そして不思議なゴルフが終わる
ああ、終わったんだ。
何とも不思議な体験だった。営業終了したゴルフ場でゴツいオッサンの姿をした自称妖精に出会い、『ゴルフが上手くなりたいか』って問われた。
うんと言った私はなんと月面まで連れて来られて、怪しげなフード軍団9人とマッチプレイした挙句、最後はこの地球の南国の島でその妖精イーカラハと引き分けた。
「じゃあ、私は無事に帰れるのよね……このパターなんか古びちゃったけど」
手に持ってた ”平常のパター” を眺めてそう呟く。これに憑り取り付いていた(多分)あの少年は消えちゃったみたいで、それに応じてパターもなんか輝きを失っちゃった。
肝心のゴルフ中はどんな環境でも平常の状態でいられる(だから真空の月面でも平気だった)って言うのは未だ有効なんだろうか。
『問題ない、ゴルフは帰るまでがゴルフなればな』
「そーゆー問題なの?」
小学校の遠足じゃないんだからさぁ……。
と、私たちの前にドラゴンの紫炎が笑顔でズシンズシンと歩いて来ると、イーカラハに向かって〝フング・グフフルフン〟なんて話しかけている。
『そうか、良かろう。好きにするがよい』
その言葉に頷いた紫炎が、上機嫌で私に向かって鼻息荒く微笑むと……回れ右してお尻の穴を私に向けてきた。
やっぱりねぇ。優秀キャディでありファンタジーの超生物なんだけど、変態なのよねコイツ。
パッキヤアァーン! ズボォッ!!
〝フミュアァァァ~~ン♡〟
例によってドライバーショットを叩き込んでやり、それを尻の穴で見事にキャッチして喘ぎ声を出す。もしどこかの世界にドラゴンブリーダーとかいたら、毎日こんなことやってんだろうか(笑)。
堪能して賢者タイムになった紫炎が私に向きなおって深々と一礼したかと思うと、その翼を大きく広げて――ぶわさぁっ! と強烈に羽ばたいた。
「うひゃっ!?」
思わず後ずさった私が顔を上げると、もうそこに紫炎はいない。イーカラハが上を見上げているのにつられて上を見ると、紫炎はもう遥か上空にまで舞い上がっていて、そこでトンビのように旋回を始めていた。
――いつか、また――
私の心の中に声が飛び込んで来た。それは人の言葉ではあるけど、確かにあのドラゴンの音程やイントネーションを感じさせるものがある……喋れたんだね、紫炎。
その時だった。紫炎の体が文字通り赤紫色に輝いたかと思うと、まるでそれを発射エネルギーにしたかのように勢いよく、遠い遠い空へと弾け飛んで行った。
「え……どこに行くの?」
『奴の居場所に帰るのである。元々そこから月に来たが、長年帰れなくなっておったからな』
あ、そっか。月が地元じゃ無かったわよね、確か。
去っていく紫炎、もう豆粒ほどにも見えないけど、それに対して私は大きく手を振った。
「シエーンッ、ありがとーっ! いつかまたねー!!」
◇ ◇ ◇
『さて、孟子 蘭よ。別れの時が来たようだな』
「別れの時って、アンタはどーすんの、そもそも私はここから日本に帰れるの?」
『否。一度月面に戻り、そこから元居た ”月の光カントリークラブ” に帰参する事になる。だが、わしはこの地に残らねばならん』
「さっきの子供のために、よね」
なんとなく解る。あのパターについてた金髪の少年と浅からぬ関係があるのは明らかで、彼の為にもこの地を離れるわけにはいかないんだろう。
そして、自らを妖精と名乗っている以上、おそらく人間としての彼はもう、この島で……。
感慨深そうに頷いたイーカラハが、表情を引き締め直して私にこう告げた。
『最後に言っておくことがある。この9番勝負でお主のゴルフの腕前は飛躍的に上がったであろう。プロを目指す者の心構えと合わせて、な』
「うーん、実感ないけど、確かにそんな気もするなぁ」
イーカラハや紫炎、テイラーさんや夢星さんの凄腕ゴルファーのプレイを見たし、日喜子ちゃんや風谷さん、湊山さんにはゴルフの楽しさを伝えられたかもしれない。
ゴルフリンにはコース戦略の重要性を思い知らされたし。伊集院さんと執事のライオネットさんにも、何か大事な事を教えられた気がする。
確かに。ここに来る前よりは、私はうまくなってる、と思う。
『だが、お主はひとつ、重要な事に気付いておらぬ!』
いままでにない真剣な表情で、低く重い声でそう告げるイーカラハに、私の背中にぞっとするものが走る!
「え、何? 気付いてない事って……」
『それは自らが気付かねばならぬ。ワシが教えても意味は無い!』
そう言ってばっさりと切り捨てるイーカラハ。なんだろう、私がまだ気づいてない事……?」
しばしの沈黙の後、イーカラハはいからせた表情をふっ、と緩める。
『いつか気付くとよいな。では、別れの時だ』
その言葉と同時、この世界が、南の島とそこにあるゴルフコースが、そしてイーカラハ自身がスッ、と透明になっていく。
「あ……イーカラハ!?」
『左様。わしがゴルフの妖精イーカラハである。見事なゴルファーになってみせよ、いいから早ようせい』
世界が、消える。そしてあの月面世界が、今の景色にとって代わりつつある。
――お主のゴルフ人生に、幸あれ――
その言葉を最後に、南の島のコースと共に……ゴルフの妖精イーカラハは、消えた。
◇ ◇ ◇
月面にひとり残された私。もうあの黄金の月面車も、そこに度々出現したコースもすっかり無くなって、TVや写真で見た荒涼たる月の世界が広がるだけの世界。
宙に浮かぶ地球を見る、青くて美しい、そして、ゴルフのある星。
その真下に、私がここに来た時のドアが、光を放ちながら大きく開かれていた!
