18 百合のような男
「何で仕留めた?」
任務を横取りされたのにも関わらず夜衣の態度は冷静で、バースに対する怒りは感じられなかった。
普段の彼なら邪魔をする者は問答無用で殴り倒すだろうに。決して友好的ではないものの離津留ほど敵意をあらわにしていない。
夜衣の様子に白百合を名乗る男もひとまず安心し、表情を和らげた。
「こちらです」
男が純白のローブから取り出したのは一丁の銃。特徴的な形状の銃は見覚えがあり、輝士団の刻印が入っている。
「命から削り出された銃弾を使用する対魔物兵器、血魂銃。人々を苦しめ、命を奪ってきた協会の総帥を仕留めるに相応しい武器でしょう」
自慢げに血魂銃を見せるバース。そろそろ怒りを堪えるのが限界になりそうな離津留は、文句を言うために一歩踏み出そうとした。
「ちょっと見せろ」
離津留が出る前に彼女を遮る形で夜衣が進み出た。
頬を膨らまして夜衣に視線を向けると、彼は黙っていろと目で言っていた。余計な手出しをして嫌われては困る。
離津留は素直に引き下がり、大人しく夜衣の後ろに立った。彼女は夜衣に何か考えがあると思い静かに見守る事にした。
バースはあっさりと夜衣に血魂銃を手渡した。受け取った夜衣は重さから銃に弾が入っていない事に気付いた。
汽車の中で一度弾の入った銃を手にしていなければ気付かなかったかもしれない。弾が入っていないから奴は気軽に銃を渡したのだろう。
銃に弾が入っていないとは知らないロベオはバースの行動に動揺した。
あいつにそんな物を持たせては危険だ。慌てて同胞の英雄に知らせようとした彼の口をライーザの手が塞いだ。
何をするのかと目で訴えるロベオに彼女は静かに答える。
「様子を見る」
彼女に言われ、ロベオは仕方無く口を閉ざした。少し冷静になる。
そうだ、自分よりも優秀な白百合の占い師があの男の行動を予測出来ないはずがない。きっと何か考えがあっての行動だ。
一通り銃を調べ終えた夜衣は、右手に銃を持ったままズボンのポケットを探りだした。
取り出したのは一発の銃弾。彼は赤い銃弾を血魂銃に込める。ぴったりと収まった銃弾は紛れも無く専用の弾だった。
汽車の中を物色した際に手に入れた物だ。夜衣は表情を変えぬまま標的に照準を合わせた。
「どういうつもりです」
夜衣の行動にバースは眉をひそめた。
「いや、きっちりトドメを刺してやろうと思ってな」
彼は照準を合わせていたのは倒れている協会総帥。そのまま側へと歩いてゆき、銃口を総帥の頭へと向けた。
「彼は既に息絶えています。死者をこれ以上傷付ける必要はありません」
「くたばってるならいいじゃねぇか。一発撃たれようが二発撃たれようが同じだろ」
非人道的な行動を取ろうとすれば真っ先に咎める人物が不在のため、彼を止められる者はこの場にいない。
夜衣に従う離津留はもちろん、銃を持った予言者という危険人物総決算に占い師二人が口を出すはずがない。
自分の注意を全く聞き入れない夜衣の態度に、バースは不快感をあらわにした。
常識を持つ人間から見れば彼の行動は冗談にしても性質が悪すぎる。平和を愛する白百合の一員なら尚更許す訳にはいかない。
「私を信用していないというのですか。それとも、先を越された事に対する嫌がらせですか。予言者というものは礼儀を知らないようですね」
侮辱とも挑発ともとれるバースの言葉に、夜衣は口の端を歪めて残忍な笑みを浮かべた。まるで獲物を目の前にした猛獣、いや魔物よりも恐ろしい悪魔のような笑みだったと後にロベオは語る。
いつも不機嫌そうな顔だけに、余計に笑顔が際立っていだ。
「信用?俺がいつ誰を信用したって?」
嬉々として死体の背中を踏みつける夜衣。見せつけるように男を踏みにじり、更に続ける。
「俺はただお前がいつまでその善人ヅラの皮を被っていられるか、見物していただけだ。もっとも白百合なんて化けの皮は剥がすまでもなく落ちちまったようだがな」
「どういう意味ですか」
バースの冷たい声が広い空間内に響き渡る。何だかもうお馴染みになってきた張り詰めた空気に、ロベオは自分の感情もトーンダウンしていくような気がした。もしかしたらいちいち反応する自分がおかしいのだろうかと不安が浮かんでくる。
相棒のライーザは黙ったままだし、軟体生物少女もこの空気の中で平然としている。
ロベオの反応は人間としては普通なのだが、同じように戸惑ってくれる破切果のような人物がいない。
周りが特殊すぎるせいで彼の常識は揺らいでいた。
実は夜衣の言う事が正しくて、バースが悪者なのではないかという考えまで浮かんできた。
