16 文字通りの突入
「撃てっ!」
すぐに気を取り直したランチャー隊が上を行くゆりかご、もとい超特急一号に攻撃を加えるも、予言が掛けられた汽車に輝士団の武器は通じない。
「怒羅魂、面貫き二発と爆砕一発」
頼みの綱は怒羅魂の特殊兵器のみ。隊長の命令ですぐさま新しい矢が装填され、敵の手に落ちた汽車へと発射された。
面貫ききは先程と同じように抵抗無く車体に吸い込まれた。しかし爆砕の矢が当たったのにも関わらず汽車に爆発は起きない。
汽車内部。
狭い運転室の中心には大きく描かれた円がある。中心には人の形を模した紙が三枚置かれていた。
一枚目には鋼鉄の矢が刺さり、二枚目にも二本の矢が刺さっている。そして残りの一枚は派手な音を立てて爆発し、残りの二枚を巻き込んで燃え尽きた。
隅に寄っていたロベオが音に驚き小さな悲鳴を上げる。
「夜衣サン!人形が全部壊れました」
操縦桿を握った夜衣は振り返らずに舌打ちした。
「輝士団も中々やるじゃねぇか。いざという時のために取っておいたのによ」
夜衣が秘密結社から持ち出した人形は、本来は呪いから身を守るために作り出された道具だ。
万が一の場合を考えて使わずにいたのだが、ロベオが夜衣では防げない攻撃が来ると予知したため、急遽結界を作り人形を配置した。
怒羅魂の矢には当時最高峰の実力者達の予言が掛けられている。
中途半端な夜衣の実力では矢を止める事も、怒羅魂に予言を掛ける事も出来ない。
「ロベオさんが教えてくれなかったら大変な事になっていましたね」
破切果は夜衣に散々役立たずだと言われていたロベオをすっかり見直していた。
「まあ、ワタシが本気を出せばこのくらい当然デスよ」
ロベオとしては夜衣を助ける為ではなく、自分の身を守るための行動だった。何しろ彼が見た予知は再び弾除けとして自分を使おうと言い出す夜衣の姿。
黙っていれば矢が突き刺さっていたのは人形ではなく己の脳天だっただろう。燃え尽きた身代わりの残骸を見てロベオは冷や汗を流した。
「シャイト、花で敵をかく乱しろ。その隙に協会に突っ込む」
ここまで来たら協会はもう目と鼻の先だ。敵が怒羅魂の攻撃が効いていないと錯覚しているうちに抜けるしかない。
頷いたライーザはすぐにハシゴを上って飛び出した。
「大丈夫です。僕が援護します」
止めようか一瞬迷ったロベオにそう言うと、破切果も続いて出て行った。鬼雀の攻撃はしばらく前から止んでいる。撤退したか弾切れか、いずれにしても対魔物兵器が使われる可能性は低い。
速度を上げた汽車で彼女を守るのには人間よりも合成生物が適任だろう。迎撃隊の頭上を飛んでいる以上、汽車内よりも安全かもしれない。
「離津留、運転を替われ」
「了解ですわ」
運転席から飛び降りた夜衣と入れ替わりにするりと移動する離津留。
何だかんだ言ってもこの二人、一番息が合っている。夜衣は床に置かれていた予言札の束を素早く拾うと、棒立ちになっているロベオに目を向ける。
「お前はくれぐれも余計な事をするなよ」
役立たず扱いは相変わらずだった。事実敵同士なので彼の対応は間違っていないのだが、自分にだけ念押しするのは酷いじゃないかとさすがに文句を言いたくなった。
「まあ、邪魔をしないなら隅で占いをする位は許してやる」
「えっ?」
予想外の夜衣の発言にロベオは抗議の声を飲み込み、言葉の意味を反芻した。
今の発言は占いの実力を認めたようなものではないのか。この男に限って他人に頼るなどという発想は無いと思っていた。危険な状況下で予想以上に追い詰められているのだろう。
遂に、待ちに待ったチャンスの到来だ。現在の危機を占いの力で乗り越えれば奴は完全に自分を信用する。
