プロの資質
ようやく探し当てた球を打ち、草むらに落下したその場所にアタリをつけて藪をかき分けながら私、孟子 蘭は思わず「甘かった」と毒づく。
(ほったらかしにされたコースが、まさかここまでやりにくいなんて!)
元々ゴルフコースだったんだから多少荒れてても、そのへんの山や野原よりはまだマシなんて思ってたのが甘かった。
木々を切り払われて広く開けた日当たりのいいコースは雑草にとっては絶好の苗床だったようで、場所によっては私の背丈よりも高く伸びている。その生命力には驚かされるばかりだ。
また、勾配が低くなっている所には容赦なく水が溜まり、踏み込めばがっぽがっぽと足を取られる。ほとんど障害物競走のようなコースを、ゴルフバッグを担いで移動するのは本当に体力を持って行かれる……しかもそれで打ったボールを探して、また打ち出してその行方を追わなけりゃならないんだから。
そうこうしているうちに、湊山さんのユンボが私を追い越していく。スピードは歩くほどしか出ないんだけど、悪路もぬかるみも何のその、と進むキャタピラが正直羨ましいなぁ。
……ここが月面だということは、とりあえず考えない様にしようかな。
そんなこんなで、何とか後一打でグリーンを捕らえる所まで辿り着いた。この場所は林の影になっていて雑草の生えが悪く、なんとかボールをキレイに打ち出せそうなポジションになっている。
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ……よしっ! ここは慎重に」
PWを手にしてアドレスを取る。湊山さんのユンボはグリーンまであと少しの所まで来ている。これで寄せないとカップインの前にショベルでカップを掘り出されるのは確実だ。
でもこのグリーンの正面は池、周囲もバンカーが沼地状態になっていて、さすがにユンボといえどスムーズに辿り着くのは困難だろう。乗せさえすれば徒歩の私が追い抜ける!
カショーン。ガザッ!
「あああ、しまったあぁぁぁっ!」
私のショットは、林からはみ出ていた一本の枝の葉に引っかかってしまい、そのまま真下にぼとんと落下してしまった……やばいっ!
「でも、まだよ。まだチャンスはある!」
幸い落ちた所もコンディションは悪くない。急いでもう一度打てれば、あるいは先にグリーンに辿り着けるかも……。
でも、顔を上げてグリーンを見た時、それが叶わぬ望みであることを知ってしまった。
なんと湊山の操作するユンボが、そのアームを足代わりにして車体を半分持ち上げ、えっちらおっちらとバンカーをまたいで行ってるじゃないの! なにあれすごい!
「すっご……あんな動かし方出来るんだ」
『あの巨大アームは車体を支える足にもなり、バランスを取るポールにもなる。単に土を掻くだけのものではないということだ』
私の横で腕組みして浮いているイーカラハが『見事なり』と頷きつつそう解説を入れる。確かにあの熟練の技法は、私たち土木作業の素人には想像もつかないテクニックだ。
そしてそのアームが、カップをピンごと、ゆっくりと掬い上げた――
『勝負あり! 三番勝負は ”反呉竜府九神将” 湊山椿の勝利なり!』
イーカラハの宣言に、操縦席の湊山さんがにやっと歯を見せて、ぐっと親指を立てる。
「……あーあ、負けちゃったか」
でもまぁ、あんま悔しい気はしない。この朽ち果てたゴルフコースをホームグラウンドとするのは、やっぱゴルファーじゃなくて重機だよねぇ。
『潔し』
「ま、あれだけ凄い操縦見せられちゃねぇ」
やれやれと手を広げてイーカラハにそう返す私。さすがに今回は力負けした感がありありだ。
『だが、このまま終わって良いのか?』
「え? 最後までプレイしてもいいの? いつも急げ急げ言ってるのに」
『早ようせいとは言うが、プレイを捨てろとは言わぬ。最後まで打ち切るのもゴルファーの矜持ではないかな?』
そっか。そう言う事なら、お言葉に甘えて……
「湊山さーん! これから打ちますよー!!」
