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神様に愛されない人

 カコーン、と音を立て、私のパーが確定する。対戦相手のテイラーさんも先程のチップインパーで上がっており、これで4ホール連続で同スコアになった。

「ゼェッ、ゼェッ……クフフフ、しぶといのうお嬢ちゃん」

「あ、あなたもでしょ? 本っ当、波のあるゴルフするんだから!」


 私、孟子蘭とテイラーさんのサドンデス形式の勝負は未だ決着がつかないでいた、といってもその内容は全く対照的なものなんだけど。


 とにかくこのテイラーさん、なんかもうゴルフの神様にもてあそばれてでもいるんじゃないかってくらいに、プレイに不運が作用しまくっているのだ。

 例えばアプローチがグリーンわきにあるスプリンクラーに跳ね返ってバンカーに落ちたり、50cmのパットを打った瞬間ラインに木の葉が舞ってきて踏んで外しちゃったり、ベストショットが何故かディボットに深々と埋まっちゃってたりと、本人は全然ミスしてないのにスコアが全然伸びないでいるのだ。

 しかも不運に見舞われる度に「またか……」なんてボソッと呟いているのがまたねぇ。普通は大袈裟に悔しがったり、理不尽を嘆いたりするものなんだろうけど、そんなのが慣れっこになっちゃってるみたい。


 でも、それを執念とも言えるリカバリーで凌いで、平坦なゴルフをする私に食らい付いて来ている。直ドラや水切りショット、パターでのバンカー駆け上がりやピンに当ててのグリーンオン等、不運を力づくでねじ伏せる怨念のプレイで、ゴルフそのものに喧嘩を売っているかのようにすら見えた。


「これがわしのゴルフじゃよ……ゴルフの女神に決して愛されないなら、そ奴を踏みつけ踏み越えていくのじゃ!」

 その暗い言葉を聞いた時、私は彼が何故 ”アンチ呉竜府ゴルフ九神将” に所属しているのかが分かる気がした。

 プロテストに何度も挑んでいるなら、ゴルフを愛する気持ちは絶対あるはずだ。でも彼はそのゴルフに何度も裏切られ続け、やがてゴルフを()()ためにクラブを振るうようになっちゃったんだ。

 自分をイジメ続けたゴルフに、()()()()を取る為だけに。負け犬のまま終わる事を、ひたすらに拒み続けて。


『では、5番ホールを生成する、ぬぅんっ!』

 イーカラハがレーキを振るい、新たなホールが生み出される。今度はグリーンが広いショートホール、でも左右に木の枝が張り出しているせいでピンをデッドには狙えなさそうだ。ある程度遠くにオンさせて2パットでパーセーブするのが王道だろう。


「ククク。この程度なら、わしなら曲げられるわ」

 暗黒のスプーンのヘッドをお守りのようにガシッと握った後、自前のバッグから8番アイアンを取り出してアドレスを取る。狙って(インテンショナル)スライスで木の枝を避けつつベタピンを狙う算段みたいだ。


 カチィン、と打ち出されたその球は、見事に木の左側を巻いて、そこから飛び出してきたカラスに激突して……そのまま直下のラフに転落した、うわぁ。


「クッ、このパターンももう何度目になるかのう」

「……こんな偶然が何度目かってどんだけですか」

 ちなみにカラスは全然平気な感じで飛び去って行ってしまった。というかイーカラハさん、ここ月面でしたよねぇ、鳥まで再現する必要がどこに?


 私のティショットが無事に木を避けてグリーン端っこにオンした後、テイラーさんが深い草むらから第二打を放つ。

「かあぁぁぁぁっ!!」

 雑草を根元から引きむしるような強烈なラフショットは、振り切る前にクラブを草のツルに絡め取られてスイングを止められる。でも、そのストップが逆に見事な調整になって、ボールは見事ピンそばにボトッ、と落ちた。


「毎度毎度だけど……なんて神業リカバリー」

「お主には必要ない苦労じゃのう、うらやましい限りじゃ」

 草にまみれたウェッジを拭きながら、別段笑顔も見せずにグリーンに向かって行くテイラーさん。その後ろ姿は孤高に見えて、でもどこか物悲しい空気も纏っている。


 この人は、ゴルフに対する復讐を、本当に果たせるのだろうか。

 仮にそれを成したとして、彼は、幸せになれるのだろうか――ゴルフ魔具という、イカサマに頼って。


(それだけは、させちゃいけない。だって、こんなに凄い技術を持ってるんだもん)



「お先に入れるぞい」

 ほんの15cmほどのパットを、それでも慎重に決めてパーで上がるテイラーさん。

 私は20mほどのロングパットが残っている、これを2パットで決めれば引き分けで、決着は次のホールに持ち越しになるんだけど……


 意を決し、私は宣言する。

「テイラーさん、私があなたに、引導を渡してあげます!」

「フフフフ、このロングパットを一発で決めると言うのか……やってみたまえ。張り切り過ぎて3パットになっても知らぬぞい」

 そう、これを入れられれば私の勝ちが確定する。そうなれば私は死なずに済むし、彼もイカサマ道具を使っての目標達成なんて愚行に手を染めなくて済む。

 それに、何より――


「イーカラハ、使うわよ!」

 私はキャディバッグから、彼から預かったゴルフ魔具、八聖剣の一本 ”平常のパター” を取り出す。いかなる場所でも平常のゴルフが出来るこの魔具のお陰で、私は今、真空の月面で生きていられるのだ。


