17 喧嘩上等
「では行ってきます」
破切果は返事をすると壁に空いた穴から元気に飛び出していった。合成生物だけあって、命綱無しで外壁を移動するのも楽勝だ。
破切果が見えなくなってから夜衣は気付いた。どうせなら占い師コンビも一緒に行かせれば良かった。
こいつらと行動してもデメリットの方が大きい。
ただし同行させれば破切果に妙な事を吹き込む危険もある。あの馬鹿は単純なのでまんまと騙されるだろう。
目の届かない所で裏切られるより、今この場で始末しておいた方が得策か。幸いうるさい奴は外にいる。
「わ、ワタシ達にも仕事を与えて下さい」
夜衣の視線に危険な物を感じ取ったロベオは慌てて口を開いた。
予言者同様占い師も勘は鋭い。ただこの二人の場合、それをあまり生かせていないのが落ちこぼれになっている理由でもある。
ロベオのうろたえぶりから自分の殺意が勘付かれたと夜衣は悟った。
「ちっ」
最早舌打ちを隠す気も無い。誰でもいいから早くこの男の魔の手から救って欲しいとロベオは心から願った。
「弾除けは間に合ってるぞ」
「そうそう、わたくしが夜衣様の弾除けって違いますわ!わたくしの役目は監視と護衛ですのよ」
合成生物ながら見事な乗り突っ込みをした離津留は、ゼリー状の手を伸ばしてぽかぽかと夜衣の頭を叩く。
「ひどいですわ夜衣様。あんな駄目男と一緒にしないで下さいな」
ビシッ、と指されたのはもちろんロベオだ。
「そいつは悪かった」
「素直に謝らないで下さい!何デスか、その練られた嫌がらせは」
離津留の訴えに真顔で謝った夜衣の態度を見て、さすがにロベオも憤慨した。
普段の夜衣の態度ならそこは無視して話を進めるだろうに。敵地の最深部に乗り込んでまでする事か。
ロベオは頭を抱え、大げさに膝をついた。
「こんな邪悪な予言者が力を行使するなんて、神に対する冒涜デスよ」
手を合わせて神に許しを乞うようなポーズを取るロベオ。本気なのか嫌がらせなのか分からない態度を夜衣は一蹴した。
「アホか、居もしねぇ神に媚びてどうする。そんなだから協会に利用されるんだよ、お前ら占い師共は」
「な、何ですと!元はといえば予言者が強硬手段に出たから、協会が危機感を持って掃討作戦に乗り出したんじゃないデスか。とばっちりを食って輝士団に攻め込まれた私達占い師の身にもなって下さい」
相棒の叫びにライーザもうんうんと頷いた。
占い師達からしてみれば、平和的な解決を望んでいたのに予言者が暴れたため台無しになってしまった。
協会と和解した後も連帯責任とばかりに風当たりが強くなり、裕福とはいえなかった生活が更に厳しくなった。
予言者に恨みを持つ者も少なくない。
「予知能力を生かして戦えば良かったじゃねぇか。てめぇらの腑抜けを棚に上げて批判するとはいいご身分だな。協会が人間狩りをしていたのは周知の事実だ。まさか自分達は直接手を貸していないから関係無いなんて言わねぇよな」
夜衣の鋭い指摘にロベオは言葉を詰まらせた。確かに協会のやり方を知らなかった訳ではない。
傘下に入ったという事は協会の行為に賛同したのと同義だろう。
だが彼らが生贄を魔物に捧げていたのは人々を守るため。何もせず傍観していた予言者こそ悪そのものではないか。
その結論に達したロベオは夜衣に意見を叩きつけた。
「アナタ達こそ、魔物に苦しむ人々を見殺しにしているじゃないデスか!」
「別に俺達は正義の味方じゃねぇよ。昔は魔物だらけでうっとぉしいから始末していただけだ。正義ヅラしたいならてめぇ一人で生贄のガキ共を助けてみろよ」
二人共一歩も退くつもりは無い。お互い当時の事は相当気に食わなかったようだ。
予言者の夜衣は占い師が協会にあっさり屈した事に、占い師であるロベオは予言者の身勝手さに腹を立てている。
男二人の剣幕に女性陣はどうしたものかと困っていた。表情に出ないライーザも一応困っている。彼女も占い師なので考えはロベオとほぼ同じだ。
けれども夜衣の言う事も一理ある。今の境遇は占い師自らが輝士団と戦わない事を選択した結果だ。
