薄氷の戦い
ゴルフドラゴン ”紫炎” の放った10度目のアプローチショットが、またも見事にピンにバイン、と命中し、そのしなりを利用して真上に舞い上がり、そしてカップ際に落ちる。
『10回戦も引き分けである! よって次戦に突入する、ぬぅん!』
審判のイーカラハがレーキを振るうと、宇宙空間に浮かぶグリーンがまたズズズ、と1mほど縮んで止まる。勝負開始時には20mはあったグリーンも、もう直径で半分、面積で言えば四分の一以下にまで小さくなってしまった。
私はあれから普通にアプローチショットを繰り返してきた。ニアピン勝負とはいえグリーンに乗せさえすれば負けは無いから、大ミスさえしなければ凌ぐことは出来ていた……でもさすがにここまで小さくなると、一打一打に神経がすり減っていく。
相手のドラゴンが、毎回毎回AIロボットか何かのように正確にピン当てショットを繰り返しているから尚更だ。ドラゴンのボールは全てピンそば20cm以内に付けていて、あの打ち方をずっと続けられるならグリーンが直径1mになっても乗せるだろう……まさに反則的な正確さだ。
『さ、11戦目の開始である。オナーは孟子 蘭。いいから早ようせい』
イーカラハの催促に応じてボールをティグラウンドに置く。ちなみに前回の勝負で乗せたボールはグリーンが更新される度に、イーカラハの念力か何かで私とドラゴンに戻されていた。つまり、グリーンにある球に当たって弾かれる心配はないというわけだ。
「……じゃあ、行きます!」
カシュッ、と打ち上げた私の球は……さっきまでより少しフェースに乗り過ぎていた!!
「うが……」
やばいっ! ロブショットになっちゃった……お願い、届いてっ!!
高く浮かせすぎたその球は、願い空しくグリーンエッジにギリギリ届かずに宇宙空間に落ち込んでいく……やってもうたー。
『11打目、孟子 蘭、ロスト! 紫炎がこれを乗せれば勝負ありである!』
〝フングー、フングフング〟
PWをびゅんびゅん振り回しながらティーグラウンドに立つドラゴン。この一発で乗せられたらもう負けが確定し、得ていたゴルフ魔具 ”暗黒の3W” を失ってしまう。そうなると残るは私の命を繋いでいる ”平常のパター” のみになり、保険の無いまま生き死にを賭けた最終戦に挑まなくちゃならなくなる……お願い、外してっ!
〝フンッ〟
祈り空しく、ドラゴンの放ったショットは今までと寸分たがわず、正確にピンに向けて突っ込んでいく。当たる場所や角度も速度も毎回見事なまでに一致しているじゃない、これは負けたか――
ガリュウン――バタン!
「え!?」
〝フング?〟
『ぬ!?』
私たち三人(そう数えていいのかは置いといて)が同時に声を出す。なんと球がピンに当たった瞬間、ピンがひっくり返ってしまったのだ。
当たった球は、ピンのしなりと戻りの恩恵を受けられないまま、グリーンの向こうに大きく跳ね上がって……宇宙空間に落ちて行った。
「……あー、カップが掘り起こされちゃったんだ」
〝フンヌグググググ……〟
ずっとピンにボールを当て続けていたせいだろう、土に埋まってピンを差しているカップが衝撃に耐えられず、テコの原理で掘り出されちゃったみたい。
まぁカップの位置って毎日変えるものなんだから、その周囲の土や芝はそんなにカチカチじゃない。まして11回連続で同じ方向からピンに衝撃が加えられるケースなんて想定してないよねぇ……。
『11戦目は引き分けである!よって12戦目に突入する!』
イーカラハが腕組み直立不動のままふわりと浮き上がり、そのまま飛んで行ってグリーンに辿り着きレーキを振るう。と、倒れていたピンがしゃきん! と起き上がり、カップがその根元に埋まり直して、最後にグリーン芝が表面をきれいに覆った……あのレーキが実はゴルフ魔具最強じゃないの?
12回目のアプローチショット。前回の失敗を繰り返さないように丁寧に打った私の球は、無事にグリーン中央を捕らえた。
「ふーっ……削られるわー」
とにかくこの勝負はしんどい。同じシチュエーション、小さくなるとはいえ同じグリーンなれば、全く同じように打ち続ければ精度は上がる。
でも一度外せばオシマイになりかねないこの状況、ツアープロが優勝争いをしてる時のプレッシャーってこんなのだろうか……いや私は命がけだし、それ以上かもしれない。
〝フングッ!〟
ドラゴン紫炎さん、今度は思いっきり打ち上げてきた。それは見事な放物線を描いて、見事にカップ際にドスンと着地する。
一見するとテンプラとかロブショット等のミスショットなのに、それできっちりピンの位置に合わせて来るって……どーゆー精度よ! と思わず毒を吐く、
『申したはず。紫炎の力のコントロール能力は常人のそれとは比較にならぬ……あのゴルフ魔具にして八聖剣 ”ぴっちぴちのピッチングウェッジ” を使ってなおあの正確さなればな』
「え……ゴルフ魔具を、使ってなお、って?」
『あのウェッジは練習用である! 打つ度にシャフトのしなりが異なる強度になる。ゆえに ”ぴっちぴちの” という名がついておる。あれを使いこなせれば通常のウェッジなど、容易に意のままに操れるであろう』
そういやあのドラゴンが最初の一発を放った後、不思議そうにびゅんびゅん振っていたのは、素振りの時と感触が違っていたからなのか……それであの正確さって、バケモノじゃないの! あ、化け物か。
でもそのドラゴンも、なんかさすがにしんどそうに鼻息をフングーフングーと荒げている。一打ごとに的が狭まる勝負で、言う事を聞かないウェッジを操って、ダイナミックなショットを続けているのだから、いかに人外でもさすがに辛いのかも。
『さ、次は孟子蘭の番である』
「いーから早くしろ、でしょ? わかってるわよ!」
急かされるのはむしろ望むところだ。間を置かずに打った方が前のショットの感触をトレースし易い。ここはさっさとさっきのノリで……
カチーン!
