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14 熱くなれ


 輝士団空中攻撃部隊、鬼雀オニスズメは多数の兵装を積み込んだ対大型魔物用の飛行兵器である。


 近年強力な魔物が減り、本来の用途として使われる事が少なくなった現在は、偵察部隊として世界各地を飛び回っている。

 実戦兵器を積んだ機体は少なく、急遽調達した兵器を搭載して迎撃部隊への合流を間に合わせた。


 乗務員には若い隊員が数名と地上との連絡員が一名。魔物と予言者との実戦経験を持つ人物が司令官として乗り込んでいた。中央に配置された椅子に座る制服姿の美女に、彼らの士気が上がっていたのは言うまでも無い。


「司令官、ゆりかごを覆っていた花弁が消えました」


 闇夜でも敵の姿を浮かび上がらせる事の出来るみぞれは、標的の汽車だけでなく盾となる花弁の動きも捉えていた。

 二発目以降に投下されたみぞれは全て宙に浮かぶ花弁に防がれ、ゆりかごには到達していない。

 一発ごとに光る花弁が散っていくのを上空から確認している。


 戦車隊のような事態を避けるためにモニターに画像を直接は映さず、白黒の線画で処理された映像を使用していた。これなら花弁や汽車に予言を掛けられても、見た者に影響は無い。空中で眠らされでもしたら大惨事になりかねない。


「みぞれの投下は継続しろ。攻撃を止めてやる必要は無い」


「了解!」


 ロングヘアーの美しい司令官の命令により、速やかにみぞれの発射準備をする隊員。

 上官が美人だとやる気も違うのか、彼らの表情は皆生き生きとしている。輝士団本部の人間とはまた違った意味で気合が入っていた。


「射出角度・ゆりかごの走行速度共に異常無し。発射準備完了」


 女性司令官は立ち上がり、腰の短剣を抜いた。輝士団の刻印がある短剣は、血魂銃が開発される前に輝士団の標準装備として作られた物だ。他の隊員が装備している物よりも一回り大きく、デザインも無骨に見える。

