15 なんということでしょう
「残念だが今の攻撃でゆりかごは破壊されていない」
レールかの振動音は未だ止んではいない。鬼雀の攻撃を食らっても走行に支障が出る程のダメージは受けなかったのだろう。
煙が晴れていないのではっきりとは確認できないが、依然として汽車は低速で進んでいるようだ。
『そうか。せめて至近距離から撃てれば良かったが、若者を犠牲にする訳にはいかないからな。後はそちらで何とかしてくれ。ついでと言っては何だが、若い奴等は上官の命令に従っただけだ。責任は全て自分にある』
「判断するのは私ではない。協会だ」
分かっている、という返事を残して無線は切れた。身勝手な態度は相変わらずだと隊長は肩をすくめた。
溜息を一つ洩らすと部下に持たせていたもう一つの無線を受け取る。
内容は予想通り鬼雀の違反行動の説明を求める協会からの通信だった。男のくせにヒステリックに騒ぐ声を聞き流し、隊長は言われた通り簡単な状況説明を行った。
「ええ、その件に関してですがどうやら鬼雀は予言を掛けられていたようです。命令に反し武装を放棄するように全員が操られたのです」
とんでもない嘘をさらりと言う隊長に無線兵は目を丸くした。協会もそんな言葉を簡単に信用出来るはずが無い。
案の定怒りの矛先は隊長にも向けられ、無線から声が漏れる程相手は興奮していた。
「恐らく何らかの手を使って無線を傍受し、鬼雀の名を知ったのでしょう。あたかも彼らが自分の意思で命令違反を起こしたように錯覚させ、意のままに操るとは卑劣な手段を使う。やはり予言者は恐ろしい相手です」
スラスラと嘘を並べ立ててゆく隊長は実に手慣れた様子だ。
以前にも同じような手口で協会を欺いた事があるのでは、と疑ってしまいそうな程に。
淀みない口調に納得しかけた職員は、では禁止されていた武器をなぜ積んでいたのだと反論した。鬼雀に指定の武器以外を乗せた記録は無い。
監視部隊も共犯かと鋭い指摘を受けても、隊長はペースを崩さなかった。
「それこそ予言者の仕業ではありませんか。あるはずの無い兵器を予言で作り出し、鬼雀に投下させる。我々を陥れるための罠以外の何物でもありません。今の状況が何よりの証拠。予言者の思惑通りという訳です」
隊長は更なる追及を受ける前に無線の周波数を操作し、ダメ押しの演出を加えた。
「!どうやら電波妨害が入ったようです。まずい、このままでは我々も鬼雀と同じように」
迫真の演技の後、隊長は速やかに無線を地面に叩きつけて破壊した。
普段の冷静さと穏やかさからは考えられない言動に、若い隊員はぽかんと口を空けていた。
「隊長、機密無線をジャックするとは恐ろしい予言者ですね」
ロケットランチャーを構えた熟練の迎撃隊員は、真面目な口調ながら声には笑いが含まれていた。
他の面々も視線を戦線に向けたままで表情は伺えないものの、笑いを堪えているのが震える肩で分かる。
あっけにとられているのは若い無線兵だけで、皆隊長の嘘を当たり前のように受け入れていた。
隊長は一つ咳払いをすると、無線兵に向き直った。
「ところで君は、正しき輝士団かね」
「はい」
質問の意図は読めないが、彼は頷いた。世の平安を守るために志願した若き隊員は、規律を守り平和のために尽くしてきた。人々を魔物の脅威から守りたいという気持ちは、誰にも負けないと自負している。
自他共に認める誠実さから無線兵という重要な役割を与えられたのだ。
「では聞くが、操られて記憶が無いのと必死に抵抗したがどうにも出来なかった。協会への言い訳としてはどちらがいいと思うかね?」
隊長の質問に一瞬思案した無線兵はすぐにこう答えた。
「操られても輝士団の正義の心は失われず、予言者に勇敢に立ち向かったと」
若き隊員の真剣な眼差しを真正面から受けた彼は、大きく両手を叩くとくるりと背を向けた。
「オーケイ!」
