夢星 桜という人物
ピンまで120Yほどのセカンドショット。私、孟子 蘭が振るった7番アイアンは白球を高々と打ち上げる。
(……お願い、寄ってッ!)
”反呉竜府九神将”、夢星 桜さんとの勝負はもはやギリギリの崖っぷちに立たされていた。
彼女がUTで放った先の一打は、ピンからわずか30Yほどのポジションに付けられていたからだ。彼女が寄せワンのバーディで上がる事は確実だろう。だからもしこの一打がワンパット圏内に付けられなければ、私の負けが確定する。
「きゃるーん、お見事♪」
『ウム、見事な寄せである』
二人の言葉通り、無事に私の球はピンそばに付けたようだ。これで相手がチップインイーグルでもしない限り、すぐに負ける事は無くなった。
そして夢星さんのセカンドショットなのだけど、何故か彼女はじっとボールを見たまま動かなかった……かと思うと、突然笑顔で私にこう言い放った。
「ぴぇんぴぇーん、アンプレアブル宣言しまーっす、確認よろぴく♪」
「……え”?」
「ほらぁ、ボールのすぐ手前にお花があるでしょ? このまま打ったら散っちゃってかわいそーよぉ」
確かに彼女のボールのすぐ先に一輪の白い花が寄りかかっているけど、そんなの気にしてゴルフするの?
ちなみにアンプレアブルというのはボールが打てない場所、または打ちにくい場所に行っちゃったとき、一打罰を加えて手近な場所(クラブ1本分以内)に移動する事を言う。
「で、でもいいんですか? 次は3打目になっちゃいますよ?」
私はバーディ濃厚な位置に付けている。つまりアンプレアブルすれば、今度は彼女がチップインしない限り敗色濃厚になるんだけど。
「うふふん、入れればOKよ♡ この ”羨望のチッパー” があれば大丈夫よん」
そう言ってチッパーをくるくる回しつつウインクする中年コスおばさん。相変わらずというかひたすらに痛々しいなぁ……。
――スゥッ――
そしてアドレスに入った途端、一瞬で身に纏った空気を変化させる。その構える姿、そしてゆっくりとテイクバックする様は、世界最高峰の女子プロゴルファーと比べても、何ら遜色が無い……。
カチン! と小気味よい音を響かせて打ち出されたボールは、グリーンエッジの一点ここしかないという場所に落ち、そのままカップに向かってトントン弾み、コロコロ転がって――
カコーン
「きゃるーん♪ ホントに入っちゃった♡」
(うそ……でしょ?)
流石に背筋が凍る思いがした。こんな痛いコスプレおばさんが、ショットの時だけは名ゴルファーに豹変して、当たり前のように30Yチップインを実現して見せたのだ……まるで私の打数に合わせるようにアンプレアブルまでして!
私もなんとか70㎝のバーディパットを決め、勝負は次へと持ち越しになった。早速イーカラハが『ぬん!』とレーキを振るい、2番ホールを生み出す。
そこはうっそうとした沼に蓮の花が咲き乱れる池越えのショートホールだった。周囲のアゼにも花が咲き乱れていて、まるで絵画の一枚絵のように美しいステージだ。
なんかそこらの花から妖精でも飛び出してきそうだなぁ。
『さ、オナーはお主からだ、いいから早ようせい』
肉体派の妖精にお約束の催促をされてとたんにメルヘン気分が萎える。仕方ないので気分を入れ代え、夢星さんの凄腕を思い出して、負けないように慎重に距離を測ってティーショットを打ち出す。
なんとか池に捕まる事無く、グリーン奥のラフに止める事が出来た。パー3としてバーディは難しいけど、寄せワンでパ-はなんとかなるだろう。
いかに相手が凄腕とはいえ、このショートホールならそれで勝ち目はある。
「やぁんナイスショットねー。じゃ、私ので・ば・ん♪」
痛コスおばさんから、またも凄腕ゴルファーの顔へと変貌を遂げる夢星さん。でも、このホールは90Y程度しかない。UTじゃ近すぎるしチッパーじゃ弾道が低すぎて池を超えたらそのまま遥か向こうまで転がって行ってしまうだろう。
