20 お前ら状況考えろ
「ひっ!」
足にはぬるりとした感触。思わす後ろに下がったロベオは背中を柱にぶつけた。
先程の離津留の悲鳴と足元に纏わりつく何か。頭には見るなという警鐘と最悪の可能性しか思い浮かばない。
何が起こったのか分からないが、あの夜衣が魔物に引き裂かれ殺された。散らばっているのはかつて彼の一部だったモノ。
このまま目を開かずにいられたらどんなによいか。許されないと分かっていながらも思わずにはいられない。
しかし彼が力尽きたというなら魔物の次の標的は、占い師の自分とライーザだ。
自分達は無理矢理連れてこられただけで夜衣とは関係無いと弁明しても通用しないだろう。しかも相手は女を弄ぶ種族だというではないか。ライーザを魔物の毒牙から守れるのは今、自分しかいない。
決意と覚悟を胸にロベオは両の瞳を開いた。
「ぶっ!」
そんな彼の顔面にばちこーん、と何かがぶつかった。
「何やってんだてめぇは」
バラバラ殺人の被害者になっていると思われていた男の声に、ロベオはようやく目を開いた。
足元に転がる血魂銃。これが顔面を直撃したのだ。
ロベオの視界には予想されてたのとは違う惨状が広がっていた。
大量にぶちまけられていたのは血や臓物ではなく、透明なゼリー状の物体。血まみれならぬゼリーまみれの夜衣が居た。
顔に付着した粘着物を拭った彼の視線の先には自由になったバースの姿ともう一つの小さな影。
「え、子供?」
ロベオが見たのは生贄と同じ入院患者のような服を着た、子供の姿だった。
青白い肌をした子供の右手には包帯が巻かれ、横にある点滴棒へと繋がっている。襟から覗く首から下にかけても包帯があり、重傷患者にしか見えない。
身長もバースの半分程しか無く、痛々しい姿以外は普通の子供だ。
まさかこんなか弱い子が魔物の拘束を解き、夜衣を退けたというのか。
ロベオはふと、ある事実に気付いた。バースは先程まで離津留の触手によって捕らえられていたのに、今は自由の身となり二本の足で立っている。
目を閉じた直後に聞こえた悲鳴。そして足元に広がる光景。
「離津留、サン」
返事は無い。
バースの笑い声が響いた。
「どう?見た?形勢逆転ってヤツ」
笑い続ける男の姿には目もくれず、ロベオは呆然と床を見つめていた。
ライーザも同じように散らばったゼリー状の破片、合成生物離津留を構成していた物体を前に言葉を失っていた。
敵対する立場だったとはいえ、つい先程まで行動を共にしてきた相手が物言わぬ無残な姿となったのだ。惨状を目の前にしてもすぐには信じられない。
バースは満面の笑みだ。彼は絶対の優位に立った事を、睨みつけてくる男に知らせたくてたまらなかった。
「これが協会が研究を重ねて作り上げた究極の兵器、ハァズだ。人間の赤ん坊にブラッドマンの脳の一部と魔獣の心臓を移植。人間でありながら魔物を超える腕力と、あらゆる刃物を通さない強靭な肉体を持つ。ブラッドマンどころか全ての魔物を殲滅出来る、とっておきの最終兵器さ」
ホント人間ってヒドイ事するよなァー、と笑いながらバースはハァズの頭を撫でた。
最終兵器と呼ばれた子供は殲滅対象の魔物が触れても反応を示さない。バースの敵である夜衣達をじっと見つめていた。
「当然予言者なんて楽勝で捻り潰せるよなァ、ハァズ君」
バースが視線をこちらからハァズへと移した瞬間、夜衣は動いた。素早くロベオの側に落ちた血魂銃を拾い上げると続けざまに発砲。
人間の子供がいるのにいきなり撃ってくるとは思っていなかったのだろう。ぎょっとした表情を見せるバース。
発射された銃弾の一発は彼の眉間に、もう一発はハァズの心臓を狙っていた。
臨戦体勢のハァズはともかく、虚を突かれたバースにはかわせない。
ハァズが庇ったとしたら儲けものだ。魔物の能力を持つなら血魂銃が効果を発揮するはず。どんなに強力な兵器だとしても、本領を発揮する前に叩いてしまえば問題無いと判断しての行動だ。
離津留の残骸に目を奪われていた二人の占い師が、子供を撃つ事を止める暇など無かった。
一方その頃、破切果は与えられた任務を遂行するため、協会の外壁にへばりついて作業を続けていた。