「フフフフ、そのパターは平常心を保つだけで、道具としてパットの成功率は上がらないハズじゃ。ましていつもの道具と違う物を使って上手く行くはずもあるまいよ」

『左様。使用は自由ではあるが、それを使っても成功率が上がる事は無い』

  テイラーさんに続いてイーカラハもそう語る。うん、知ってるよ。このパターを使ったってこのパットが入らないのは。

 でも、このパターは私の命を繋いで、次々に現れるトンデモ相手にも動揺しすぎることなく、平常心でのゴルフをやらせてくれた。


 だからこそ、彼にはこれを、()()()()()欲しい。

 須藤・リー・テイラーのゴルフは、平常心とはかけ離れたその()()にこそ、真骨頂があるのだから。


 目を閉じ、アドレスの姿勢を取って、心で語りかける。

(お願い、平常のパター、ここで私に力を貸して――あの人の為にも)

 私は知っている。このパターが ”心” を持っている事を。


 ――ズルは、しないよ――

(それでいーの、貴方に意志がある事だけ確認できれば、ね)


 この月面での不思議なゴルフ。ファンタジー要素満載の舞台で、私にこんな不思議な()()がいる、その頼もしさが感じられれば、それで――


 カッツゥーン!


 打ち出された白球がグリーンの丘を越え、坂を下り、傾斜を斜めに横切りながら、カップへと歩みを進めていく。

「スジってる、ま、まさかぁっ!?」

『ラインに乗っておる! これは……来るか!?』


 勢いが失われ、カップとの距離が詰まっていく。やがて駅に停車する電車のように、残り距離と速度が等間隔で失われて、そして……


 コットーン!


「いやったぁーっ!」

『勝負あり! ”アンチ呉竜府ゴルフ九神将”、須藤・リー・テイラーを撃破である!』

 やったやった! 多分私の一生で最長のロングパットが見事に決まってくれた。


「フ、フフフ。やはり、こうなるのか」

 がっくりとヒザをついたテイラーさんが、青い顔をしてそうこぼす。

「分かっておったよ……いくら腕を磨いても、ゴルフの女神に愛されぬワシが、勝つことなど無いことをな」

 高揚の無い声で、呪詛のように続ける彼。全てを諦めたような、投げ捨てたような、そして、それらを受け入れたようなたたずまいで、そのまま固まっている。


「さて、テイラーさん。ひとつ私と約束してください」

「フフフ……もうプロは諦めろと言うんじゃろう。分かっておるわ、こんな小娘に負けるようでは……」


「今年、絶対プロテスト受けて下さいね♪」

 てへ、とウインクしてそう告げる私に、テイラーさんとついでにイーカラハが「へ?」と目を丸くする。


「今日のはいわゆる ”厄落とし” ですよ。ほら、ゴルフって好不調が交互に来るもんじゃないですか、ミスショットの後には決まってナイスショットが出るとか、いい成績が出た次には大叩きしたりとか」

『ウム、ゴルフあるあるであるな。「禍福ショットは糾える縄の如し」「人間ゴルフ万事塞翁が馬」というやつだ』


「……あ。確かにワシは、テストの前に必ずラウンドして来たし、その時には調子が良かったのだが」

「それ、そこで運を使っちゃってますよ、きっと」


 なんとなくそんな気はしていた。いくら何でも今日みたいな不運が年がら年中続いているはずもない、もしそうなら流石に心が折れちゃうだろう。

 普段は好調なんだけど、テストになると不運が襲う。そんなバイオリズムのタイミングの悪さこそが、この名人をして40年も落ち続けている原因なんじゃないだろうか。

「不運を糧にしてきたあなたなら、今日私みたいな小娘に負けたのもきっと力にできます、貴方の実力を持ってすれば」


「そうじゃの……そんな挑戦をしてみるのも、よいかな」

 そう言ってバッグから八聖剣 ”暗黒のスプーン” を取り出し、地面に丁寧に置く。

 同時に彼が、コースが、スゥッ、と色を失い、透明に消えていく。そしてスプーンから発せられている黒いオーラが、燃え尽きたかのようにその噴煙を途切れさせた。


「本当に……すごいゴルファーでした」

『ウム、いつか同伴プレイヤーとして、手合わせ願いたいものよのう』


 

  ◇        ◇        ◇



「なんじゃ……コレは」

 ワシ、須藤・リー・テイラーは半ば呆然としながら、残された最後の一打、ほんの30cmほどのパットを見下ろして呆然としていた。


「固まってんじゃねーよじーさん、さっさと決めてしまえよ、念願のプロ確定なんだろ?」

「俺たちゃめでたく今日の最終テスト落ちだよ……あんた見習って来年またチャレンジするわ」


 同伴者の若僧二人と、コースキャディの羨望と尊敬の視線を受けながら、ワシはパターを手に最終パットのアドレスを取る。

 信じられんかった。このテスト期間中、ワシに()()など()()()()()()()()()のじゃ。ゴルフとは……こんなにも簡単な物じゃったのか!?


 いや、油断するな。今この瞬間に地面が割れて落ちるかもしれん。隕石が降って来て今日のテストを無効にするかも知れぬ。そもそもワシが、ゴルフに愛されなんだワシが、こうも簡単に……カツーン――


 カッコーン!


―――――――――――――――――――――――――


「出たあぁぁぁぁっ! コースレコードの14アンダー!!」

「化け物だぜこのじーさん、プロでの活躍が楽しみだなぁ」

 クラブハウスにて。すでにテストを終えた受験生たちが、そのコーチや師匠のプロゴルファー達が、大会審査員の面々が、協会の役員たちが、その老人のゴルフに絶賛の視線と歓声を送っていた。


 40年にもわたる不運を、己の剛腕でぶち破った、その姿に敬意を表して――






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