第七の刺客! 不屈の男、須藤・リー・テイラー
夢星さんが消え、静寂が訪れた月面に、イーカラハの宣言が響き渡る。
『”反呉竜府九神将” 七人目の刺客、出ませいッ!!!』
それに応えてまた、地面に突き刺さった八聖剣(残りは3本)のうちの一本がスゥッ、と宙に浮かび上がり……やがて黒煙のようなドス黒いオーラを巻き上げ始める。
「暗黒スプーン……ようやく、わしの出番か」
残り三人のうちの一人が黄金の月面車から降り立ち、顔のフードをずるり、と抜け落ちるようにはぎ取っていく。
中にいたのは中肉中背の、顔だけはやたらやせこけた初老の男性だった。ボサボサに伸びた髪の毛に無精ひげ、それでも一応ゴルフウェアを着込んでいるので、まぁ今までよりはまともに見える。
……ただ、全身から溢れる負のオーラが、なんとなく今浮かんでいる3Wとシンクロしているような気がして、ちょっと怖い。
その男がゆっくりとこちらに歩みを進め、途中で浮いている3Wをばしっ! と両手で掴んで抱え込み、私を恨めしそうな目でぎょろりと睨んで来る……いや、取りませんから。
「ワシの名は須藤。須藤・リー・テイラーじゃ」
「あ、どうもごていねいに。私孟子 蘭と言います、よろしくお願いします」
うん。きちんと挨拶を交わせてよかった、何せ今までが今までだったからなぁ……名前からして外国人とのハーフなのかな?
などと考えていると、須藤さんが私の目の前までヌッと顔を近づけてきた!
「うわわっ!? な、何ですかっ? 須藤さん」
「私の事はテイラーと呼びたまえ。それよりイーカラハから聞いたよおぉぉぉ……プロテストにもうちょっとで落ちたんだってねぇぇぇ」
憐れむような蔑むような目で、声で、毒を吐くテイラーさん。
「よ、余計なお世話ですよ!」
一歩引いてちょっと怒気を込めて返す。なに? 勝負の前に私の心を殴りに来たの? だとしたらやる事がセコイわよ……
「私はねぇ~もう40年も落ち続けているんだよぉ~」
「……え」
「10代後半から、もうずっとずぅ~っと、プロテストに挑んでねぇ、ことごとく落ちてるんだよぁ」
「よ……よんじゅう、ねん?」
私の喉から胃にかけて、なにかどす黒いものが駆け巡るような気がした……私は一度プロテストに落ちた時、自分にはやっぱ無理なのかと嘆き、落ち込み、そして諦めた。
この人は、それをもう40回以上も、繰り返しているというの?
「最初はさぁ~、君は天才だから次は行ける、来年は必ず、なんて周囲から言われてねぇ」
うん、ありがちな話だ。プロに挑む若い子は親や周囲に期待され過ぎているせいで、一度や二度落ちても次だ次こそ、と言われるものだ。
「でも、10回過ぎると『お前には無理だ』『いつまで敵わない夢にしがみ付いてる』なんて言われ出すよ」
うわ……人生の挫折というか、夢見る時間の終わりをこうまで示されて、なんか私まで暗くなってくる。
「40歳を過ぎるとねぇ~、同じプロテスト受けてる若い子によく嘲笑されるんだよ……場違いなジジイがいるってねぇ、アレは辛いねぇ~」
いつしか、私の心臓がどくどくと早鐘を打つのが認識できた。この人は……私の未来のもう一つの形、なの、かも。
「この歳になるとねぇ……だーれも私に構おうともしない。同伴プレイヤーも、キャディさえもね。私が受かるだなんて、だーれも思っていないんだよ」
そんなになっても……まだこの人は、プロに、なりたい、の?
「だから! 私にはゴルフ魔具が必要なんだッ!!!」
突然私の両肩をゆすって激高するテイラーさん!
「ゴブリンの二本と夢星の二本は、勝負に勝った夢星に持って行かれた! だから、だから残りの聖剣は私が貰うんだよ!! そして、そして今年こそ……私を見下し続けたやつらどもを蹴落として、私がプロになるんだあぁぁァァァァ!!!」
目を見開いて、錯乱した様子で私を揺さぶりながらそう力説するテイラー。
『落ち着かれよ。さ、勝負である、いいから早うせい』
間にイーカラハが割って入ってくれて、とりあえず事なきを得た。テイラーさんも「ああ、すまないな、興奮しすぎたよ」と私に頭を下げる。
その態度が、よけいに私に、こたえた――
すでにコースは生み出されている。くじを引いてオナーになったテイラーが暗黒の3Wを握りしめ、歯をカチカチ鳴らしながら呪詛のような言葉を紡ぐ。
「今年こそは受かるんじゃプロになるんじゃこの聖剣で勝つんじゃ若僧どもを蹴散らすんじゃ勝つんじゃ受かるんじゃワシガワシがワシがががががぁぁぁぁ」
顔を青くし、それでも球をセットしてアドレスを取る――そこで私が見たのも、彼の悲惨な人生を垣間見るようなものだった。
(なに……あれ。グリップもスタンスも、何もかもめちゃくちゃ)
ゴルフのショットのセオリーとはあまりにもかけ離れたアドレス。グリップからして左右の手を離しているし、その左手はシャフトを下から包むように持ち、右手は人差し指をシャフトに添えている。あれでフェースの向きを測っているんだろうか。
足も右足荷重で全身の重心も低い。ショットの基本からすべて外れたようなその立ち姿勢から、やがてティーショットが放たれる。
パッキィヤァーッ
なんと一本足打法で放たれたその一撃が、どういうわけか真っすぐにすっ飛んで行き、見事フェアウェイの真ん中に着弾した。
「うそ……あんな独特のスイング、初めて見た」
「フ、フヘヘヘヘ……驚いたかいお嬢ちゃん」
にやりと笑みを浮かべ、私の方を仰ぎ見るテイラーさん。なんていうか今のスイングには理論や理屈を超えた ”執念”、いや ”怨念” すら感じられた。
「どのレッスンプロに習っても、どの本に書いた打ち方をしても、どの動画サイトにあるプロの真似をしても……プロテストには受からなかった……フヒヒ、だから、私自信で編み出したんだよ、私にしか出来ない打ち方をねぇ~」
さーっ、と背筋が寒くなる。複数のレッスンプロに習った結果、逆にフォームが変な形で固まってしまうのはよくある事だ。
ましてこの人はもうずっとプロテストに落ち続け、そのたびに指導者を変えていったとしたら……それを指導する人も、やっぱりこの人を――
「そのレッスンプロ達、ちゃんと……指導して、くれたん、ですか?」
私の質問にテイラーさんはクックックという笑い声を、屈辱の表情で絞り出していた。
「するわけなかろう……何十回もテストに落ち、それでも敵わぬ夢にしがみ付いているジジイなどにはな!」
『さ、次は孟子蘭の番である、いいから早ようせい』
イーカラハに即されてティーグラウンドに上がる。だけど、だけど私は……このテイラーさんの事を考えて、どこか上の空になっていた。
この人は、強い。とてつもなく。
私がたった一度落ちて、人生を嘆いたあの屈辱を……この人はもう40回以上も繰り返しているのだ。
周囲の嘲笑に耐え、体の衰えを感じ取り、残りの寿命をすり減らしながら……それでもプロゴルファーになろうとしている。
もう正道も邪道も関係なく、例えゴルフ魔具と言うチートアイテムに頼ってでも、ただひとつの夢を追い、願い、渇望し続ける。
――その執念を心から感じて、私は、心から震えた――




