南国のゴルフ
『イー・カラ・覇ッ!!!! 妖精ッ!』
なんか自己紹介のような掛け声からイーカラハの第二打が放たれる。とはいえ彼が手にしている脆そうな手作りドライバー故に、掛け声とは裏腹に丁寧かつ優し気なショットで打ち出された球は柔らかい弾道を描き、また150Yほどを飛ぶにとどまった。
「……これでまだ半分くらいじゃない、本当にそんなんでいいの?」
『ふ、問題ない。ゴルフとはマネジメントが肝要なればな』
うーん、あのクラブによっぽどの思い入れがありそうなのは分かるけど、さすがにこれじゃイーカラハが不利すぎるんじゃないかなぁ。なんせ推定で600Yの超ロングホールだし、これじゃ最善でも4onが精一杯だろう。まさかぴったり四分の一ずつ刻んでいる訳でもあるまいし。
〝ปรับแต่ง〟
そのドライバー ”ドラコンスピリット” を受け取った私のキャディであるドラゴン紫炎がまた魔法をかけ、私の愛用ドライバーと同じものに変化させていく。
「ありがとう、本当にスゴイねその魔法」
褒める私に胸を反らして〝フングー〟と鼻息を荒げる紫炎。なんていうか、ほんとにオッサンみたいなドラゴンだなぁ、力量は凄いのに。
『さ、お主の第二打である。いいから早ようせい……ちなみにわしがゴルフの妖精イーカラハである』
相変わらず謎の催促を忘れないイーカラハ……いや一応私の運命がかかってるハズなんだし、急いでテキトーに打つ気はないから。
直ドラ(ティアップせず、地べたから直接ドライバーで打つ事)になるので、より慎重に素振りを繰り返して、大きなミスショットをしないように二打目の準備にかかる。
「ヨイ・ヨイ・ヤァーッ!」
かっつぅーん、とトップ気味に打ち出された私の球は、それでも地面スレスレを勢いよく飛んでいき、地面に落ちてからもどんどん転がっていく。うんまぁ上出来よね。
「よっし! 220Yくらい行ったかな? さぁイーカラハ……って、何してんの?」
なんかイーカラハがずうぅぅん、と落ち込んだ表情でかがみ込み、紫炎がその背中をポンポン叩いてため息をついている。なんか慰めているように見えるよねぇ、仮にも今は敵なのに。
「あーもう、だから言ったじゃない。あんな木の棒じゃなくてこのまま打てばいいのに」
そう言いつつイーカラハにクラブを渡す。神妙な表情でそれを受け取ったイーカラハは、また『フン!』と念を込め、ドラスピを元の木の棒に戻してしまった。
「……懲りないなぁ」
私に後れを取って落ち込んでいるなら、クラブを元に戻さずに使えばいいのに……どんなに思い入れがあるとはいえ、ここまでで私の腕も見ているはずだし、あのクラブじゃ彼に不利なのは分かってるでしょうに、何故落ち込む?
その時、私の後ろで紫炎が息を吐き、両手を広げて(ヤレヤレ)と首を振ったのに、私は気付かなかった。
『イー・カラ・覇ッ!!!! 妖精ッ!』
イーカラハが素振りもせずに、速攻で3打目を放つ。でも相変わらずの丁寧な一打で、やっぱ150くらいしか飛んでいない。
まぁ確かに残りも同じくらいの距離で、ちゃんと4打目を見据えて合わせて来てるんだろうなぁ、なるほど、コースマネージメントは確かに出来ている。
で、私の3打目は残り180Yほど。確かにドライバーじゃ大きすぎるし、残りの二本のPWやパターだと届かない……と、思ってるでしょ?
「ふふふ、私だってちゃんとコースマネージメントくらい出来るもんね!」
再び普通のドライバーに戻して貰ったそれを受け取り、3打目地点で素振りを開始する。やや球を右足側に置き、あまり振りかぶらずに上から叩くいわゆる”パンチショット”を狙っていく。
『成程な。先程トップ気味に打ったのは、ここの転がりを理解する為か』
「せいかーい! ふっふっふー、侮ったわね?」
パンチショットっていうのは狙った距離より長い距離が出るクラブを使い、より正確に方向を出すための安全策ともいえる打ち方だ。番手と力加減をうまくすれば割と簡単に低くていい球が飛ばせる反面、滞空よりも転がりがメインになるので、フェアウェイの(転がりの)早さを知っておく必要がある。それを知るためにさっきはあえて低い球を狙ったのだ……直ドラなので上手く行くとは限らなかったけど。
『ふ、だが甘いな。その程度でコースマネージメントとは言えぬ……いいから早ようせい』
腕組みしたままニヤリと笑っていつもの催促をするイーカラハ。ふふ、焦らせてミスを誘うって言うの? ゴルフは心の格闘技だし、そんなので動揺なんて……
〝フングー、フングルルルルルッ〟
後ろでなんか紫炎が興奮した声を出してる。何事? と振り返ってみると、なんか汗をダラダラ流して腕をぐるぐる回してる……。
「どしたの?」
〝フンフンフンフンッ!〟
今度は必至にショットのポーズを何度も取っている。振り方や狙いじゃなくて、なんか急いでいる風ではあるなぁ。
「急いで打て、ってコト?」
〝フンフンフン!〟
こくこく頷く紫炎。なによ、あんたまでイーカラハみたいなコト……を?
その時私は気付いた。暑い日差しが降り注いでいたこのコースが、いつの間にか真っ暗になっていたのを。
――ドザァーーーッ――
次の瞬間、まるで滝のような雨が私達とコースに叩き付けられる!
「ひひゃっ! な、なんでいきなり大雨ッ?」
『南国の島名物、突然のスコールである!』
「って、これからショットなのに、よりによってぇーっ!」
なんか日本の雨とは次元が違う。たった10m先すら見えないほどの豪雨が叩き付けられ、フェアウェイはあっという間に水たまりに、そしてほとんど川みたいになってしまった……
〝フゥンッ〟
紫炎が片翼を広げ、私の上にかざして傘の代わりにしてくれた。まぁもうずぶ濡れだけど、それでも雨に打たれ続けないのは助かるなぁ、ホント優秀なキャディさんだ。
ただ……私の第三打が、どんどん絶望的な状況になっている事だけは確実だった。今こそ豪雨中断は認められるだろうけど、既に完全に水に浸かった私の球はどう打ち出しても飛びそうにない、ましてや地面に叩き付けるパンチショットなんかでは10mも飛ばないだろう……
「アンタが言ってたコースマネージメントって……これを予想しろって事だったのね」
『気象を読むのはゴルファーの必須であるからな』
やられた……ここに転送されてスカイダイビングした時から、ここが孤島である事は知ってたはずだ、気温や日差しを考えたら南国の島である事も。ならこういうスコールがある事も計算に入れておくべきだったんだ。
風の影響を受けないパンチショットを打つつもりだったから、逆に風や空に意識が行かなかった……不覚だわ!
「参ったなぁ、アンタがいう『いいから早ようせい』を、もっと実践してりゃ良かったのね」
プレイに時間をかけると、後の組に迷惑をかけるだけでなく、刻一刻と変わる状況に翻弄される事もある。プロゴルファーになるなら当然、心得てしかるべき事なんだろう。
「って……また落ち込んでてどーしたの?」
不利になったのは私のはずなのに、何故かまた「ずうぅぅぅん」と暗い顔でしゃがみ込んで、その背中を紫炎にポンポンされている……?
――それは、私が未だに気付いていない、大事な大事な事だった――