 彼女は凛々しい表情で年季が入った短剣を振り下ろす。


「発射!」


 司令官の号令でみぞれが発射された。

 所属の占い師の情報によれば今夜はほぼ無風状態。蛍光色にペイントされた汽車を狙うのは簡単だ。みぞれは計算通り風の抵抗を受けず的確にゆりかごに落ちてゆく。


 予言者用に改良されたみぞれは色・形共に統一性が無く、名前を知られたとしても簡単には対処出来ないようにしてある。

 当然重量もバラバラなのだが、長年の経験を持つ司令官の指示によりみぞれは吸い込まれるように目標に投下されていった。


 汽車を破壊する威力を持たない兵器でも、予言者を惑わせるのには成功している。後は待ち構える迎撃隊が奴らを討ち取れば輝士団の勝利だ。


「みぞれ着、弾?」


 モニターを確認していた隊員が妙な声を出した。


「破壊されました!目標には到達していません」


 花弁の障害が無くなり、確実に汽車を捉えたと思っていたみぞれは衝突寸前に砕け散った。

 画面には散乱する蛍光色の破片が映し出されている。


「原因は」


「不明です。新しい予言でしょうか」


 画面を拡大すると汽車の上に人影らしきものが見える。予言対策のためシルエットでしか確認出来ない。

 背格好から輝士団本部襲撃の予言者と判断。この男がみぞれを撃退したに違いない。


「みぞれの投下を続けろ。今度は二発、いや三発だ」


 相手が予言者と確信した司令官は指示を出した。すぐに新たなみぞれがゆりかごに投下される。


 投下の様子を自分の目で確認しようと司令官もモニターを覗き込む。

 顔だけでなくスタイルも抜群の女性に急接近された隊員は、表向き平静を装いつつも脳内では自制心と本能の世界大戦が行われていた。

 他の隊員も羨ましそうな視線を送っている。


「こいつ、人間か?」


 思わず呟いた司令官の視線の先には、拳と蹴りだけでみぞれを破壊する男の姿が映っていた。


 人間離れした夜衣の行動を見て魔物と疑うのは当然だ。

 しかし聖水を纏った対魔物用兵器に触れて平気な魔物はいないため、彼が人間であるのは明らか。


 予言で身体能力を向上させるなど聞いた事が無いが、それ以外にこの光景を説明出来る理由は見当たらなかった。


 ちなみに離津留がみぞれに触れて軽い痛みだけで済んだのは、彼女が合成生物だったからだ。純粋な魔物ならただでは済まず、致命傷を負う可能性もある。

 大量の聖水を浴びせれば、最強の魔物であるブラッドマンをも消し去るのだ。


「奴が秘密結社の幹部か。なるほど、輝士団本部を正面突破するだけの事はある」


 幹部自らが動くとは戦力に余裕が無いのか、もしくは何らかの策を実行する為の囮として姿を現したのか。

 恐らくは後者。こちらの気を逸らす目的で大将自ら出向いたのだ。


 司令官の読みはどちらも間違いではなかった。夜衣が登場した理由の一つは、作戦に必要な作業を破切果達にさせるため。

 もう一つの理由は他に使える手駒がいなかったためだ。


 ついでに挙げるとしたら、何を考えているか分からないライーザと二人きりになるのが嫌だった。というのもあった。


「これが予言者の力なのか」


「確かに凄いけど、怯える程のものじゃないな」


 今まで予言者を見た事の無い若い隊員達は、夜衣の力を目の当たりにして口々に呟いた。


 自分達が予言の届かぬ安全圏にいるからだ。実際に対峙しなければ予言者の真の恐ろしさは分からない。

 司令官は心の中で毒づいた。


 だが、分からないこそ鬼雀や迎撃隊は戦える。かつて打ちのめされた者達は予言者を恐れ、ほとんどが戦域から離れた。

 嘆かわしい事に二度と関わりたくないと輝士団を抜けようとする者も大勢いた。

 無論それらは全て粛清された。己の役目を全うしない者など輝士団には必要無い。


 世の平穏を守るために名乗りを上げた以上、逃げ出す事など許されない。


 魔物を倒す為に輝士団が手にする武器、血魂銃には人々の尊い命が使われているのだ。

 多くの犠牲を背負う覚悟が無ければ、輝士団に戦う資格は無い。


 歳若いとはいえ、この場に集まった者達は平和を守るという使命を負った紛れもない精鋭だ。

 精神面で未熟な面もあるが、導くのが年長者である自分の役目。


「とはいえ、このままでは埒が明かないな」


 魔物相手には絶大な威力を誇るみぞれは兵器としての破壊力に乏しい。対象以外への被害を抑える為に脆い素材で作られているのが理由だ。

 それでも空中から投下されたみぞれを素手で砕くなど、とても人間が成せる所業ではない。

 こんな化け物が相手では迎撃隊でも対抗出来ない可能性がある。ならばと司令官は部下へ命令を出した。


「反乱制圧装備へと変更だ。奴等は鬼雀が今ここで仕留める」


 上官の言葉に鬼雀の隊員はざわめいた。


「いいのですか?協会からはゆりかごを破壊しないようにとの命令ですが」


 隊員の言うように協会は輝士団にゆりかご奪還の命を出している。破壊するのではなく取り戻せと。


 人間狩りで集めた生贄を乗せる輸送車両は少なく、中でも最新設備を備えたゆりかごは高い防衛機能を持ち、協会幹部の移動にも使われている。これを失えば安全な移動が出来なくなるという理由から、待機している迎撃隊には車両への直接攻撃が禁止されていた。


「命令通り、車両に損害を出さぬよう努力はした。だが敵には被害を与えていない。黙って目の前を通らせる程輝士団は甘くない事を思い知らせねばなるまい」


 先に偵察に向かった戦車隊も同じ命令を受けた。彼らは偵察の任務を与えられたのみで車両破壊の許可はされていなかった。


 協会の命令では後に控える迎撃隊は本来の働きが出来ず、予言者へ遅れを取る可能性がある。

 ならばこの場で敵を潰すべきだと判断し、戦車隊は砲撃を行った。

 優先すべきは予言者を排除する事。奴らの野望を防ぐには少しでも協会に近付けさせない事だ。


「しかし」


 命令違反を恐れる若い隊員達は乗り気では無い。協会の命令を無視すればただでは済まないだろう。しかも戦車隊とは違い、こちらの行動は迎撃隊に筒抜け。確実に目視出来る距離だ。

 違反を見つければ直ちに輝士団本部へ伝えられ、協会にも届く。どうあっても言い逃れは出来ない。


 動揺する隊員達を見た司令官は一息つくと椅子に座り、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。


「これを見ろ」


 写真には体格の良い壮年男性が写っていた。輝士団の制服を着て立派な白い髭を生やしている。


「予言者によって人生を狂わされた男の姿だ。男は妻と子を持ち、仕事に情熱を燃やす輝士団隊長だった」


 唐突に始められた昔話に、鬼雀の隊員達は皆怪訝な表情だ。構わず司令官は話を続ける。


「協会が予言者と対立した時も彼は輝士団としての仕事を全うし、勇敢に戦い抜いた。卑劣な攻撃を仕掛ける予言者に、輝士団は数と不屈の精神で立ち向かった。そして多くの犠牲を出しながら予言者を追い詰めた時、悲劇は起こったのだ」


 話には妙に力が入っている。写真の男の目元が司令官と良く似ているので、恐らくは父親の話だと隊員の一人は思った。

 父の仇を討つために入隊し司令官まで上り詰めた。被害者をこれ以上増やさないためにも我々輝士団が命を張らねばならない。


 そういった話をして士気を上げるつもりなのだろう、と。


「散々手を焼いた敵をやっとの思いで追い詰めた彼は、予言者を酷く罵った。しかしそれがまずかった。半ば敗北を認めていた予言者はその言葉に激昂し、彼を予言で見るも無残な姿に変えたのだ」


