には発射された血塗れの巨大斧が迫っている。札を出して予言をする余裕があるとは思えない。諦めて真っ二つにされるか、無駄だと分かってもガトリングで攻撃するか。
夜衣が取った行動は意外なものだった。
彼が懐から出したのは弾倉の連続予言札。全てをひとまとめにして、ハンドルごと空中へと投げ捨ててしまった。
自棄になりやがったと笑いかけたバースは気付く。斧の軌道が夜衣から逸れている事に。攻撃の矛先は彼が投げ捨てたガトリング血魂銃へと向かっていた。
夜衣がこれ見よがしに威力を披露したガトリング血魂銃。
魔物に致命傷を与える武器に脅威を感じたバースは、真っ先破壊するようハァズに命じた。
ところが同時に守りを固める指示を出していたので、護衛に支障が出ないよう威力は中途半端なものだった。
結果一回目の攻撃は失敗。
そして間を置かずに夜衣の口から発せられた予言という名のハッタリ。
血魂銃によって倒されると予言されれば、目の前のガトリング血魂銃を更に意識する。
もう安全を確保しながらなどと考えている暇は無い。
バースは命じた。全力で潰せと。血魂銃を撃たせるな、と。
彼は気付かぬうちに血魂銃のみを攻撃する命令を下していたのだ。
夜衣が武器を手放せば、当然ハァズはそちらを狙う。夜衣を攻撃しろとは言われていないのだから。
夜衣は攻撃に巻き込まれないように走り出した行き先を、すぐさまバースの元へと変更する。
このチャンスを生かし、自ら止めを刺すつもりだ。新たに命令する暇など与えない。
武器を使わずにバースの口を塞げばガキも身動きが取れなくなる。
「えっ?ちょっと待って」
いつの間にかバースは二人だけになっていた。夜衣がハァズのナイフ攻撃を防いだ時に一人が銃弾に当たっていたのだ。
確率は二分の一。しかも走り込んできた夜衣が目指していた一人が本体。
慌ててバースが攻撃態勢を取ろうとしてももう遅い。襲い来る衝撃を前に、思わず彼は目を閉じてしまった。




