ゴルフが描く物語
「うわ……近くで見ると、すごいグリーンよね」
遠目で見た時、そこは確かにゴルフのグリーンに見えていた。でもいざそこに上がって見ると、それは雑草を刈り、踏みしめてそれなりに平らにしている原っぱでしか無かったんだ。
所々に雑草の根が盛り上がっているし、大きすぎる草を引き抜いた後で土をかぶせてごまかしてる箇所もある。当然グリーン自体がデコボコで、ここでパットして転がしてもまともにカップインするとは到底思えない。
『では、わしから参るぞ』
そう言って私からゴルフ魔具にして八聖剣 ”平常のパター” を受け取り、グリーンの反対側に歩いていくイーカラハ。
でも、いくらゴルフの妖精でもこの悪路グリーンで20Yものパットを一発で決める事は流石に不可能だろう。下手すれば3パットどころか、4発5発と叩く可能性すらある。
そのイーカラハがスッ、と腰を下ろし、パターを掲げてライン読みに入ったその時……。
――世界が、白くなった――
(……え?)
その世界の中心にいるイーカラハのすぐ前、知らない少年がまるで彼の子供のように、同じようにパットラインを見つめていた。
(だ、誰……あの子。そして、イーカラハも、あの服装は?)
イーカラハの前にいる少年は明らかに日本人ではない。金髪碧眼に白い肌をりりしく際立たせていて、まるでハリウッド映画に出ているアメリカンボーイさながらの見た目姿だ。
その後ろで同じポーズを取っているイーカラハも今までとは違う。つい今しがたまで上半身裸だったのに、今はまるで旧日本軍のような軍服を身に纏い、頭にはゼロ戦のパイロットがかぶるようなゴーグル付き帽子を被っている……なんなの、あれ?
静かにアドレスに入るイーカラハ。その彼の懐で抱え込まえれるようして、同じ姿勢を取るアメリカンボーイ。まるで父親が子供にゴルフを教えるような、あるいは子供が不器用な父親に「こうだよ」と教えるようなその仕草を見て、私はまるで映画の1シーンを見ているような錯覚を感じていた。
――旧帝国軍人が、アメリカ人の子供と一緒に、仲良くゴルフをしてる光景――
そこに、確かにイーカラハの ”物語” が、存在した。
カッツゥゥーン!
勢いよく打ち出されたその球は、丘を乗り越え、石につまづき、ギャップで跳ね上がり、草の抵抗を受けて勢いを殺す。
まるで子供が平原をはしゃいで駆け回るかのようにカップに向かう白球。ピンを持っていた紫炎が、ぐっ! とそれを引き抜く。
(これは……入る、わね)
絶対に入らないと思っていた。
でももう今は、これが入らないはずがないと確信している。
何故なら、これがイーカラハの物語なのだから。
――カラカラァン――
ハッピーエンドを告げる音が、南国の島に小さく響く。
イーカラハも、そのそばにいる少年も、にかっ、と笑顔を見せてガッツポーズ!