例えば予言を自ら封印し、協会に降伏すれば目的は達成されるという嘘を教えたらどうだ。協会には予言者による被害を抑える為に仲間のふりをしていたと話せばよい。予言が封じられてはいくら本名を知っていても無駄だ。
同じように奴の仲間にも予言を掛けさせれば無力化出来る。
後はうまく誘導して協会に引き渡せば、自分達は晴れて自由の身。もしかしたら予言者を止めた英雄として称えられるかもしれない。
占い師の株も上がり、地位も向上する事間違い無し。
「分かりました!占い師の実力を見せてあげましょう」
ロベオはやる気満々で運転室の隅に陣取った。
「ようやく静かになったぜ」
「占い師って単純ですわね」
彼のやる気とは裏腹に、夜衣はロベオを邪魔者として隅に追いやっただけだった。
予言札を束から一枚引き抜くと、天我涼清丸で新たな予言を記入する。
書かれた内容は「超特急一号は乗員を無事に目的地に送り届け、役目を終える」というものだった。
汽車がいくら壊れようが元々協会の物なので夜衣には関係無い。目的地に着いてしまえば後は用済みだ。
「これで良し」
夜衣は予言札を車内の壁に直接貼り付けた。
「目的地って、具体的にはどこを目指しますの?」
離津留の目線の先には協会を囲んで立つ巨大な防壁があった。一階部分がすっぽりと覆い隠されていても、透明な壁が使われているので全体像がはっきりと見える。
幻想的な照明とガラスのような建造物は、質実剛健な輝士団本部とは正反対だ。
夜衣は協会の中心に高くそびえ立つ建物の最上部を指差した。
「偉い奴は大抵一番上でふんぞり返っているもんだ。丁度いい、このまま突っ込むぞ」
「さすが夜衣さま、大胆ですわ」
夜衣に意見する破切果は汽車の外、ロベオは占いに集中しているので彼らを止める者はいない。
超特急一号は更にスピードを増し、ぐんぐん高度を上げていった。
上空からばら撒かれた花弁に眠りの予言は掛けられていない。しかしそうとは知らない輝士団員達には効果抜群だ。
皆花弁を目にしないよう視界を覆い、空飛ぶ汽車に攻撃を行う事が出来ない。
汽車が線路の上を走っていたなら振動や音で位置を知る事が可能だった。鬼雀のように特殊なセンサーを持たない地上部隊は、視界を奪われてしまえばおしまいだ。
全ての無線を破壊してしまったので鬼雀に協力を要請する事も出来ない。最早勘で上空を攻撃するぐらいしか手は残されていない。
「隊長、攻撃許可をお願いします」
「眠らされる前に総攻撃を仕掛けます!」
迎撃部隊はまだ諦めていなかった。全員が一斉攻撃をすれば眠らされたとしても一矢報いる事が出来る。
「駄目だ。協会が近すぎる。それに照準が不安定では同士討ちの可能性がある。我々が出来る戦いはどうやらここまでのようだ」
「そんな!協会が落とされるのを黙って見ていろとおっしゃるのですか?」
隊長に反論したのは迎撃隊に加わった無線兵だ。花弁を目にしないようヘルメットを深く被っている。協会には輝士団本部程の戦力や迎撃隊のような強力な装備は無い。最終防衛ラインを突破されてしまった以上、予言者に乗り込まれてしまうのは明白だ。
警備兵や職員だけで予言者を撃退出来る訳が無い。
他の隊員達も皆同じような気持ちだ。人々を守るためなら命を捨ててでも戦う。
彼らの意気込みが嫌という程隊長にも伝わっていた。だからこそ、隊長は止めた。
「今は耐えてチャンスを待つ。勝つだけが戦ではないのだ」
ここで隊員達の命を散らしても決して良い結果にはならない。
無駄な犠牲を出さないための苦渋の決断に、迎撃隊の面々は口を出す事が出来なかった。隊長も皆と同じ気持ちなのだ。
