13 ロベオの陰謀
夜衣の手がロベオに迫ろうとした時、運転室を衝撃が襲った。
何か大きな物が屋根にぶつかる音が響き、車体が縦に揺れた。逃げようとしていたロベオは転び、夜衣も席からずり落ちそうになる。
「夜衣様、敵の攻撃ですわ」
窓の小さな隙間からほんの少し触手を伸ばし、離津留が様子を探っている。汽車の屋根には大きな凹みと光る塗料のような液体が飛び散っていた。
「岩、ではありませんわね」
いくつかの小さな破片が光を放っている。液体が光っているのではなく、細かく砕かれた粒子が溶けて光を出しているようだった。
もっとよく観察しようと触手を伸ばした離津留は不意に手を引っ込めた。
「痛っ!」
小さな悲鳴を上げた彼女は慌てて触手を引っ込めた。刺す様な痛みと熱さを感じたのだが、手に傷は無く火傷の痕も見えない。
「大丈夫ですか?離津留さん」
心配して駆け寄った破切果。丁度真上の屋根にはヒビが入り、液体が破切果の頭に滴り落ちた。危ないと離津留が叫ぶ前に、体勢を立て直した夜衣が無造作に液体を受け止める。
素手で触れている彼の表情に変化は無く、痛みは感じていないようだ。
液体の正体に大体の予想がついていたのだろう。それにしても大胆すぎる行動だ。危険な兵器だったらどうするつもりだったのだろう。
やはり予言者は普通じゃないと、ロベオは自分の事を棚に上げて思っていた。
「聖水か。防壁の物よりは威力が低いようだがな」
夜衣の声でようやく天井からの液体に気付いた破切果は、そそくさと移動して危険な範囲から離れた。
離津留は夜衣が心配してくれなかったので若干不満気な表情をしている。
「対ブラッドマンの兵器じゃねぇ。何を撃ってきやがった」
大砲から撃ち出された物にしては大きすぎるし、衝撃の割に威力が小さい。これは一体何なのか。
「ボサっとしてねぇで調べろ。お前の役目だ」
「っハイ!」
すぐにロベオは水晶玉で占いを始めた。
夜衣は運転席から立ち上がると彼の横をすり抜け上へのハシゴに足を掛けた。慌てて離津留が運転席へと移動する。
「お前も来い」
夜衣に呼ばれたライーザは頷き後に続いた。破切果と離津留が使えない以上、彼らが出るしかない。
屋根に上ったところでまた一つ落ちてくる謎の物体。白くいびつな形の玉が運転室を正確に狙っている。
一発目の玉が散らした塗料によって、汽車の先頭部分が闇の中で光っていた。攻撃と同時にこちらの位置をマーキングしている。
夜衣はバンダナに挟んでいた札を一枚取り出し、予言を唱えた。
「シャイト。お前の散らす花は己と他を守る盾になる」
予言札が輝き発動するのを確認すると、顔だけを出したシャイトことライーザは右手を自分の髪に差し入れた。
手を引き抜くとそこには十数本の花が握られている。
花占い師ライーザのもう一つの能力。自分の髪を花に変える。これで花の無い屋内や草木一本生えない死の大地でも花占いを行える。
「散開」
彼女が呟くと花弁が飛散し、先頭車両の上部分を覆った。
落ちてきた白い玉は弾かれ線路脇に転がり破裂。時限式の爆弾ではなく火薬も使われていない。衝撃を与える事で内部にある聖水をばら撒く対魔物用兵器なのだろう。
夜衣は夜空を見上げた。発射音は聞こえなかった。大砲で撃ち出されたのではない。だとしたら残るのは空。地上を走る汽車の速度と上空の風向きを計算し、この闇の中で兵器を命中させたのだ。
さすがに協会に配備されるだけの事はある。このままでは待ち受ける攻撃部隊と挟み撃ちだ。
「やっぱり見えねぇか」
星も出ない闇夜の中では敵の姿を見つけるのは難しい。向こうからは発光する汽車が丸見えだというのに。
『分かりました。上空を飛ぶ黒い気球から攻撃を受けています』
手にした無線からの情報に彼は納得した。黒い風船が真上を飛んでいるのなら見えないのも当然だ。
「それよりも相手の武器の情報を寄越せ」
ライーザの花占いでは落ちてくる兵器への対応速度が足りない。武器の正確な情報が入れば予言で対策が出来る。敵が使う気球に名前でも書いていればもっと楽なのだが、輝士団も協会も馬鹿ではないだろう。
『そこまではちょっと分かりません。ただこのまま進めば陸と空からの同時攻撃に汽車は耐えられないでしょう』
役に立たない奴だと夜衣は心の中で吐き捨てた。口にして本当の役立たずになれば、ただの足手まとい以下だ。
いっそこいつが輝士団に所属した敵であった方が良かった。
味方を巻き込んで自滅してくれれば、大いに役立ったろうに。
今からでも遅くないので裏切ってくれないだろうか。そう思い即座に否定した。
いくらこいつらが間抜けでも、予言者の自分に名を知られて逃げられるとは思うまい。
仮に二人を泳がせたところで、輝士団や協会が予言者に捕まっていた者を受け入れる事などありえない。名前を知る予言者の自分が死にでもしない限り。
「お前、手ぇ抜いて占ってないよな」
『まさか!この状況でワタシに何の得がありますか』
ロベオは内心焦っていた。実は空からの兵器が“みぞれ”という名前だと占いに出ていたのを黙っていたのだ。
輝士団に捕らえられた場合に、無理矢理手伝わされたが大事な情報は伝えなかった、と言って見逃してもらうために。
幸い後ろを向いて無線を使っていたので、運転室の二人に彼の焦りの表情は見えなかった。
「嘘じゃねぇだろうな」
夜衣は勘が良かった。ロベオへの疑いを緩めない。