いくら乱暴者で世界征服を企む悪の予言者でも、死者を冒涜するような行為を平然と出来る訳が無い。
これはバースの正体を見極めるための芝居。ロベオは見方を変えて二人を観察する事にした。
「一つ面白い話を聞かせてやる」
死体を踏みつけ銃口を向けたままの夜衣が話を続ける。
「つい最近だったか、うちのナンバー2が白百合への潜入任務を命じられた。ところが奴は現場へ向かって一日も経たずに戻ってきた。この潜入任務、自分は絶対に受けられないと言ってな。なぜだか分かるか?」
夜衣の問いにバースは鼻で笑う。
「きっと己の愚かさを知り逃げたのでしょう。白百合の高尚さに触れ、罪深い行いに嫌気が差したのですよ」
バースを悪と仮定した途端、ロベオは彼の言動が胡散臭く思えた。
規律正しい白百合の一員がこのような尊大な態度を取るだろうか。相手が予言者とはいえ、自分が協会に加担した事実を棚に挙げての発言はさすがにおかしい。
夜衣の問いに対する返答をごまかすために、わざと挑発的な言葉を選んでいるようにしか思えない。
よく考えてみると協会の総帥を始末したというのも変だ。前もって輝士団の精鋭部隊を配備しておきながら、協会には輝士団の警備が無く簡単に突破出来た。
人間輸送用の汽車設備には防壁や対魔物兵器を惜しげもなく導入しているのに、総帥が居るこの大事な部屋にはそれが無い。
警備兵がいれば非力な占い師など容易く撃退出来ただろうに。
倒れている男が総帥だという確証も無い。
もし自分が総帥で予言者が輝士団の警備を突破した事を知れば、取るべき手段は二つ。
囮を置いて逃げるか、罠を仕掛けて迎え撃つかのどちらか。
前者だとすればあの男の役目は時間稼ぎ。本物の総帥が逃げるために我々をここに引き止めている。
だったらバースは占い師であり白百合であってもおかしくない。
恐ろしいのはもう一つの可能性。もしバースが予言者をおびき寄せて始末する役目を与えられていた場合。
たった一人で予言者と直接対峙する役目は、普通の人間では荷が重過ぎる。占い師や輝士団でも予言者相手に単独で挑むのは無謀だ。
対抗出来るとしたら、人間以外の者。
一番考えたくない可能性だ。ここがブラッドマンのために生贄を集めた協会でなければ。
そう考えると夜衣の行動や言動全てに説明がつく。彼はバースを白百合ではないと確信し正体が魔物だと見当をつけている。
倒れている男も人間ではないと思っているがゆえ、あのように乱暴に扱っているのだろう。ご丁寧に血魂銃まで突きつけて。
しかし一体どうしてあの男が白百合でないと見抜いたのか。
今までにない素早い思考で導き出した疑問の答えは、すぐに夜衣の口から発せられた。
「白百合に所属している奴はな、男女問わず頭を剃ってるんだよ」
夜衣は血魂銃の引き金を引いた。
至近距離で発射された銃弾は男の頭部を見事に撃ち抜く。
するとどうだ。男の頭から血は流れず黒い霧のようなものが噴き出したではないか。
「てめぇみたいなロン毛野郎は門前払いだぜ」
シューシューと音を立てて溢れた煙は蒸発し、噴出した分だけ男の体はどんどん縮んでゆく。
十秒も経たないうちに総帥の偽物は煙に溶けて消えてしまった。
「まさかそんな」
ロベオはがっくりと膝をついた。
「ようやく馬鹿にも誰が正しいか分かったようね」
偉そうに言いながら実は離津留も夜衣が男を撃つまでは半信半疑だった。隙を見てバースを始末した後に手柄を横取りするのだろう、と思っていたのは口が裂けても言えない。
だがロベオが嘆いているのはバースの正体を見抜けなかったからではなかった。
敵である夜衣の言葉が正しかったからでも、占い師としての自分の力量の無さを思い知ったからでもない。
「憧れの白百合にハゲしか入門出来ないなんて!」
「そっちかよ」
崩れ落ちる彼に向かって夜衣は投げやりな突っ込みを入れた。
夜衣にとってはどうでもいい事でも、いつか白百合に入って立派な占い師になりたいと思っていたロベオにとっては重大な問題だ。
占いのためには全裸になる事も辞さない彼でも、頭を剃るのだけは出来ない相談だ。
真っ黒な地味さ全開の服を着ているライーザと違って、金が無くても格好だけはキメてきた。
それが実力では追いつけない彼女と並べる唯一の手段だったのだ。
「なァんだ、バレちゃってた?ヒデェー、真面目にやってた俺が馬鹿みたいじゃん」
嘘が見抜かれたと分かったバースは、口調と雰囲気をガラリと変え軽い調子で笑い出した。