そんな私の淡い期待は脆くも崩れ去った、高ティーをセットしてUTを振るい、ボールの下っ面を叩いて高々と浮かせるテンプラというミスショットを狙って決め、見事グリーンのピン横すぐにドスンと落として見せたのだ。
「夢星さん……あなた一体?」
「うふふ、私のゴルフ魔具 ”魅惑のユーティリティ” と、 ”羨望のチッパー” を持ってすれば……」
「嘘ですね。貴方はゴルフ魔具の力なんか借りてません、それくらい分かります」
彼女のぶりっ子をぴしゃりと遮っていう私に、彼女は思わず言葉を止めた。
「貴方のゴルフは、少なくとも私よりもずっと真剣に、しかも長年取り組んできた人のそれです。それこそ現役女子トッププロと比べても劣らないほどの」
真剣な目でそう告げる私に対して、夢星さんはしばし表情を固めたあと、ふっと息をついて目を細めた。
「現役女子トッププロ……そう、あなたのいた場所じゃ、そんな人が居られるのね」
「え……居られる?」
「私のいた時代、あるいは世界なのかしら。そこじゃ女子がゴルフをするなんて考えられなかったの」
グリーンに向かう道中、彼女の話を聞かされる。彼女のいた時代だか異世界だかではゴルフは完全に男の世界のスポーツで、女子はどんなに頑張っても非難と嘲笑の対象でしかなかったそうだ。
「でも……そんな中、初めてゴルファーとして認められた女性がいた。私とは違う、すっごい美人の選手」
ゴルフ女子がアクセサリーみたいな目で見られる環境で、祭り上げられたのは夢星さんみたいな実力派ではなく、見目麗しい美人ゴルファーだった。
たとえその腕前が、夢星さんよりずっと劣っていたとしても。
「でもこのゴルフ魔具 ”魅惑のユーティリティ” と、 ”羨望のチッパー” を使えば、きっと人々を魅了するゴルファーになれるのよん♪」
ありゃ、とズッコケつつ、痛キャラに戻った夢星さんを見て納得する。彼女がこんななのは見た目があまり美人じゃないのを気に病んで、こじれてしまった結果だったのか。
スキップしながらグリーンに向かう彼女の背中を眺めつつ、私は隣りを並走飛行する腕組みマッチョに質問する。
「ねぇイーカラハ、私がここで負けたらやっぱ死ぬわけ?」
『否。彼女も二本の聖剣を使っておるから、先の勝負で得た ”天の9番アイアン” ト ”地の4番アイアン” を失うだけで済む。だがその先で負けると今度こそそなたの ”平常のパター” を失い、窒息死する事になるであろう』
「あ、そうなんだ、だったら……」
「ギブアップしまーす」
二打目地点のグリーン奥に辿り着いた私は、両手を上げて二人に宣言した。
「えー、なんで、いいの?」
『本当に良いのだな』
確かに私がここから一打で入れれば引き分けの目もあるけど、正直そんな気分にはなれない。
だって、さっきの1番Hで夢星さん、明らかに私に一打譲ったじゃないの、アンプレアブルで。
「だから、夢星さんに一つお願いがあります。私の代わりにこの第二打、打って貰えません?」
そう言って彼女にPWを差し出す。「え、何で?」と戸惑う彼女に、私は真剣な眼差しで願いを告げる。
「貴方が、ゴルフ魔具やら聖剣やらじゃなくて、実力でしっかりと打つ姿を一度見ておきたいんです」
彼女が使うUTやチッパ-はそれを使う時、見る人を魅了する力があるらしい。見目麗しくない彼女が自分のコンプレックスを隠すためにすがっているクラブなのだ。
「え……でも、それがなければ、私の一打なんて見たって」
「ううん。私もプロを目指しているから、上手い人の真剣な一打を見ておきたいの」
私がここに来たのはゴルフが上手くなりたいからだ。だったら女性でありながら、長年真剣に打ち込んできた彼女の一打を目に焼き付けておくのは決して無駄じゃない。