垂直で滑りやすい材質の壁をするすると降りながら器用に文字を書いてゆく。頂上部から地上へと書き進めてゆき、夜衣から言いつけられた文面の八割方を完成させていた。
協会の職員は避難するのに必死で窓の外にいる破切果には気付きもしない。
予言者が侵入してからは迎撃システム担当者までもが逃げ出してしまい、対魔物兵器が破切果を襲う事も無かった。
「よいしょ」
突き出した外壁部分で一旦手を止めた破切果は、自分の書いた文字に間違いが無いか一文字ずつ確認した。
少しでもおかしな部分があれば大変だ。大事な仕事を任されておきながら失態を晒すわけにはいかない。
全てはお師匠様が協会の総帥を説得し、攫われた人達を解放するのを手助けするため。
確認を終え最後の仕上げを完成させるべく、再び壁に手をかけたその時。地上から轟音が響き、破切果の目の前を大きな物体が横切った。
勢い良く飛び出したそれは一気に協会の頂上を目指している。
一瞬だけ見えたエンブレムは輝士団の門に設置されていたのと同じものだった。
風圧で吹き飛ばされないように踏ん張っていた破切果は、輝士団の増援が遂に来てしまったと焦った。
話し合いが終わる前に輝士団と鉢合わせしてしまったら、協会を破壊しにきたのだと誤解されてしまう。すぐにでも夜衣に伝えたいが勝手にここを離れるわけにはいかない。
「ど、どうしましょう」
何とかしてこの危機を知らせなければ。でも一体どうすれば良いのか。
必死に考えを巡らせた破切果はある事を思い出し、顔を上げた。
怒られてしまいそうだがこの緊急時。きっとお師匠様も分かってくれるだろう。
「司令官、外壁に子供の姿があります。恐らく予言者の仲間と思われますが」
鬼雀の機内は精鋭部隊を加えた大所帯となり、元々少人数用であまり広くないコックピットは人で溢れていた。
「コラ見えんぞ!貴様ら端に寄れ」
ただでさえ狭い所に重装備でガタイの良い男達が大勢乗り込んでいるため、モニターの半分以上が隠れてしまっている。
隊員達も司令官の命に従って動こうとするが物理的に困難だ。地上部隊の兵装を積み過ぎたせいもあって、操縦士以外のスペースは身動きが取れない程過密していた。
司令官も例外ではなく密着している若い隊員は、中身が中年男性と分かっていながらも自分のポジションに感謝していた。
「あー、これはちょっと無理があるんじゃないか」
「お前達のせいだろうが!気合で何とかしろ」
精鋭部隊の隊長は怒鳴る司令官相手に無理だとジェスチャーを送る。
若い頃の血が騒いで盛り上がってしまい全員を乗り込ませたのはいいものの、これではまともに敵と戦えないのではないか。
二人とも少し調子に乗りすぎたと反省していた。
「もういい!先に予言者を叩く。雑魚は後回しだ」
半ばヤケクソ気味の司令官に口答えをするような隊員はおらず、鬼雀は破切果には構わず先を急いだ。
もしモニターが見えていたとしても、破切果が何をやっているかは確認出来ないので回り込まなければならない。
無駄に手間が掛かるのであれば、やはり彼らは上を目指しただろう。
協会を襲撃する予言者という最悪の事態が発生している以上、最優先すべきは敵の排除と協会を守る事だ。
予言者の仲間がどんな工作を仕掛けていても、指揮を執る者さえ潰してしまえば後はどうにでもなる。
輝士団本部やゆりかごでの行動から見て、主戦力は間違い無く予言者本人。
予言を使える事を差し引いても奴以上の実力を持つ者はいない。
「狙うは予言者の男ただ一人だ。いいか、部下を相手にしている暇があったら首領の頭をぶち抜け」
「まだ魔物の方が弱点のある分可愛げがあるがなぁ」
周りに聞こえないよう小声で喋った隊長だが、耳のいい司令官に睨まれたため他の隊員の影にコッソリ隠れた。
大量の武器と兵士を乗せた鬼雀は重量で多少浮力を弱めながらも、着実に協会頂上を目指していた。
夜衣は舌打ちした。相手は複数、しかもほぼ両方が魔物。
手駒が少なく戦力に不安要素がある状況で、最低片方だけにでも傷を負わせたいところだった。
「あー、ゴメンゴメン。これでもハァズ君一応人間だから血魂銃は効かないの」
バースは全くの無傷。不意打ち気味に発射された二つの弾丸のうち、一つはバースの前に遮るように出された点滴棒にめり込み、もう一つはハァズの袖に焦げた穴を空けただけだった。
