コースマネージメント
豪雨はほどなく上がり、また南国の日差しが地面に照り付ける。濡れた地面が熱気に反応して、湯気のように水蒸気を舞い上がらせる。
私、孟子 蘭は3打目を前に二本のクラブを両手で持ち、どちらを選ぶのかを未だに決めきれないでいた。
(残り180Y……でも、私のボールはまだ半分以上水に浸かっている……無理してでもドライバーで距離を出すか、それともPWで安全に、ここから二発でオンを狙うか)
ここのローカルルールとして、クラブは私たちが選んだ3本(ドライバー、PW,パター)しか使えない事になっている。本来ならロングアイアンで少しでも水を蹴散らしつつ距離を稼ぎたい所だけど使えないし、ドライバーじゃ打ち出しが低いのでモロに水の抵抗を受けるだろう。かといってピッチングだと全然距離が足りない。
何しろ相手はあの筋骨隆々の大男、ゴルフの妖精イーカラハだ。ここまではあの木の棒みたいな手作りドライバーゆえに150Y刻みだったけど、残り150Yならあのドライバーでもピッタリだし、私のウェッジを使ってもあのゴツい筋肉で届かせてしまう予感しかしない。
ましてさっきの対戦相手、ドラゴン紫炎の腕前があれだけチート級だったことを考えると、イーカラハも本領発揮したら次の4打目でチップインする可能性もモリモリと感じる。
「私も……次で乗せなきゃ、負ける!」
そう意を決して、左手に持ったPWを置き、ドライバーを握り直したその時だった。
私の肩を後ろからぽん、と叩いたのはドラゴンキャディの紫炎だ、手放したPWを拾い上げて私に渡すと、ぶわさっ、と飛び上がってグリーン方面に向かう。
(刻め、ってコト?)
グリーンとの中間地点に降り立った紫炎が、足元を指差している。ここに刻めって事なんだろうけど……それで大丈夫なんだろうか。
仕方ない。私のボールは半分水に浸かっていて、これをドライバーで打ってもまともに飛ぶ可能性は低いし、なによりあの超生物キャディ、ドラゴン紫炎の指示なら信じていいかも知れない。
「ヨイ・ヨイ・ヤァ!」
びっちゃあん! と水しぶきを上げて打ち出した一打は、紫炎が示した場所よりもやや右に逸れて飛んで行った。しまった! 水の抵抗で打つ面が開いちゃったんだ。
紫炎が示した場所から10mほどズレたところに落ちたその球は、ポンポンと弾んで静止した。
(あれ……あそこらへんには水たまりが、無い?)
駆け寄って確認してみて驚いた。紫炎が指定した周囲はほんの少し小高い場所になっていて、しかも指示された場所はその丘の左端だった……私のショットが水の抵抗に負けて右に逸れるのも見越して、しかも次の一打が水の影響を受けない場所への指示だったんだ。
グリーンとピンを見据える。残り距離は90Yほどか、この距離と状況なら次のショットで寄せる自信はある。イーカラハが次をチップインさせない限り、引き分けに持ち込める可能性は十分にある。
「ありがと紫炎、危うくギャンブルショットするところだったよ」
〝フングー、フンフンフンッ♪〟
私の礼に対して、指でマルを作って笑顔で頷く紫炎。って言うかホントに優秀だなぁ、ドラゴンにしておくのが勿体ないわね。
「あ、ごめんイーカラハ。はいクラブ」
『うむ、ナイスポジションであるな』
私からドライバーとPWを受け取って、自らの4打目地点に向かうイーカラハ。
(さて……何で、どう打って来る? ゴルフの妖精さん!)
彼の球も、私ほどではないけど水につかっている。当然ドライバーじゃ打ちにくいだろうし、PWは私がずっと昔に貰った古いクラブだ、今ほどの高性能は望むべくもなく、距離やスピンの調整は相当難しいシロモノ、果たして150Y向こうのピンをキレイに捉えられるかな?
『ヌン!』
イーカラハがなんと、ドライバーに再び念を込めて、それをまた木の棒の手作りウッドに戻してしまった……あの状況で、アレを使う気?
私の隣で紫炎もゴクリと喉を鳴らす。いくらなんでも、あの状況であんなオモチャみたいなので、まともに打てるの?
『イー・カラ・覇ッ!!!!・妖精ッ!』
びっしゃあぁぁぁん! と水を巻き上げて打ち出される。その抵抗に勢いを殺されながらも、見事に水面から離陸して見せる白球。
ピッ、ピッ、ピッ――
「うそ、でしょ?」
なんとイーカラハの打球が、途中に出来た水たまりを跳ね続ける。いわゆる水切りショットをバウンドごとに続け、勢いを殺さないままグリーンに向かって行く!
「わざわざ……水たまりでバウンドするように、距離を計算して? ありえない!」
トンッ、コロコロコロ……
さすがに直接チップインとはいかなかった。水たまりのあるラインを選んだせいだろうか、グリーンの端っこにオンしたそれは、ピンから20Yほどの距離を残していた。
でも、それでも……神業には違いなかった。なんて奴なの!
『さ、次はお主の第四打である。いいから早ようせい』
ズチャ、とこちらに歩いて来て、穏やかな笑顔で私に二本のクラブを差し出すイーカラハ。
「ナイスショット、よね」
苦笑いしながらPWだけを受け取る。紫炎の支援のおかげで次の一打はPW一択で狙えるポジションに付けれている。
……しかしイーカラハ、ここに来てから本当に雰囲気変わったわよね。しかめっ面じゃ無いし、飛ばずにしっかり歩いて来るし。
なんていうか、この勝負を、そしてコースを、すごく尊い物に見ているかのようだ。
「ヨイ・ヨイ・ヤァッ!」
私も四打目を打ち出す。慣れ親しんだPWの一打は、グリーンエッジにドスンと落下した後、思いっきりイレギュラーバウンドして横方向に弾かれ、ピンまで5mほどの距離を残してしまった。
「げげ! 酷い跳ね方したなぁ……ツイてない」
〝ムググゥ~〟
渋い顔の私と紫炎に、変わらぬ爽やかな表情で、相変わらずの催促をするイーカラハ。
『さ、いよいよパター勝負である。いいから早ようせい』