参考にするものあるけれど、もし私がプロになれたら、彼女クラスの達人ともラウンドしていかなくちゃならないんだから。
「分かったわ……オバサンが真剣にゴルフするなんて滑稽だけど、笑わないでね」
「笑うもんですか」
ああ、そういう世界で生きてきたんだなぁ、彼女。
グリーンを見据え、貸したPWを真っすぐピンに掲げ、真剣な目で距離と芝目と傾斜を読む彼女。うん、いちいいちめっちゃサマになってる、カッコいいよ。
カシュッ
綺麗にラフを払ったその一打は、まさに美しい円を描いてグリーンに落ち、二度三度バウンドして転がっていき――
カッコーン、と綺麗な音を立てて、カップに収まった。
「ナイスアプローチ!」
『ナイスインである!』
私とイーカラハが並んで拍手する。うん、構えから打ち終わりまで、何一つ文句のつけようのない見事なショットだった、さっすが。
『勝負あり! ”反呉竜府九神将”、夢星 桜の勝利である!』
イーカラハが勝利を告げたと同時、夢星さんとコースがスゥッ、と透けて消えていく。
「ねぇ孟子 蘭ちゃん。私のゴルフ、どうだった?」
「もちろん、めっちゃカッコよかったです!」
目を輝かせてそう返す私に、彼女は嬉しそうに目を細めて、そして「ありがとう」とだけ残して――コースと、二本のゴルフ魔具と共に、その姿を消した。
私もいつか、あの領域にまで駆け上がってみたいなぁ、と天を仰ぐ。
◇ ◇ ◇
『さぁ登場しました、なんと女子でありながら男子と試合をする麗しのゴルファー、陽野 ひのきちゃん、略してひのひのちゃんの登場です』
アナウンサーの紹介で会場がわっ、と沸く。見るからに美少女なひのひのちゃんは、この世界の初の女性ゴルファー、陽野 麗華の娘だ。
『母子二代で築いてきた女子ゴルファーの血統、今日もお母さんがキャディに付いています、麗しきプレイに期待しましょう』
彼女のティーショットは約200Y先のフェアウェイを見事に捉えた。英才教育の賜物と言えるそのショットに、ギャラリーから再度拍手が沸く。
『さぁ、次は男子プロの……って、誰でしょうか。中年女性らしき人物が割って入って?』
そこに一人の女性がドライバーを片手に割り込んで来た。同じ女性でも陽野母娘との容姿の違いに、観客から思わずブーイングが起こる。
が、その女性はそんなものどこ吹く風と、平然とティーグラウンドに立ち入ると、ひのひのちゃんにクラブを向けて宣言する。
「陽野ひのきさん、私の挑戦を受けてもらうわよ!」
『おーっと飛び入りの挑戦者が現れましたぁっ! ここでまさかの展開ですっ!!』
アナウンサーの興奮した実況に、思わずギャラリーも盛り上がる。この世界でのゴルフではこういった突発イベントはそこそこ発生しているが、女子の乱入は流石に初めてだった。何故ならこの世界で、真剣にゴルフをしている女性がほぼいなかったからである。
「身の程知らずのババアだなぁ」
「恥かくために出てきたのかよ、ゴルフなめんな」
心無いヤジが振りそそぐ中、キャディであり母である陽野 麗華だけが戦慄の表情で、その乱入者を見てこぼす。
「まさか……夢星、さくら!?」
「久しぶりね、麗華ちゃん」
ウインクを放って、そのままティを差してボールをセットする中年女性。
「「あ、そーれ、ミースショット! ミースショットっ!!」」
アドレスに入ったと同時、ギャラリー共が汚いコールを飛ばす。が、当人の夢星 桜は全く意に介さず、アドレスを取ってテイクバックに入る――
(孟子 蘭ちゃん……頑張ってね。私もこっちで頑張るから!)
――カッキイィィヤアァァァーン――
彼女が放った300Y超えのドライバーショットが、観客どもを黙らせた。
そしてそれは挑まれたひのひの嬢にも、新たなる戦慄と闘志を生みだす。
(すごい……この人。この人に、勝ってみたい!)
――この世界の女子ゴルフの歴史は、後のこの二人によって書き換えられることになる――




