ドラコンスピリット
『出でよ、八聖剣の残りの二振りよッ!』
イーカラハがそう言い放って、右の手を私のゴルフバッグにかざした瞬間、その中にあった ”平常のパター” が、緑色の輝きを発しながらスゥッと浮かび上がって来た。同時にイーカラハが持っていたドライバー ”ドラコンスピリット” もまた赤い光を発しながら浮き上がり、2本は呼び合うように空中でガチンと交錯し、Xの文字を描く。
(舞台が地球になっても、ファンタジーなのは相変わらずねぇ……)
『さて、孟子蘭よ。このコースでは使用されるクラブが制限される』
「え、使っちゃいけないクラブがあるってコト?」
『左様。このパターはこのコースの制作者であるシン・P・ヘイジョー氏の所有物。そしてこのドラコンスピリットは、わしが作り上げた愛用の一本である!』
作ったって……どうみてもメーカー物レベルに出来がいいんですけど。ひょっとしてクラブ職人の能力でもあんの? ゴルフの妖精って。
『そしてプレイヤーである孟子 蘭! お主の選んだ残りの一本、その三本のみがこのコースでの使用を許されるクラブなのだ!』
「え、えーっと、つまり……私もそのドライバー使ってもいいって事?」
『左様。このドライバーとパター、そしてあと一本を両者が使い、優劣を競うものであーるっ!』
なるほど……理由は分からないけど、道具による有利不利を無くすためのルールなのかな。確かにそれなら純粋に腕のみの勝負になるだろう。
『さ、お主の持ちクラブから残り一本を選ぶがよい、いいから早ようせい』
相変わらずせっかちなイーカラハに応えて、私は自分のクラブセットを眺めてうーんと唸る。さて、どれをチョイスしようかな……。
(ドライバーとパター……使い慣れていないといちばん失敗しやすい二本が、すでに向こうから提示されている。これじゃクラブの時点からイーカラハ有利じゃない、それなら!)
「このPWを選ぶわ!」
私が選んだのは、ゴルフを始めた時に近所のお爺さんから頂いたピッチングウェッジだ。年式も古く、最新鋭の他のクラブに比べて飛距離は出ないしスピンもかからない。とにかく難儀な一本といるだろう。
でも、私にとってはゴルフの楽しさを教えてくれた大事なクラブだ。もうすっかり私の手に馴染んでおり、私なら最新のウェッジよりもうまく使いこなす事が出来る。
また、ドライバーとパターがあるなら残り一本はアイアンかウェッジが妥当だろう。となればチョイスするのはもうこれしか無かった。
『よかろう、ではそのウェッジを三本目とする!』
イーカラハの宣言と共に、私のウェッジもまたふわりと浮かび上がり、青い光を発しながら空中に浮かぶ二本のクラブにカチン、とひっついた。
その瞬間、三本のクラブの交錯点から金色の光がカカァッ! と放たれて、世界を白金に染め上げる――
光が収まったその時。三本のクラブはティーグラウンドの中央に突き刺さっていた。
『では勝負を始める。まずはオナー決めである、さ、引くがよい』
二本のくじを差し出すイーカラハ。私がそのうちの一本を引き抜くと、その根元には ”壱” の文字が刻まれていた。
「あっちゃー、私からかぁ」
『ウム! いいから早ようせい』
仕方ないのでティーグランドに立ち、刺さっているドライバー ”ドラコンスピリット” を手に取る。握って見ると、思ったよりはしっくりくる気がする。
と、紫炎が脇にやって来て〝フング、フングー〟と何やら言いながら、私のバッグの中にあるドライバーをつまみ抜き取る。
そして、その目をギラリと光らせて、何やら呪文を発した。
〝เปรียบเทียบ(プリアップティアップ)〟
同時に紫炎が持つ私のドライバーがスーッと彼の手を離れ、私が持つドラコンスピリットに立体映像のように折り重なった。
「あ……すごい! 私のドライバーとの違いが、はっきりと分かる」
重ねてみると二本の違いがはっきりと分かる。長さはドラコンスピリット(以下ドラスピ)の方が長いが、ヘッド体積やロフト角は私の愛用品の方が大きいのが見て取れた。
〝グルルルル……?〟
紫炎がイーカラハになにやら催促するような声を出す、答えてウムと頷く彼を見て、紫炎が再び私の持つドライバーに手をかざして――
〝ปรับแต่ง〟
「え……うそ?」
紫炎が何かを唱えたと同時、私の持つドラスピとやらがその形をわずかに変えていく。シャフトが縮み、ヘッドが大きくなっていく。そして重なっていた私のドライバーの立体映像と、そのドラスピの形状が、ほどなく完全に一体化した!