刃物も通さないというのも嘘ではないらしく、ハァズに当たった銃弾は強化金属の塊にでも撃ち込んだかのように歪んで床に落ちていた。
腕に自信のある夜衣でもこんな相手に素手で立ち向かうのは無謀。協会の最終兵器というのもあながち冗談でもなさそうだ。
彼は占い師コンビをチラリと見た。
戦力として微妙な能力のロベオはともかく、ライーザの花占いを使えばいくらかマシな戦いが出来るかもしれない。
化け物兵器と合わせて分身を出されたら手に負えなくなる。
「おっと、余所見なんてヨユーだね」
ほんの僅かな間に夜衣の目前には点滴棒を振りかぶるハァズが迫っていた。
視線を後方に移しながらも敵に意識を向けていた彼は、半歩引いて攻撃をかわした。打ち下ろされた風圧で前髪が揺れる。
衝撃を受けた床は沈み大きな亀裂が入った。まともに受け止めれば骨が砕けるどころの話ではない。
力も速度も小さな体から繰り出されたものとはとても思えなかった。
「ガキが」
簡単に踏み込まれた事に腹を立てた夜衣は、ハァズの体に蹴りを入れ反動を利用して距離を取った。
体重を乗せた強烈な一撃を受けても体勢を崩しさえしない。眉一つ動かさないのが余計に気に食わない。同じ無表情でもライーザの方がまだ可愛げがあるというものだ。
二人のいる柱の近くまで跳んだ夜衣にロベオが駆け寄る。
「夜衣サン、どういう事デスか」
「あぁ?」
命令を出すつもりだった夜衣は非難を含んだ声に怪訝な表情を示す。ロベオだけではなくライーザも同じような雰囲気を漂わせていた。
「あんな小さな子供に銃を向けるなんて、見損ないました!」
ロベオの表情は真剣だった。
「話を聞いてなかったのか。奴は敵で協会の兵器だ」
「でも子供デス。人間の子供デスよ!」
彼の発言は人として当たり前の反応かもしれないが、対峙している当事者に言うべき事ではないだろう。
まさか自分は戦力に含まれていないと気付いて言っているのか。
ならば被害を受けないから好き勝手言える。中々面の皮が厚い奴だと少々感心した。分かってなければただの馬鹿だ。
「いいか、あれは人間でもガキでもねえ。俺達を排除する殺戮兵器だ」
「そうだとしても命を奪う必要は無いじゃないデスか。止めるにしても他に方法が」
夜衣は無言でロベオを吹っ飛ばした。わざわざ二度も説明してやるという、彼にしては親切で丁寧な対応に口答えで返しては当然だ。苛立ちを容赦無くぶつけられたロベオは、柱に沿って垂直に打ち上げられ宙を舞った。
説得する気の失せた夜衣は、普段の三割増しの強面で次はお前かとライーザを睨みつけた。
威圧的な視線に怯まず、ライーザは口を開いた。
「何も感じてないの」
「はぁ?」
意味の分からない事を口走るライーザに、腰に手を当てながら詰め寄る夜衣。
ロベオのようにふざけた言いがかりをつけるようなら、すぐにぶっ飛ばしてやるというつもりで。
ライーザは動じない。ただじっと彼の目を見つめている。こいつも破切果と同じ、厄介な部類かと夜衣は頭を抱えた。
こういう輩は腕力に物を言わせても納得しない。冷静で理論的な対応が必要だ。
ただ夜衣にはそんな面倒な手順を踏む気力は残っていなかった。
むしろどうして自分が手間を掛けなければならないのかと腹が立ってくる始末だ。
「どういう意味だ」
だから本当に、話を聞いてやるのは最後のつもりで言い放った。
完全に余裕モードに入ったバースは面白そうに見物している。
まだ銃には弾が残っているので脳天にぶち込みたいが、撃ったところであのガキに邪魔されて無駄撃ちになるだけだろう。
ライーザは夜衣の言葉を受け、床を指した。
「どうして何も感じないの」
彼女が指していたのは床に散らばる離津留の残骸。
「あんなにあなたを慕っていたのに」
「そんな事かよ」
ライーザの怒りの理由に夜衣は呆れた声を出した。彼の様子を見て更に彼女は怒りを滲ませる。
仲間の死にそんな言い方をするなんて、ここまで酷い人だとは思わなかったと目が言っている。
占い師という奴はどうしてこう正義感が過剰に溢れているのかと、夜衣は溜息をついた。
これではいつまでも協会の圧力から抜け出せない訳だと妙に納得して。