隊長が兵に目配せすると、控えていた隊員が無線兵に迎撃隊と同じ武器を渡した。
「君は私の横に付け。あと戦う前に一つだけ全員に言っておく事がある」
武器を手にした無線兵は、姿勢を正して隊長の言葉に耳を傾けた。
しかし彼の真剣さに反して隊長は少し意地の悪い笑みを浮かべて軽い調子で言った。
「皆分かっていると思うが、決してサボリに今の手を使うんじゃないぞ。バレたら私が使えなくなってしまうからな」
部下に対する叱咤激励が飛ぶと身構えていた彼は、先程から続く隊長のギャップの激しさに思わず噴出しそうになった。
「そんな恐ろしい事が出来るのは隊長だけですよ」
「予言者にバレたらどんな目に遭わされるか。考えただけで夜も眠れませんよ」
皆協会に嘘が知られるよりも利用された予言者に復讐される事を心配していた。
やってもいない罪を擦り付けられた予言者達は、きっと地の果てに隠れようとも隊長を追い詰め、復讐を果たすだろう。
予言者の執念深さは対峙した経験のある者なら誰もが知っていた。
彼らの名を語り悪さをしようものなら、協会と予言者両方を敵に回す事になる。
予言者に濡れ衣を着せようというのは、鋼鉄のワイヤーのように図太い神経を持った隊長にしか出来ないだろう。
「零番車両開門」
小隊長の号令で迎撃隊の後ろに控えていた巨大トラックの荷台が開かれた。
重厚な扉から現れたのはどこか禍々しさを感じるデザインの大きな機械。ずっしりと丈夫な土台の先には大きな発射台が付いている。
上半分が無い砲台部分には紙が巻かれた矢が装填されていた。
謎の兵器には大きな文字で怒羅魂と書かれている。
協会から支給される輝士団の装備とは雰囲気の異なる兵器。無線兵は書かれた文字から武器の正体に見当がついた。
予言者・占い師が協力して魔物退治を行った時代、多くの魔物を滅ぼす為に作られた戦闘兵器。矢には予言が書かれた札が巻かれ、強靭な魔物を容易く貫く恐ろしい威力を持つ。
予言者と協会が対立すると予言者が関わった物は禁忌とされ、全て破壊されたと聞く。
魔物への対抗策を失った各地では、血魂銃が完成するまで輝士団や民衆に大きな被害が出続けた。
この兵器には協会が闇に葬りたい記憶が詰まっている。どうして輝士団が所有しているのか。
彼は疑問を口にはしなかった。
作戦開始が迫っているのもあるが、隊長の答えが予想出来たからだ。
使ってはならない物、あるはずのない物があるのは予言者の仕業。輝士団を困惑させ協会との関係を悪化させる罠だと。
真偽を確かめる手段が無いため、協会も強くは出られない。
何しろ予言には占い師が予知した未来をも変える力があるからだ。予言者と対峙している今だからこそ真実味も増す。
「一発目は何だ」
「面貫き(ツラヌキ)です」
用意したトラックに搭載されていた兵器と、明らかに怒羅魂を操作するための人員。恐らく追求されたら中身がすり替わっていたとでも説明するのだろう。
きっと作戦に加わった全員が口裏を合わせる。人望の厚い隊長にしか出来ない芸当だ。
「結構。爆破してしまっては言い訳が面倒になる。せめてゆりかごの原型だけは残しておかなければならないからな」
無線兵は二人の会話の意味を全ては理解出来なかった。
ただ、これだけの準備をしていた迎撃部隊は紛れもなく本気だという事。最初から予言者と戦い、仕留めるために全力を注いでいる。
これこそが人々を脅威から守る輝士団の真の姿だ。若き無線兵は彼らの姿をしっかりと目に焼き付けた。
自分もいつかはこのような輝士団になりたいと願って。
「隊長、来ます!」
最前線で汽車の様子を伺っていた隊員が駆けつけ報告した。協会に盗聴されないよう全隊員が無線を切っているので、全力で戻ってきた。
「よし、怒羅魂が先制する。ランチャー隊はゆりかごへの着弾を確認後、線路を破壊しろ。残りの者は私の合図で攻撃を開始する」
「了解!」