同時に紫炎が持っていた私愛用のドライバーの影がふっ、と消える。
「すっごい! 私のドライバーと全くおんなじになったよ、コレ!」
〝フン、フンフフン、フーン♪〟
何度か試し振りをして確信した。さっきまで私のとは別物だったこのドラスピが、今や全く私の愛用品と同じ振り味になっているのだ……シャフトもフェースも木製で、材質からして全然別物のハズなのに、全く違和感がない。
「これなら! じゃあ、打つよ」
アドレスを取り、はるか向こうのグリーンに狙いを定める。距離は優に600Yを超える超ロングホール、ドライバー2発でもオンは難しいだろう。それだけに最初の一打は大きな勝敗のカギとなる!
「ヨイ・ヨイ・ヤァーッ!」
すっかあぁーん! と木製ウッドならではの乾いた打撃音を響かせて、真一文字に空へと飛翔する私の一打。よし、角度も勢いも申し分なし、会心の一打だ!
『ナイスショットである!』
〝フングフングー〟
イーカラハも紫炎も思わず声を出してくれた。でも確かにそれだけの価値のある、最高のショットが打てた。これなら!
『では次はワシの番である』
そう言って私の手からドラスピを受け取るイーカラハ。それを目の前に掲げて瞑目すると、カッ! と目を見開いて一言『喝!』と発する。
「うわっ、何なのよ、びっくりさせないで……って、えええええ!?」
なんとドラスピが、急に劣化した植物のようにしおれていく。というより立派な旧式クラブに見えていたそれは、たちまちのうちにいびつで不格好な、そう、まるで素人がその辺の木を削って作ったみたいな、お粗末な木の棒へと姿を変えていく。
『ふむ、懐かしいな。これがこのクラブの本来の姿である』
子供の工作物レベルに戻ったドラスピを眺めてなんかご満悦のイーカラハ。でもあんなんで、まともに球が打てるのかな?
『では参る……イー・カラ……』
アドレスから、しなやかにテイクバックを始めるイーカラハ。でもそれはその筋骨隆々な肉体に似合わぬ、まるでクラブをいたわる様な、どこか優し気なバックスイング――
『覇アァァァァァッ! ようせいッ!』
「どういう掛け声よ!」というツッコミを漏らしつつも、その見事なスイングには確かに感心する。彼がフルパワーで振ればへし折れそうなその木の棒を、ギリギリの力加減で優しく振るその姿に、どこか丁寧さと労わりの心を感じさせた。
〝フンヌフンヌ、フフーン〟
「あ……ナイスショットー」
球自体はまっすぐ飛んだのでとりあえずそう褒めておく。でもそのショットはせいぜい150Y程度しか飛んでおらず、私のティーショットよりずっと少ない飛距離だ。
第二打地点まで並んで歩く途中、私はイーカラハに思わず質問を投げかける。
「ねぇ、どうしてそのクラブを本来の姿に戻したの? お陰で私より全然飛んでないじゃない……ハンデのつもり?」
この男の筋肉なら、この倍の距離はらくらく飛ばせそうだ。現に今だってあの手製のクラブが壊れないギリギリの力加減で打ったのがよく分かる。普通のドライバーを使っていれば、私など足元に及ばぬビッグドライブが期待できただろうに。
でも、イーカラハまその木の棒を眺めながら、満足げにこう返した。
『これがよいのだ、どんな大飛球よりも、このクラブで打った一打にこそ価値があるのだよ』
その時のイーカラハの表情が、私には明らかに今までとは違って見えた。そこには深刻な顔で、仏頂面でいかめしい強面男は存在していなかった。
本当に、ゴルフと言う物を楽しんでいる、エンジョイ勢の晴れやかな笑顔――