「十五分、いや二十分待て。奴等が協会に到着すればこちらへの攻撃は無くなる。その時こそ再突入して予言者達を討つ」
『何を悠長な事を言っている。精鋭部隊の名が泣くぞ』
突然上空から聞き覚えのある声が降ってきた。続けて大きな布が地面に擦れるような音。
すぐさま正体に行き当たった隊長は、閉ざしていた目を開いた。
迎撃隊の周囲を巨大な白い布が包み込み、ドーム状にすっぽりと覆いかぶさっている。花弁を完全にシャットダウンした布の上部には穴があり、昇降機に乗った女性が舞い降りた。
「諸君、救世主のお出ましだ」
自ら謳い、降り立ったのは空中部隊鬼雀の司令官だった。彼は怒羅魂に目を向け、隊長を見るとニヤリと笑った。
不敵な笑みは非常に魅力的で、男なら誰もが恋に落ちてしまいそうな破壊力を持っている。
「いい物を持っているじゃないか。積み込むのを手伝うなら乗せてやっても良いぞ」
押し付けがましい言い方に隊長も自然と頬が緩んだ。が、すぐに毅然とした表情に戻り迎撃部隊に命令を出した。
「先程の命令は撤回する。三分後に再出撃だ!」
薄っぺらの防壁の中で輝士団の歓声が響いた。
迎撃隊の包囲網を抜けた超特急一号は、協会の警備をものともせず一気に最上階を目指した。
法の砦である協会は最新鋭の迎撃システムが配備されているが、全て対魔物用に特化している。魔物相手には抜群の効果を出す兵器も、予言で装甲を強化された汽車相手では豆鉄砲。
大した障害も無く汽車は頂上付近へと辿り着いた。
協会の技術を結集した汽車によって攻め込まれるとは夢にも思わなかっただろう。
警備にあたっているのも協会職員らしく、武器が通じないと分かると慌てて逃げ出す始末だ。
「張り合いのねぇ奴らだな」
つまらなそうに言い捨てる夜衣の後ろでロベオは憤慨していた。世界の秩序と人類の平和を掲げる中枢である協会が、予言者の侵入を許したくらいで混乱を起こすとは情けない。
魔物避けの聖水や血魂銃を作るために、今まで何人の尊い命が犠牲になったと思っているのだ。
勝てないと分かっていても最後まで諦めずに戦う責任があるだろうに。
「こちらを油断させる罠かもしれませんわね」
「構うか、このまま行くぞ」
夜衣には本気で逃げ惑っているようにしか見えない。全員が揃って演技をしているというのなら大したものだ。
どちらにしても自分がやる事は同じ。突入し協会を制圧すれば、ようやくあの悪魔の呪縛から解き放たれるのだ。
「では行きますわ!覚悟はよろしくて」
首を盛大に振るロベオはやはり無視された。
空飛ぶ汽車は最上階の窓に目標を定めると、張り巡らされた防壁も気にせず一気に突っ込んだ。
勢いをつけた装甲汽車はバリバリと防壁を砕き、展望台のような部分に見事に突き刺さった。
夜衣は運転席に掴まり、体を離津留の触手ががっちりと固定している。破切果は夜衣の足にしがみついている。
何の覚悟も準備もしていなかったロベオは、当然放り出されて壁に一直線。あらかじめライーザが大量の花弁でクッションを作っていたので怪我は無く、二人仲良く花弁まみれになるだけで済んだ。
「さすがデス、ライーザ」
逆さまで力無く親指を立てるロベオに対し、相棒の少女はピースサインを送る。
振り向いた夜衣が舌打ちをしたのは聞こえないふりをしておいた。
最上階は半分がガラス張りのホールになっており、夜幻秘密結社と良く似ている。超特急一号から降りた夜衣は奥に続く扉を凝視した。
この先に協会の総帥がいる。離津留が定位置である夜衣の肩へと移動し、他の面々も汽車から這い出してきた。
夜衣は全員が室内に入ったのを確認すると、くるりと振り返り汽車へ向かった。
そして目の前に立つといきなり汽車に強力な蹴りを放った。