各隊員が己の役割に備えている間に怒羅魂の照準が標的を狙う。線路の軋む音と車輪の回転音がすぐそこまで来ている。
ここを一気に突破するつもりなのか、スピードが随分増している。射程内に入り次第攻撃を行わなければ、線路上に待機しているトラックや兵士ごと迎撃網を破壊されてしまう。
魔物に行く手を塞がれても強行出来る車両だ。半端な攻撃ではびくともしない。敵に回すと非常に厄介だ。
「今だ!」
怒羅魂は曲がり角からゆりかごが姿を現すと同時に面貫きを発射した。予言が加わった鋼鉄の矢はどんな装甲も障害にならない。
狙ったのは動力部ではなく運転席。線路を破壊し強制的に停止させても、運転者が無事なら走行は不可能ではない。
諦めの悪い敵がゆりかごを暴走させ、余計な被害を出す可能性もある。
鬼雀の攻撃がゆりかごに到達している事から、奴等が汽車の名前を知らないのは明らか。
汽車自体に予言を掛けて攻撃を防ぐという手段は使えない。
先の戦車隊でのように仲間の一人に武器避けの予言を掛けたとしても、怒羅魂は協会や輝士団が支給した武器ではないので通用しない。
一直線に飛んだ矢は狙い通りに汽車の真正面へ吸い込まれた。
「面貫き、着弾しました」
「ランチャー発射!」
手筈通りランチャー隊は線路へと一斉に弾を発射。
地面が爆ぜた衝撃で線路は折れ曲がり、レールとしての役目を終えた。
歪んだ鉄の道をこのまま進めば汽車は横転する。乗員が投げ出された所を一斉射撃で葬り、二次部隊が突入して残りを討つ。
車両が急停止したなら直接ゆりかごにランチャーを叩き込めばいい。
ゆりかごは停止せずスピードを緩めない。無理矢理突っ切るつもりだ。
無線兵はゆりかご横転後の一斉射撃に備え、武器を握る手に力を込めた。あと少しで壊れた線路に差し掛かる。
そんな時、一歩下がったランチャー隊員は違和感に気付いた。
「何だ?」
他の隊員も何かおかしいと声を洩らす。汽車の外見に目立った変化は無い。外灯に照らされたゆりかごの上に人影は見えず、正面にも誰もいない。
もし戦車隊の時のように人が括り付けられていたら、先程の攻撃で脳天に風穴が開いていただろう。
それにしてもやけに車体全体がはっきり見える。
星の光が届かない地上は、明かりが無ければ辺りを見回す事も出来ない。迎撃隊を隠す為に外灯の光を抑えているのにどうしてか、ゆりかごの姿が浮かび上がっていたのだ。まるで汽車自体が発光しているかのように。
スコープで照準を合わせていた時には気付かなかったが、車体の位置が少し高くなっているような気もする。
この辺一体は平原地帯となっていて坂など無かったはずなのに。
考えている間にゆりかごは遂に破壊された線路へと突っ込んだ。脱線の衝撃に兵士達は備え、ランチャー隊も反射的に身をかがめた。
だが、予想された衝撃と轟音は訪れなかった。代わりに彼らは驚くべき光景を目にした。
汽車が、飛んだ。
線路を飛び越えたゆりかごの左右の車体には、闇夜に輝く蛍光色で大きく「夜幻秘密結社所有物 超特急一号」と書かれていた。
よく見ると側面だけではなく汽車の屋根にも同じ文字がある。
ゆりかごに飛行機能など備わっていない。つまり目の前で起きている出来事は予言によるものだ。
車体に張り付いた大きな紙に書かれた文字には、鬼雀から投下されたみぞれの聖水が使われている。
夜衣はゆりかごの名前を書き換える事によって、汽車が空を飛ぶという予言を発動させたのだった。
文字が書かれている紙は予言札を大量に繋ぎ合わせた物。
彼が鬼雀からの攻撃を防いでいる間に中にいる破切果達が作っていたのだ。
敵が最終攻撃をする前に離津留を除く三人が巨大予言札を外に出し、夜衣が塗料の染み込んだ聖水で文字を記入した。
速やかに車内に戻った夜衣が行った予言。
「超特急一号は空を飛ぶ」
という訳で迎撃隊は汽車が空を飛ぶという非現実的な光景を目にする事となった。