恐らく未来予知で一番被害を抑えられると判断し、実行されたのだろう。
もし犠牲を恐れずに予言者と協力して協会に立ち向かっていたならどうなっていたのか。今となっては知る事も出来ない。
「夜衣様。お気持ちは分かりますけど、そろそろ進みません?」
「急がないと追っ手が来る」
それぞれのパートナーが声を掛けても睨み合っている二人の耳には入らなかった。
「馬鹿男はわたくしが締め上げますから、あなたは夜衣様を何とかなさい」
離津留の提案にライーザは首を振った。
「逆がいい」
「駄目ですわ!そんな乱暴な事、夜衣様に出来る訳無いでしょうが」
つまり、ロベオに対してはいくらでも乱暴な事をしてもいいというのか。少しムッとしたライーザは離津留に背を向け夜衣の方を向いた。
「じゃあ抱きついて止める」
「待てぃ!」
歩き出そうとした彼女の足を離津留の触手が止めた。ぎりぎりと締め付ける離津留の表情は引きつっている。
何をしやがるんだこの女狐はと罵りたい気持ちを抑えて、あくまで冷静な口調で問いただす。
「どうして止めるのに抱きつく必要がありますの?」
「色仕掛け」
みしり、と骨が軋む音がした。
「痛い」
ライーザの声はやはり平淡で余裕が感じられる。怒りを倍増させた離津留は触手を離し、人間形態へと変身した。
「このぺったんぺんたんでどうやって誘惑するつもりですの!冗談にも程がありますわ」
離津留はライーザの胸をこれでもかと指差しこき下ろす。彼女のようにぷりんぷりんのないすばでぃならともかく、幼児体型のまま成長したライーザに夜衣がなびくはずが無い。
二人の争いを止めるという口実で抱きつくのであれば、自分の方が適任だろう。
「占い師なら占いで何とかすればいいでしょうが。まさか夜衣様に近付きたいなんて理由なら、馬鹿男共々絞め殺して外に投げ捨てますわよ」
「ロベオには効いた」
色気と殺気をむんむん放つ離津留に対して、ライーザはしれっと答えた。
実績があるから同じ手を夜衣に使おうとしたのか。答えを聞いた離津留は怒りの感情が急激に冷めていくのを感じた。
この女はどこまで鈍感なのか。そんな手が通じるのはロベオがライーザに対して好意を抱いていたからだ。
愛想の無いつるぺた娘に抱きつかれたくらいで争いが収まるなら、とっくに二人は手を取り合って和解している。協会との争いだって一瞬で終結だ。
「あのねぇ」
離津留が親切に説明をしてやろうとした時であった。
パン!
乾いた発砲音が響いた。一拍置いてドサリと何かが倒れる音も。
「!中からか」
銃声に反応し、すぐに夜衣は扉へと向かった。さすがに命が掛かっているだけはあって任務までは忘れていない。
いきなり放置されたロベオは間抜けな顔をしている。同じように離津留とライーザも動きが止まっている。
争いを止めようとした二人の苦労は一体何だったのか。空しい空気が辺りを包み込んだ。
離津留がぼんやりしていたのは一瞬で、夜衣の監視と護衛という自分の使命を思い出しすぐに立ち直った。
夜衣が強くてもたった一人で乗り込んで行くのは危険だ。いくら彼が人間離れした強さを持っていても、仕掛けられた罠などで脳天を打ち抜かれれば一発でおしまい。合成生物である自分達とは違うのだ。
破切果がいない以上、彼を守れるのは自分だけだ。
「夜衣様―、待って下さい。わたくしも行きますわー」
慌てて夜衣の後を追ってゆく彼女を、占い師コンビは黙って見送った。
馬鹿にされたうえ放置されたロベオは感情の矛先が無くなってしまい、すぐには立ち直れそうにない。
落ち込む彼を励まそうとライーザはぽん、とロベオの肩を叩いた。
「帰る?」
掛けられた言葉は彼女なりに気を使っての事だが、今のロベオには逆効果だ。がっくりと肩を落としたロベオは残っていた気力で首を横に振った。放っておいてくれオーラを放つ相棒にライーザは困ってしまった。
ここでじっとしていてもいい事など何も無い。協会の警備隊が駆けつければきっとすぐに捕まってしまう。
だったら多少危険でも予言者である夜衣の側に居た方が安全だ。本名も教えてあるのでいざという時に予言で助けてくれる可能性もある。
