最終回:そして彼女の物語が、始まる。
プロテスト最終試験の会場。山梨県、月の光カントリークラブ、最終18番Hにて。
私、孟子 蘭は自らの痛恨のミスに思わず胃液を吐き出しかけて、なんとかこらえた。
(やっちゃった、やっちゃった……また!)
2打目、痛恨の池ポチャ。このパー4の最終Hをボギーで上がれば悲願のプロ合格が叶うはずだったのに。
それは6年前、私が一度はプロの夢を断念せざるを得なかった、その時と全く同じシチュエーション。1打罰を受け、ここから1オン1パット(寄せワン)で入れなければならなくなった。
かつての私は、ほぼ手中にしていた栄光が消えかけた焦りから、素人のようなミスショットをして……その場に泣き崩れた。
ただまぁ、その時とは違う事もあるんだけれどもね。
「蘭ちゃーん、頑張れやぁーっ!」
「アンタのアプローチ力ならまだまだいけるって!」
「ふ、私が認めるパッティングの技術があれば……」
最終プロテスト試験だけあって、今日のラウンドはギャラリー解放がされているとはいえ、何で私が勤務する四国徳島の ”八百万ゴルフコース” の常連客の面々が応援に来てるんだか。しかもコイツら、月一でコンペに来ては私をキャディに指定して大叩きしまくる問題児軍団である。
私の人生の岐路だっていうのに、いつもの頭痛のタネにギャラリーされるとは思わなかったなぁ……多分その隣にいるウチのオーナー、太田 瀧氏が連れて来たんだろうけど。
一緒に回っている受験生たちのアプローチショットも終わり、私の番が回って来た……PWを手にアドレスを取り素振りをするが、そのたびに胃から苦い物がせり上がって来る。
(嫌……もう、ミスショットは嫌ッ!)
これがイップスって奴だろうか。過去の失敗がトラウマになり、体が思うように動かなくなる。心臓の動悸が跳ね上がり、胃から内容物が逆流しそうになる。
手が動かない、体がまるで氷のように固まってしまっている。ダメだ、こんなんじゃ……。
「蘭ちゃーん、深呼吸深呼吸!」
ギャラリーの太田瀧氏の声に、ぶはっ! と大息を吐いてアドレスを解く。危なかった、過呼吸のままショットするとこだった。
(あはは……こんなんじゃプロになんか、なれっこないよね)
基本ツアープロの選手がキャディ以外の人にアドバイスを貰うのはご法度である。オーナーも今日は無責任なギャラリーとはいえ、過去には世界トップクラスのゴルファーだった、そんな人に諭されているようじゃねぇ。
「蘭ちゃん、ドカンといったれやぁー」
「チョンといってコロコロでOK」
「100Y離れててもパット一発じゃあ!」
……まぁ、あの3馬鹿のヤジと相殺という事にしておこう。
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――その程度の苦境で怖じるとは情けないのう――
――私の魔法のショットを見たはずよ――
あーもううるさい! あんたたちのゴルフと一緒にしないで……よ?
――もっかいショベルに入れてみんかいや!――
――ふっ、貴族たるこの私なら全ホール、ホールインワンも容易いのにねぇ――
え……ギャラリーが、増えてる。しかもあの人たち、どこ、かで?
――フレーッ、フレーッ、も・う・し・ラン!!――
女の子二人が声を合わせて声援を送ってくれる。そうだ、あの二人は、確か……
――ゲッゲッゲ、地のアイアンガアレバ楽勝ナノニナァ――
――フングー、フンフンフンッ!――
「ぶっ! あ……あああああっ! 思い出したあぁっ!!」
なんとギャラリーに交じって緑色のゴブリンと赤紫色のドラゴンまでいる。さすがにあの二人、いや二体を見たら嫌でも思い出す!
そうだ、あの人たちは……かつて私が、ここから月へ行って相対した!
「反呉竜府九神将のみんなっ!」
その私の叫びに、3馬鹿やオーナーは「誰に言ってるんだ?」な感じできょろきょろと周囲を見回す。ああ、みんなには見えないって事は、相変わらずファンタジーな存在なんだなぁ。
(あれ……一人足りない?)
そう、あのゴルフの妖精、マッチョ大男のイーカラハの姿が見えない。きょろきょろと彼の姿を探して見ると……いた!