「ぎゃあぁぁぁ、トップしてもうたー」
頭を抱えるがもう遅い。低空ライナーで打ち出された私の球はピンをかすめ、そのままグリーンを通過して宇宙空間に……
〝ングオォォォォーーッ〟
その瞬間だった。ドラゴンが突如雄叫びを上げ、猛然と私の打ったボールを追って飛んで行ったのだ。
「え、何事?」
すさまじい速度でカッ飛んで行ったドラゴンはたちまちボールを追い越すと、なんと迫りくるボールにお尻をずいっ! と向けて……
――スポーン――
〝フミュアァァーン♡〟
お尻の穴で、見事にダイレクトキャッチしてみせた……えええええ、どういう状況? コレ。
なんか艶のある声出してクネクネしながら顔を赤らめているのが気持ち悪いんですけど……。
『他者の打球に手を出すのは、否、尻の穴を出すのは違反行為である。よって今の孟子蘭の球はオンしたものとする!』
「え……本当に? ラッキー」
突然の展開に動揺したけど、今のミスが無しになるなら儲けものだ。これで次にあのドラゴンが外せば私の勝ちは決まる……決まる、ハズ……
〝フンフンフフンフーン♪〟
戻ってきたドラゴンを見て、なんかそれが無駄な期待である気がした。さっきまでのしんどそうな姿はどこへやら、顔も体もつやつやテカテカしていて、全身に躍動感が漲っている。上機嫌で鼻歌を歌うその表情には、確かな余裕と自信に満ち溢れていた。
「なんか……パワーアップしてません?」
『尻の穴に球を貰ったからな、奴はそれを至上の快楽としておる!』
「ど ん な ド ラ ゴ ン じ ゃ あ ぁ ぁ ぁ ぁ !」
その説明を証明するかの如く、上機嫌でドラゴンが打ち出した球は例によって高々と舞い上がり……そして、ピンの天頂に当たって真上に跳ね上がり――
そのまま、ピンの天頂をポーンポンとはずんで――
そのまま、ピンの上に、静止した。
〝フンフンフフンフンッ!〟
紫炎が指でVサインを私たちにびしっ! と向ける。
「どんだけよおぉぉぉーっ!!」
正直、勝てる気がしないんですけど……。
結局、なんとか15回戦までは粘ったけど、16戦目でついに私はグリーンを外してしまった。ちなみにドラゴン紫炎はその後のショットを全部ピンの上に静止させてみせていた……勝てるかこんなん!
『勝負あり! ”反呉竜府九神将” ドラゴン紫炎の勝利である!』
イーカラハの宣言と共に背景が元の月面に戻り、私のバッグに入っていたゴルフ魔具 ”暗黒の3W” がふわりと浮かび、ドラゴンの方に飛んで行く。これで私の命を繋ぐのはバッグにある ”平常のパター” のみになってしまった。
戦う敵はあと一人。まさに命がけのがけっぷちに立たされてしまったわけだ。
〝フング、フング、グルルルルン〟
って、なんかドラゴン紫炎さんが暗黒の3Wを手に、私に何か話しかけてきた。悪いけど私、ドラゴン語は解さないのよねー。
『紫炎はこう申しておる。〝ご褒美をもらえるなら、最終戦のキャディを引き受ける〟とな』
「え、キャディ……ドラゴンが?」
『この紫炎という名は、もともとプレイヤーを ”支援” するという意味も持って付けられた。キャディとしての腕は超一級品であるが、どうする?』
……うん、願っても無い話かもしれない。この伝説の八聖剣をめぐる戦いになってから、相手のレベルが天井知らずに跳ね上がっているのは分かる。多分最後の相手もとてつもない腕の持ち主だろう。なら、やはりこのとんでもない腕のドラゴンがキャディになってくれたら、頼もしい限りである。
「じゃあ、是非お願いしたいですけど……その、ご褒美って?」
私のその質問に、紫炎がグフフンと上機嫌で、手にした3Wをイーカラハに差し出す。
『ふむ、交換レートで言うならボール百個であるな、よかろう、ヌンッ』
そう言ってイーカラハが3Wに手をかざすと、そのクラブがまるでパズルのようにぽろぽろと壊れて砕け、地面に落ちる頃にはなぜかゴルフボールになってポーンポーンと弾む……えええええ、どういう原理よ?
『では、思う存分くれてやるがよい』
そう言って私のバッグからドライバーとティを取り出すイーカラハ。ものすごーく嫌ーな予感がして紫炎に向き直ると……案の定と言うか尻をこちらに向けて準備万端である。
スッパーン! ドシュッ! カッチイィーン! ガスッ! ズガァーン!
渾身のドライバーショットが、ナイスショットを、フックを、どスライスを、チーピンを、チョロにテンプラを、次々と紫炎の尻に叩き込む!
〝フングー♡ ヌフフン♪ アヒャーン♡ フオッォォォー♬ アッファ~♡〟
そのショットを後ろも見ずに全部尻の穴で受ける変態ドラゴン……まじで神がかった能力の無駄遣いにも程がある!
あと、その変態に大汗をかきながら特打ち尻スパンキングしてる自分が、なんか悲しい存在に思えてきたんですけど。
誰か私の代わりに、この状況にツッコミ入れてくれないかなぁ、わりとマジで。