「えぇー?」
ロベオと破切果が同じような声を上げる。
蹴り落とされた汽車は地面に追突して無残に破壊された。強化装甲も機体の重さと重力には勝てなかったようだ。
鉄くずになった超特急一号は文字通り汽車としての役目を終えた。
何トンあるか分からない巨大な鉄の塊を蹴り飛ばすとは、なんて恐ろしい男だとロベオは冷たい汗を流した。
丁度危ういバランスで刺さっていた汽車が、衝撃を受けて落ちただけなのだと自分に言い聞かせる。
でなければこんな人間離れした男を一体誰が止められるというのだ。とても輝士団や協会の手には負えない。
「やはり、占い師としてワタシが何とかしなければ!」
悲壮な決意を固める彼の横で、ライーザは自分とロベオの服に付いた花を落としていた。甲斐甲斐しく世話を焼くライーザと自然に受け入れているロベオ。
離津留はちょっぴりうらやましい気分になった。
夜衣の態度は以前より軟化したとはいえ、馴れ馴れしく言い寄れば拒絶されるのは目に見えている。
離津留は腰まで伸びていたライーザの長い髪が五センチ程短くなっているのに気付いた。
髪を花に変えている代償なのだろう。たった五センチであれだけの花を使えるのなら、全ての髪を使えば一体どれほどの量の花が生み出せるのだろうか。
もしかしてあれは髪の毛ではなく、占い師の使うアイテムを被っているのか。
離津留の興味は完全に別の方向へと逸れていった。カツラ疑惑を掛けられているとは知らず、当人は黙々と作業を続けている。
「破切果、お前の仕事だ」
夜衣は大きなバケツと天我涼清丸を破切果に手渡した。
バケツの中には彼がゆりかごに名前を書く際に使った蛍光塗料がたっぷりと入っている。
破切果にとって聖水入りの塗料はあまり近付きたくない代物なのだが、お師匠様の命令とあらば従わない訳にはいかない。
共に秘密結社を旅立ってからというもの、自分は足を引っ張っているばかり。
今こそお師匠様の役に立ち、使命を全うする時だと破切果は気合を入れた。
「はい!何でも申し付けて下さい」
渡された物から、すぐにピンときた。これは任務の仕上げであり一番の目的ともいえる仕事。
重要な役目を任されたのはとても名誉な事だ。
やけに張り切っている破切果に、何で落書きにそんな使命感を持っているのかと夜衣は首を傾げた。
彼としてはうるさい邪魔者を外に出すための口実のつもりだった。
これではテキトーに協会への悪口を描いていろとは言えない。任務らしい物を与えなければ怪しまれるだろう。
無駄な時間を消費したくない夜衣は、この旅によって鍛えられた判断力を生かしてすぐにそれらしい任務を考え出した。
破切果を手招きすると周りに聞こえないよう小さな声で耳打ちする。敵の中枢部にいる以上、全ての行動が筒抜けだと思っていい。
協会に属している占い師の実力はバカップルより断然上だ。
「いいか、この文面を一字一句間違えずに描け。二十分経ったら迎えに行く。完成しても俺が行くまで待っていろよ」
急いで完成させて戻って来られたら意味が無いのでしっかりと念押ししておく。
破切果が自分から勝手な行動を取りはしないだろうが、迎えが遅くなれば何かあったと勘違いして戻って来る可能性がある。
「分かりました、すぐに取り掛かります。ところで、お師匠様は何を?」
「俺は協会の指導者とやらに用がある。話し合いで和解出来るかもしれないからな」
「さすがお師匠様!」
恒例の尊敬光線が夜衣を直撃した。いい加減慣れてきた彼は眼差しを見事にスルーした。
和解なんてこの男に最も似合わない言葉だろう。ロベオは心の中で突っ込んだ。
あれはどう見ても話し合いというより殴り合いをしようという目だ。