「ああん? もう終わったじゃろがいに。まぁ好きにしたらええがな、この機械に乗ってたら球には当たらんし」
よし、承認ゲット。じゃあ行きますか……彼の操縦テクにも負けない、ゴルファーの一打を見せないとね。
「ヨイ・ヨイ・ヤァー!」
リズムを取ってクラブを振る。カッシュゥーンと乾いた音を立てて、打球が放物線を描いて、彼のユンボが止まるグリーンに向かう。
すぐに私は息を大きく吸い込んで、口に手を当てて叫ぶ。
※『「ファーーッ!!」』
おっと、イーカラハも同時に叫んだ、さすがゴルフの妖精だ……見た目はともかく。
※「ファー」は人のいる所に打球が飛んだ時、それを知らせる為の叫び声。
打ち出した球は狙い通り、グリーンのエッジでバウンドし……そしてユンボのショベルの中に見事に収まった。
「おおおっ!? す、すげぇー」
ふふふ、湊山さんが目を丸くして感心してる。どーよ、これがゴルファーの実力なんだから♪
練習場なんかでよくある、特定の距離に設置してある網のカゴ。アプローチの練習の為にそこに球入れするためのアレを想定して打って正解だったね。
『ウム。プロゴルファーとしての資質を示したな』
「あはは、私プロじゃないけどね」
『プロの資質、それは見ているものを感動させる事こそにある。少なくとも今お主は、あの男を感動させた、それこそが必要なのだ』
プロスポーツ。それが職業として成り立つには、ギャラリーを魅了するプレイこそが必要不可欠だ。例えスコアが良くてもマナーやギャラリー受けの悪い選手にはプロゴルファーの資格は無い。
それは私の職場のオーナーである太田 瀧氏から何度も聞かされていた事だ。
なるほど、私がプロになれなかったのは、あの大事な一打に魅力がなかったからなのかもしれない。
「なーいす、ほーるいんわーん!」
湊山さんがそう叫んだと同時、彼がユンボごとスゥー、と透明になり……やがて消えて行った。この荒れ地のコースとともに。
「ホールインワンなわけじゃないんだけどねぇ……でも、ありがとー!」
◇ ◇ ◇
「ハイ、ミナトヤマ、仕事の時間デスヨ!」
「ん? ああ、すまんなベガちゃん」
ああ、いかんいかん。昼休みに弁当食った後、眠りこけちゃったか。
ここはアメリカ、カリフォルニアにあるゴルフコース。と言ってももう取り壊しが決まっていて、今日もユンボでせっせと作業にいそしんでいる。
私、湊山椿は親戚の豪人・J・天川の誘いに乗って、アメリカ旅行がてらこっちの現場作業にバイトとして参加していた。なんでも豪人の娘のアメリカ人ハーフ、ベガ・ステラ・天川ちゃんとその彼氏のイルカ君が計画して、このゴルフ場をゴーカートのコースに作り替えるというのだ……まだ高校生なのにすごいな。
すでに別区画では整備も終わり、何台かのカートがやかましい音を立てて走っている。あと数カ月もすれば、ここから見える景色も変わるだろう……。
そう思った時、急にわしの脳裏に、さっき夢で見た光景がふと鮮明に思い出されて行った。
ここより遥かに古びたゴルフコースで、泥だらけになりながら、見事なショットを見せた一人の女子ゴルファーの姿を――
「……なぁ、ベガちゃん、イルカ君」
「ホワイ?」
「なんすかー?」
「このゴルフコース、カート場と兼用で、ちょっとだけ残せんかのう?」
◇ ◇ ◇
「フン! ゴルフも土木作業も、いずれもくだらないわ!」
突然響き渡る凛とした声! その声の主は ”反呉竜府九神将” の次なる刺客!
すでにマントとフードを取り払い、月面車から降り立ってこっちを睨んでいるのは、青い服とベージュのズボンを身に纏った茶髪の女の子だった……なんか肩にリス乗っけてますけど。
「緑の自然を破壊し、住宅や工場、そしてゴルフ場を建設し、巨額のお金を動かして儲けばかりを考える。そんな輩はこの私、蒼き衣をまとって銀色の月面に降り立った環境保護団体会員、風谷 名鹿が、必ず浄化して見せますッ!」
団体なのに会員って……ようするに下っ端じゃないのかなぁ、このヒト。