「出口ッ! あそこに行けば、私は帰れるッ!」
同時に手にした平常のパターが、私の手の平の中で急速に朽ちていくのを感じていた……このままじゃ、錆びて朽ちてしまう、急がないと!
出口に向かって駆け出す私、もしこのパターが崩壊したら私は生きてはいられないだろう、冗談じゃ無いわよ!
走っていく際中、私は地面に置かれた一個のゴルフボールを通り過ぎた。アレは確か、アポロ計画でここに来たアラン・シェパードさんのミスショットのボールだったか。
(記念に欲しい気もするけど、ま、いっか)
今は脱出するのが最優先だ。それに……他人のロストボールに手を出すのはゴルファー失格だからね。
ガッ、と入り口に足をかけ、もう一度だけ後ろの月面を振り返る。代わらず荒涼としたその世界で、私は確かにゴルフをやった。
信じられない事だけど、夢でも見ないようなプレイだったけど、確かにそこにはあった。
不思議な、ゴルフが。
ばっ、と扉の向こうの光の中に身を躍らせる私。そして――
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
(……あ、あれ、ここ、は?)
地面に横に倒れた状態で、私は目を覚ました。意識がぼんやりとして状況がつかめずに、それでも手をついて上半身を起こす。
「あ、そっか。ゴルフ場に来て、閉鎖しちゃってたんだ」
うちのオーナーに勧められてやってきた月の光カントリー。でも3日前に閉鎖してて、思わず中に入って来たんだけど、そんな所で寝ちゃったのか、私は。
目の前にはなんか大理石の破片がいっぱい散らばっている。その先には台座みたいなものがあって、人の像の足元だけが残っていて、そこから上は砕けちゃってる、この破片はその欠片なのか。
ふぅ、と息をついて身を起こす。その時気付いたんだけど、なんか私の右手にも大理石の破片が少し握られている、寝てる時に掴んじゃったのかなぁと思って、それをぱんぱんと払い落す。
「おーい、誰だそこにいるのはーっ!」
後ろからの声に「やばっ!」と身を固める。ここの関係者か工事の人かは知らないけど、勝手に入ったのはヤバかったかなぁ。
振り向くと立派な背広を着たおじさんが小走りでこっちに向かってきている。工事じゃなくてここの職員さんだろうか。
「あ、すみません。ゴルフに来たんですけど、なんかドアが開いてたんで入っちゃいました」
「そうですか、すいませんねぇ、今はやって無くて」
素直に詫びたのが良かったのか、その人の態度も穏やかになって言葉を返してくれた。
「残念です……こういう光景を見るのってちょっと嫌ですよねぇ、この壊れた大理石の像とか特に」
砕け、朽ち、無くなってしまった像。それはこれから壊されるゴルフ場の象徴にも見えて、どこか痛々しさを感じさせた。
「あはは、像がある時に見たら見たで引くかもしれないね。別にビーナス像とかじゃなくて、ウチのご先祖様の像だから」
「……ご先祖様?」
「うん。私の祖父の像なんだよ。太平洋戦争で戦死したけど、父の夢枕に立って『ゴルフ場を創設せい!』なんて言われてここを作ったらしいしね、ゴツい大男だよ」
「なんですかその像は! って、じゃああなたは、ここの支配人さん?」
「はい、この月の光カントリーのオーナーで、『井伊』と申します」
あれ……その名前、どこかで?
「そして、ビッグサプラーイズです!!」
「ふえぇぇっ!?」
いきなり大仰な手ぶりでリアクションした井伊さんに私は思わず一歩引いた。な、なにごとですか?
「閉鎖が決まっていたこの月の光カントリー、半年後にリニューアルオープンすることが決定いたしましたぁーッ!!!」
「おお! ホントですか? やりましたねぇ」
これは嬉しいニュースだ。てっきり閉鎖されて住宅街にでもなっちゃうのかと思ったけど、再生されてまたゴルフ場としてやっていくことが出来るんだ。
「あのメルヴィーユ社さんがスポンサーになってくれたんだよ。それに追随して多くの銀行がメインバンクとして名乗りを上げてくれたんだ、いやぁまさに地獄に仏だったね」
メルヴィーユ社といえばVRゲーム系の開発、経営会社として最近ぐんぐん成長している新進企業だ。おそらくゴルフのシュミレーションゲームを作る目的もあるんだろうけど、そのために潰れかけたゴルフ場を救うなんて、粋な企業戦略じゃない。
「よかった、今はダメだけど、いつかまたここに来てゴルフします、絶対!」
「是非お待ちしてます。リニューアル後は国際大会も可能な本格ゴルフ場にするつもりですから期待しててください、招待状をお渡ししますよ」
「まじですか!? そんな夢のコースでプレイできるなんて、やった、やったぁー」
手を取り合ってぴょんぴょん飛び回る私と井伊さん。今回の研修旅行は残念な結果に終わったけど、近い未来に生まれ変わった夢のコースでのプレイに思わず心が躍る。
「あ、あれ……? そういや私、自分のゴルフバッグどこに置いたんだっけ」
ここに来た時には確かにかついでたはずだ。でも私の肩には無いし、周囲にも置いていない……入口の方かな?
思わず入って来た方を見やる私と井伊さん。でもそこには廃材以外何も無く、ドアの外は相変わらず小雨が降りしきるだけだった。
その時、私たちの後ろの、ここのコースへの入り口のドアの向こうで、赤紫色をした影のような物がふっ、と輝き、そこにゴルフバッグがどすん、と置かれたのに、私も井伊さんも気が付かなかった。