 突然隊長の姿が変えられ、本人だけではなく兵達も大きく動揺した。隙を突いて予言者は逃亡に成功。

 男は作戦失敗の責任と二度と元には戻れない宿命を負った、と司令官は語った。


 男は妻と娘の前に二度と姿を現す事は無かったのだと。


「では、娘というのが司令官なのですね」


 隊員達の総意を誰かが洩らした。司令官は静かに目を閉じ、写真を懐へと戻す。


「その男が私だ」


 司令官が告げた衝撃の事実に気球内は騒然となった。

 モニターを監視する隊員、武器を装填していた隊員。全員が作業の手を止めて司令官を凝視する。


 どこをどう見ても完璧な女性にしか見えない。とても妻子持ちの中年男だとは思えなかった。


「ご冗談ですよね?」


「作戦中にこんな馬鹿な冗談を言うものか」


「ご家族にお話はされたのですか?」


「家族は知らない。私は作戦中に死んだ事になっている」


「その、服の下はどうなって」


「完全な女体だ。偽物ではない」


 部下から次々と発せられる質問に司令官は真顔で答えた。

 中にはセクハラじみた物も混ざっていたが、特に気にした様子は見せない。


 隊員達がある程度落ち着いたのを確認すると、司令官は再び椅子から立ち上がり彼らを見渡した。


「分かったか。予言者は人生をも破壊する恐ろしい敵だ。下の一味が協会を制圧したら荒地に追放された多くの予言者が世に解き放たれる事になる。奴らは気まぐれで人々を脅かす、魔物よりも厄介な相手だ」


 司令官の話を聞く隊員達は、皆真剣な表情をしている。予言者の恐ろしさを体現している人物の言葉は重く、説得力があった。

 昔のように予言者が街中を闊歩するようになれば、同じような被害を受ける可能性がある。物理的な攻撃なら対処のしようもあるが、姿を変えるなんて反則だ。


 ようやく危機感を持った部下達に司令官は更に追い打ちの一言を告げた。


「この先の最終防衛ラインを突破されれば、我々に未来は無い。なぜなら協会には写真・出身地などを事細かに記した職員全員分の資料が保管されているからだ!」


 司令官のカミングアウト以上の衝撃が隊員達全員の間を突き抜けた。

 つまり予言者が協会へ攻め込み制圧に失敗したとしても、資料を見つけられた時点でこちらの敗北が決定する。


 協会職員や輝士団隊員は身分証を持ち歩かず、名前を呼び合わないなど徹底した予言者対策を行っている。

 全ての情報は協会で一括管理されているのだ。

 資料は協会に所属する者だけに止まらず、輝士団が駐在するほぼ全ての町や村の住人にも及ぶ。


 もし資料が予言者の手に渡れば、文字通り世界が握られる事になる。


「この恐ろしい可能性を協会は考えず、ゆりかごを破壊するなとふざけた命令を出している。今ここで予言者を食い止めずして何が輝士団だ!」


 司令官が言い終えるや否や、隊員達は必死の形相で動き出した。


「火薬と弾倉を装填しろ。役に立たないみぞれは捨てちまえ!」


「全弾ぶち込め!ゆりかごを予言者もろとも鉄クズにしてやる」


「家族を守るのは俺達だ。協会なんぞに任せてられるか!」


 ひよっこ揃いの隊員達が怒号を飛ばし、鬼雀はゆりかご殲滅作戦へと移った。

 奇しくもその光景は、司令官に鬼雀本来の役目である巨大魔物との戦いを思い出させた。


 勇ましい部下の姿に溢れそうになる涙をぐっと堪え、彼は兵を導く命令を下した。


「目標、ゆりかご。攻撃開始!」


 鬼雀から砲弾・爆弾・散弾などの各種兵器が雨あられと降り注いだ。動きの遅いゆりかごに避ける術は無く、全ての攻撃が命中し大量の土と粉塵が巻き起こった。



 破壊の光景は当然待ち構えていた迎撃部隊の視界にも入る。

 突然起きた大きな爆発にどよめく部隊。間違い無くこれは鬼雀の仕業。すぐさま控えていた兵の無線から通信音が鳴り響く。

 確認しなくとも協会からだという事は分かった。向こうでも占い師の水晶を通して今の光景を見ていたのだろう。


 部下に少し待たせておけと目配せすると、隊長は自分の持つ無線で鬼雀に通信を入れた。


「どうした鬼雀、命令違反だぞ」


 言葉とは裏腹に表情には人知れず笑みが浮かんでいた。


『ああ、隊長か。悪いが全弾ぶち込んだ』


 司令官に全く悪びれた様子は無い。同期である隊長には彼の今の表情が手に取るように判った。


『鬼雀には今回みぞれ以外の武装は無かったはずだが』


「ああ、向こうで借りてくる時に餞別として貰った。予言者を相手にするなら持って行けとな」


 日頃から荒地で監視作業を行う部隊は、予言者の脅威を十二分に分かっている。

 みぞれを渡す際に任務の内容を聞き、同じ輝士団として黙っていられなかったのだろう。


 部隊は違っても平和を願う気持ちは変わらない。



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