「ピンの上に立つなあぁぁぁっ!」
なんとこれから私が狙うピンの上に仁王立ちして腕組みしている。その肩の上にはあの島で見た金髪の少年が、しっかりと肩車されていた。相変わらずわけわからん奴だなぁ。
そのイーカラハが、しかめっ面で私をきっ、と睨む。
(はいはい分かってますよお約束のセリフでしょ、確か『わしがゴルフの妖精イーカラハである、いいから早ようせい』だったわよね)
あ、あれ……?? 何この違和感。
ゴルフの妖精イーカラハ、いいから早ようせい……
イーカラハ妖精、イイカラハヨウセイ……
「ぷーっ! あひゃひゃひゃひゃひゃ、あれ、ギャグ、だった、のかー」
気付かなかった! 気付かなかった!! なんか同じような言い回しをするかと思ったら、アレ自分の名前を使った一発ギャグだったんだ!!
そういえば何度か露骨にアピールしてたっけ。私がマジで気付かなかった時に落ち込んで、他の九神将や紫炎に慰められてたっけ……。
っていうかその巨漢にしかめっ面に腕組みの佇まいでそのオヤジギャグは反則でしょうが! ひーひーひー、笑いが止まらん、まったくもー!
「ちょ、ちょっと孟子さん、大丈夫?」
「プレッシャーでおかしくなっちゃった? 気を確かに」
キャディさんや同伴プレイヤーが心配してくれる。まぁそりゃそうよね。
「あ、大丈夫ですから……ちょっと派手に思い出し笑いをしただけで」
改めてアドレスに入る。ピンの上を見ると、イーカラハが滝のような涙を流してうんうんと頷いている……そんなに気付いてほしかったのかー。
なんか上の金髪くんも「よかったね」と言わんばかりに笑顔でイーカラハの頭を撫でてるし。
「さって。じゃあ、いいから早ようしますか!」
PWを構える。子供の頃に近所のお爺さんから貰った思い出の一本、私が伊集院さんの執事、ライオネットさんにあげたかったけど敵わなかった、私の手に馴染んだ頼もしい相棒。
「ヨイ・ヨイ・ヤァーッ!」
かっつーん、と乾いた音を立てて白球が舞い上がる。青い空に溶けるように浮き上がったそれが、ゆっくりと、ゆっくりとピンに、イーカラハのいるあの場所に、静かに舞い降りていく――
……あれ? イップスって何だっけ、んふふっ。
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――えへへ、私もゴルフ始めましたよ――
あ、やっぱり。日喜子ちゃんゴルフウェア着てたしなぁ。
――アメリカでゴルフ場を残してもろたわい――
湊山さん、壊すだけじゃ無かったんだねー。
――いつか、環境破壊の無い完璧なゴルフショミレーターを――
ふふ、風谷ちゃんよっぽど気にったんだなぁ、アレ。
――わたしも今は人気のプロよ――
――さぁ、お主もコッチに来る番じゃ――
夢星さん、そしてテイラーさん、やったね、おめでとう!
うん。私もきっと、そっちの世界に!
――ゲッゲッゲ、イツカ借リヲカエスマデ、栄光ノ道ヲッテ、チョットォ!――
――フングーフングー、フンフンッ!――
こら紫炎、こんな時まで尻を向けない! インパクトありすぎてゴルフリンがイジけてるよー。
――孟子蘭、行け、新たなるステージに!――
――僭越ながら、いつまでも、応援しておりますぞ――
あれ、伊集院さんにライオネットさん、そういえばずっと前にどこかで会ったような……。
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トーン、とボールがグリーンに着地する。そのすぐ上にはイーカラハとあの少年が笑顔でその球を目で追い、同時に声を出す――
――「「「ナーイス・ショットォーッ!」」」――
まるで申し合わせたかのように、あの月で出会った不思議な人たちが、いつもの3馬鹿が、太田瀧オーナーが、同伴プレイヤーの2人が、キャディさんが、それぞれの声でハミングを重ねてくれた。
うん、これから始まるんだ。私のプロゴルファーとしての、物語が。
澄んだ空の下、カップと言う名の幸運の鐘が、ボールという鐘突き球に打ち鳴らされて、美しいメロディを奏でる。
孟子 蘭の、新たなる門出を祝して。
――カッ、コーンッ――
『わしがゴルフの妖精イーカラハである!』
おしまい。
「 カオス・ゴルフ。~下手とネタとスチャラカと、そしてちょっぴり感動を。」
これにて完結です、ご拝読頂きありがとうございました。