「ナイスパットー!」
〝フンゴフンゴー〟
私と紫炎が、その結末に祝福を送った時……景色は元に戻って、そしてあの少年は消えていた。
心から満足そうな笑顔で歩いて来たイーカラハが、私にパターを手渡す。
『さ、お主の番だ』
うん、そう。今度は私の番だ。私の物語を見せるターンだ。
ふっ、と瞑目して、心の中でパットラインをイメージする。私の方は5mほどだが、当然ながらライン上は凸凹で、どんなプロゴルファーでも確実に入れる事なんて出来ないだろう。
(じゃあ、私はそれに対して、どんな物語を、見せようか)
ウチのオーナー、太田瀧氏が現役の時にも、ゴルフスクールをやった時にも、よく語っていた事を思い出す。
――パットラインが読めない時は、傾斜も芝目も全部消し去ればいいんだ――
――簡単な事さ。影響が出ないくらい、強く打ち込んでやればいいんだ――
――運が良ければピンに当たって入るか、近くに付けられるだろう?――
何とも破天荒なオーナーの理論だが、それを実践して世界に名だたるゴルファーになったんだから凄いもんだ。
思えばそのオーナーに勧められて、私はこの場所まで来たんだ。そんな ”縁” があるなら、それも私の ”物語” なんだ。だから――
「紫炎、ピンを押さえてて。抜かなくていいから、入る直前までまっすぐに持ってて」
〝フヌヌン??〟
首を傾げる紫炎に、私はぐっ、とパターを握ってこう返す。
「思いっきりストレートに叩き込むから、よろしくね!」
紫炎はそれを聞いて何も言わずに、黙ってピンまで歩いて行った。そしてそれを真っすぐに持って、私のパットを待つ。
アドレスに入る。と、その時、私の目の前に、さっきの金髪少年が、またぼわぁっ、と姿を見せた。
「君、ひょっとして ”平常のパター” 君?」
彼は答えずに、私と同じポーズでパターを構える。体半分くらい私に重なって。
そして、少しだけ、ふふっ、と照れ臭そうに笑って。
(じゃ、いきますか)
その時、イーカラハが心でうんうんと頷いて言葉をこぼしたのを、私が知るはずも無かった。
(フ、シンと同じ事をやるか、孟子 蘭よ!)
そして、物語を締めくくるいつもの合図を、大きな声で発した。
『わしがゴルフの妖精イーカラハである! いいから早ようせいッ!!』
カッツーン
私と少年が同時にパターを振るう。打ち出された球はただ真っすぐ、真っ直ぐにピンに、そしてカップに向かって行く。
もう迷わない。目指す道を、まっすぐに歩いていく。
――それが私の物語――
ボールが過ぎた勢いで、今まさにピンに向かっているその時! 紫炎が持っていたピンを、ぱっ、と手放した。
(!?)
瞬間、息を飲む。ピンが風に押されて後ろに傾く。
(直前までしっかり持っててって言ったのに、あれじゃ弾かれるっ!!)
ばいん、カコーンッ!
「え……入ったあぁぁぁぁぁっ!!」
『ナイスインである!』
〝フングーフンフンッ♪〟
驚いた。紫炎が早めに手を離しちゃったせいで、てっきりピンの傾きで弾かれると思ったのに、まるでピンが球の勢いを包み込むかのように受け止めて、そのままカップに落としたのだ。
『見事なりキャディ紫炎。そのピンの性質を見事に生かしたな』
イーカラハが紫炎を称え、答えて得意満面の顔で鼻息を鳴らす。
その言葉で私はやっと気づいた、そのピンが金属製でもプラスチックでもない、ただの木の棒だったって事を。
「だから……私の勢いのある球を柔らかく受け止めた。その為に、早めに離したのね」
直前まで持ってたら、球が当たるまでにしなりが戻らずに、逆に弾かれていたのかもしれない……。
つくづく凄いキャディさんだ。私の狙いを読み取ったうえで、それを最大限に生かす判断をしてくれたんだから!
と、私と体半分重なっていた少年が、スッ、と私から離れ、振り返って私に笑顔を見せる。
――お姉ちゃん、ナイスパット――
「ふふ、ありがと」
私も笑顔で返す。
と、その時、少年が笑顔のまま、スゥッと、その体を透けさせていく。それは今までの九神将の面々と同じく、役目を終えた霊的な存在が、自分のいるべき場所に帰っていくかのようだった。
――イーカラハ、お姉ちゃん。そして、ドラゴンさん、楽しかったよ――
その言葉を残して、男の子は空気に溶け、消えた。
『”反呉竜府九神将”、最後の刺客との一戦は、これにて引き分けとする!』
イーカラハが猛々しく、それでも心から満足そうに、宣言を始める。
『”井伊唐覇夢大地コース” 9番勝負! 四勝四敗一引き分けにより、総合でも引き分け也! よってプレイヤー孟子 蘭、これにて生還とすッ!!』
あ、終わったんだ。
このなんとも不思議な、ゴルフの勝負が。
九神将や私、イーカラハや今いた子供たちの人生を映し出した……
――その、一打一打の物語が――