「せっかく死体まで準備したってのに、ホント予言者って空気読めねーの。ちょっとは引っかかってくれてもいーんじゃね?」
バースは白百合のローブを脱ぎ捨てた。胸元が大きく開いた白いシャツとジーンズ姿は今の彼にぴったりと合っていた。
金のアクセサリーと露出の高い格好は、美しい容姿と合わせて女を酔わせるには最適だ。
背にはコウモリの様な大きな羽と長い尻尾。彼が人間ではないのは一目瞭然だった。
変わらぬままの美しい姿に、夜衣と離津留は魔物の正体に見当がついた。
夜衣は経験から、離津留は合成生物として生み出された時に与えられた知識で。
「インクか。てっきり協会にいるのはブラッドマンだと思ったぜ」
言いながら彼は使用済みの血魂銃をバースに投げつけた。
バースは微動だにせず、顔面目掛けて投げられた銃を尻尾で弾き飛ばした。部屋の中央から勢い良く壁に叩きつけられた銃は無残に砕ける。
対魔物兵器も弾が無ければただの鈍器。人外の力を持つ魔物相手では石つぶて程度のものでしかない。
「何デスかそのインクというのは」
「ブラッドマンに比べれば大して強くもねぇ魔物だ」
ロベオの疑問に対する夜衣の答えは非常に簡潔なものだった。離津留も納得したように頷く。
「どうやら協会のトップは女だったようですわね」
若い占い師の二人には夜衣達の話の内容が理解出来ない。彼らが良く知る魔物といえば有名なブラッドマンや大型の獣タイプのものだ。
魔物が減ってからというもの、一般人が魔物を見かける機会は少ない。
協会による情報規制も厳しく、対峙した者以外は詳しい事情を知らないからだ。
魔物に差し出すための生贄として、人間を集める事に疑問を持たせないように。
だから協会は全てを知る当時の予言者や占い師を追放したのだ。
「可哀想に、フツーは仲間にちゃんと説明してあげるもんじゃないの?」
羽を揺らして大げさに肩をすくめたバースは、誰が仲間だと睨む夜衣を無視して自己紹介を始めた。
「俺達インクは獣なんかと違って知的な魔物さ。ブラッドマンみたいに人間の血を抜いて殺すなんて残酷な事はしない。むしろ人間に対しては紳士的、いや友好的?特に女の子は大歓迎!仲良くしてくれるなら色々サービスしてあげちゃうよ」
女性陣二人に愛嬌たっぷりの笑顔とウィンクを送るバース。女心をくすぐる仕草と甘い声に普通の女性ならたちまち恋に落ちてしまうだろう。
しかしここにいる二人は冷たい瞳と無感情でバースの誘惑を華麗にスルーした。
「夢魔なんてお断りよ。ヤる事ヤったら捨てるくせに」
「興味無い」
女を誘惑する力も合成生物の離津留には効果を発揮しない。占い師で耐性の有るライーザにも効かずに一蹴された。
特にインクの性質を知る離津留は嫌悪感を隠しもせず、女の敵だと言わんばかりに睨んでいる。
彼女の迫力は敵意を向けられていないロベオが寒気を感じる程だ。
「む、夢魔なら聞いた事がありマス。確か男を吸い殺す女の魔物だとか」
「それの男版がインクだ」
色々と慣れている夜衣は離津留の怒りオーラなど屁でも無い。彼はそのまま真っ直ぐバースへと近付いてゆく。
「別にお前が魔物だろうが人間だろうがどうでもいい。協会を守るために残ったのなら俺に何をされても文句はねぇよな」
ようやく命賭け任務を終えられるとあって、夜衣は殺る気満々だ。今の彼なら魔物でも素手で殺せるかもしれない。
協会のトップが既に逃げ出したとなれば、後はバースを倒して制圧完了となる。
ブラッドマンさえ殴り倒す男にとっては容易い事。自分の出る幕は無いだろうとロベオは内心ほっとしていた。
離津留もロベオと同じように夜衣なら楽勝だと確信していた。
敵の名が偽名だったとしても、協会に属するインクなどこの男意外にいないだろう。場所や状況が限定されていれば名前が分からなくとも予言を掛ける事が可能だ。
高い知能を持つ魔物は多種族と群れないもの。インクがいるという事はここにブラッドマンはいない。
やはり協会はブラッドマンへ献上するためではなく、己の権力を維持する為に人間狩りを行っていたのだ。
この事実が表に出れば民衆だけでなく輝士団の忠誠心も失われるだろう。
最後の砦をたった一人のインクに任せたとなれば、協会側も何か仕掛けているかもしれない。最上階の部屋に侵入されると占いで分かっていたのなら、インクもろとも部屋を爆発させる仕掛けがあってもおかしくない。
離津留は夜衣の行動を見守りながらも、いざという時に備え周囲の様子に警戒していた。
殺気を撒き散らしながら詰め寄る夜衣を見てもバースはヘラヘラと笑っている。