『嘘じゃありませんよ!』
今の言い方は不自然に聞こえなかっただろうか。
予言を使われたら一発でバレてしまう。早く疑いを晴らしておかなければ、とロベオは気が気ではなかった。
『お師匠様、仲間割れしている場合じゃありませんよ』
フォローを入れる破切果にロベオは感謝した。離津留は夜衣の考えに賛同しているのか、会話には加わらず運転に集中していた。
「いつ俺がこいつらと仲間になった。言っておくが俺は協会の手先を信用した覚えは無い」
夜衣の言い分は至極まっとうで、破切果にも反論する余地は無かった。実際ロベオ達は夜衣の邪魔をし、協会に突き出そうとしていたのだから。信用しろというのがまずおかしい。
なおも糾弾を続けようとした夜衣は、服の端を引かれるような感覚を覚えた。
見ると花を両手に持ったままのライーザが器用に夜衣の服を引っ張っている。効果が無いと分かっていながらも、夜衣は彼女を睨みつけドスの利いた声で威嚇した。
「言いたい事があるならハッキリ言え。あと気安く触るな」
夜衣が言うとライーザは素直に手を離した。
「嘘じゃない」
ようやく入った相棒のフォローに、よくぞ言ってくれたとロベオが小さくガッツポーズをした。
「ロベオはこれで全力。占いの結果にもむらが出るからあまり期待しないで」
フォローと呼ぶにはあまりにも酷い言い方に、拳を握った姿勢のままよろけたロベオ。破切果はそんな彼を見て曖昧な表情で笑っている。
真顔で相棒の実力を否定する少女を見て、毒気を抜かれた夜衣はこれ以上の追及をやめた。
自分も予言者としては優秀ではないので共感する部分があったのだろう。
「そうだな、悪かった。あと、別に期待していた訳じゃないからな」
『いいえ、こちらこそ実力が足りなくてスミマセン』
夜衣の追求を逃れたのはいいが、彼の頭の中は敗北感でいっぱいだった。
奴らを欺く為に協力してくれたのだとロベオは自分に言い聞かせた。これも全ては世のため人のため。夜幻秘密結社の世界征服を阻むためだと。
ロベオは知らなかった。ライーザの言葉は嘘偽り無い本心からのもので、だからこそ夜衣が納得した事に。
二人が言い争いをしている間にも敵の攻撃は降り注いでいた。
ライーザの花の防壁は一度使えば散ってしまい、攻撃を受ける毎に新たな花を補充しなくてはならない。上からの攻撃に対応出来ていても、このまま進み輝士団の挟み撃ちに遭えば攻撃を防ぎきれない。
夜衣が予言で対処しようにも兵器の名前が分からず、ライーザが占いで兵器を退けようにも花占いの確立は二分の一。
名前が分からずとも予言を発動させるのは可能だが、ハッキリした情報が必要だ。
形・大きさ・色などが明確であれば、精神力の消費を抑えながらの対処が行える。
それなのに、どれもこれも合わねぇ。
夜衣は心の中で吐き捨てた。先程から落ちてくる兵器は全て形が統一されておらず、また色もバラバラだった。
これだけ複数の相違物を一度に予言で片付けるのは容易ではない。
派手に暴れて協会の面目を潰すという条件に輝士団の汽車は外せず、乗り捨ては選択出来ない。
天候操作で気球を吹き飛ばす嵐を起こすなど、大きな予言はもう使えない。
輝士団本部での連戦で思ったよりも精神力を消費してしまった。移動時間で休息を取れなかったのも痛手だ。
いざという時のためにも、ここは他の者に任せて力を温存したいところ。早急に対策を練らなくてはならない。
ロベオは大して使えない不幸を呼ぶ占い師。
ライーザは多少役に立つとしても単体ではリスクの大きい占いしか出来ない。
離津留は打撃や砲撃にも耐えられ遠距離への攻撃も可能だが、今の状態では外には出られない。
破切果も同じく運転室に篭るしかなく、ついでに変身能力は一日経過しないと使用出来ない。
改めて考えると役立たずの多さにうんざりしてくる。人手の多さを生かすべきだと無理矢理前向きになるしかない。
このメンバーで今行える最良の解決策。夜衣の脳裏には一つの作戦があった。
ただしそれは協会攻めの仕上げとして、なるべく最後に取っておきたかったものだ。 ここで使えば協会を潰すための手段が一つ減ってしまう。
『夜衣様、急がないと敵の射程距離に入ってしまいますわ』
離津留が言うように、夜衣の視界にもライトを焚いて待ち受ける迎撃部隊の姿が映っていた。
後方には闇の中で輝く荘厳な居城。協会が浮かび上がっている。
「仕方ねぇ。やるか」
まずは夢流の要求を果たさなければ命の保障が無い。今は何としてでも協会に辿り着かなくては。
幸い汽車の形状は今から行おうとする作戦に適している。時間が少ないのは人数を生かせばどうにかなるだろう。
夜衣は花の盾を作り続けているライーザに声を掛けた。
「ここは俺がやる。お前は戻って今から言う事を中の奴らに伝えろ。あと、無線はもう使うなと言っておけ」
彼女が頷くと夜衣は用済みの無線機を投げ捨てた。ここまで距離が近付けば傍受される恐れもある。
向こうの占い師がどの程度輝士団に影響しているか分からない以上、こちらの行動が読まれる可能性は少しでも潰しておいた方がいい。
ライーザが運転室へと引っ込み、代わりに夜衣が汽車の上で立ち上がった。低速で走っているとはいえ、暗闇の中で汽車の上に立つなど危険極まりない。
良い子は決して真似をしないで頂きたい。
「さて、輝士団のお手並みを拝見しようか」