ロベオは否定するだろうがきっとあの人は助けてくれる。彼女は確信していた。
耳が長い外見で迫害された経験のある彼女は、人を見る目には自信があった。
ライーザはロベオを説得するための色仕掛けを発動するため、じりじりと彼に近付いた。
「夜衣様っ!」
先に行ってしまった夜衣を追いかけ、離津留は開いた扉の中に入った。
短い通路を抜けるとやたら広い部屋へと出た。目を引くのは広さだけではない。
十メートルを越えるかという吹き抜けで、天井を透き通った水晶のような柱が支えている。そして中央には大きな噴水。
これは部屋というより公園か美術館だ。
人間が想像する天国というのはこんなものかもしれないと彼女は思った。
様々なオブジェが立ち並んだ中から離津留はすぐに夜衣を発見して駆け寄った。
「もう、わたくしを置いていくなんてひどいですわ」
夜衣は離津留を一瞥しただけでまたすぐに正面に視線を戻した。見た所怪我などはしていないようだ。
返事をしてくれないのは寂しいが、クールな態度が彼女のお気に入りなので文句は言わなかった。一安心した離津留は何が起こっているのかを知る為に夜衣と同じ方向へ視線を向けた。
部屋には白いローブのようなものを頭からすっぽり被った人間、床に倒れた男という二人の姿があった。
倒れている男は先程汽車の中から見た協会内部の人間達と同じような格好をしている。
最上階の豪華な部屋に居たという事は、もしかしてこれが協会の総帥なのだろうか。
だとしたらどうしてこんな所に倒れているのか。
「てめぇは何だ」
夜衣は警戒心剥き出しで怪しげな雰囲気を放つ男を睨みつけた。すっぽり被ったフードのせいで顔が見えない男は、胡散臭さの塊だ。
「私は敵ではありません。夜幻秘密結社の予言者よ」
「ほう?顔も見せねぇ名前も名乗らねぇ奴を信用する程、俺は馬鹿に見えるってか」
こちらを見下すような男の口調は夜衣が敵意を抱くには十分だった。向こうにそのつもりは無かったらしく、男は素直にフードを取り一礼した。
「これは失礼」
中から現れたのは美形で長髪の男。格好から禿げた中年でも出てくるんじゃないかと予想していた離津留は、思わず驚きの声を上げそうになった。
世界のどこを探してもこれ以上の顔など存在しないのではと思わせる程の美しさに、女だけでなく男までも魅了してしまいそうだ。
美し過ぎる男は微笑むと更に驚きの言葉を口にした。
「私の名はバース。白百合の一員です。あなた達が現れるのを予知し、協会の総帥を討つ機会をうかがっていたのです」
「「ええっ!」」
男の発言に今度こそ驚愕の声を上げた離津留は、同じく部屋に響いた声の主を見る。
聞き覚えのある声は予想通り占い師ロベオのもので、いつの間にかライーザと一緒に部屋に入ってきていた。
驚きで固まっていたロベオは状況を理解すると、表情を喜びへと変えていった。先程散々馬鹿にされた占い師の手によって協会の総帥が倒されている。
しかも協会を襲撃した予言者を利用するという形で。
わざわざ協会に通じる汽車を手に入れるために輝士団本部を襲撃。その後も精鋭部隊の攻撃を何とか突破し、やっとの思いで協会に辿り着いたと思ったら既に敵は倒されていた。これほど悔しい事は無いだろう。
全ては最強占い師集団、白百合の手の上で踊らされていたというのだ。
ロベオは白百合には所属していないが同じ占い師として、よくやってくれた!と彼に心の中で喝采を送った。
「あなた方を利用したのは申し訳なく思っています。しかしこれは人々を協会の魔の手から救うために行った事。どうか理解して頂きたい」
丁寧だが有無を言わせぬ口調に離津留は苛立ちを覚えた。こいつは一体何様のつもりだと。
輝士団の機能を著しく低下させ、協会を混乱させたのは全て夜衣の手によるものだ。協会を討つためにという理由があれば、協会の片棒を担いだ事実が全て許されるとでも思っているのか。
彼女と同じように感じたのか、ライーザもロベオのように手放しで喜んではいない。
バースの態度は犠牲になった人々を完全に無視している。




