彼女の、スタート地点
「さすが坊ちゃま、見事なホールインワンでございますな」
「フッハハハハ、当然だよライオネット、僕の実力を持ってすればゴルフなんて児戯みたいなものさ」
「うそつけえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
1番ホールのグリーンで、カップに入ったボールを指してわざとらしくアピる執事のライオネット(本名:利根来生)さんと、胸を張って高笑いする伊集院に向かって私は絶叫した……ンなわけあるかい!
『では真相を見るとしよう。出でよゴルフ魔具 ”妖精の水晶” ッ!』
イーカラハがそう言って天に両手を掲げた瞬間だった。彼の頭上になんと直径2mはありそうな巨大な鉄球が突如現れ、それをズシンと受け止めたマッチョが、いかにも重そうに地面にズドォン! と地響きを立てて降ろした。
……水晶、とは?
『先程の伊集院の一打を映し給え』
イーカラハが気合を入れて両手をかざすと、一応その鉄球はアニメでよくある水晶みたいに、先程のシーンを映像として映し出した……だから巨大鉄球にする意味はあるの?
ツッコミたいのを押さえつつ映像に見入る。一打目空振り、二打目OBのあとのショットを、クラブから発せられた光をフィルターで消してスロー再生してみると……
なんと打った瞬間に執事さんが飛び出して来てボールをキャッチ、そのままグリーンまで一気に駆け抜けて行ってボールをカップに放り込み、そして帰り道で森の中に入ってお茶とテーブルセットを抱えて戻って来た……この間わずか0.7秒という早業である。
なるほど、執事さんが大汗かいて息を切らしているのも無理ないよね、もう結構なご高齢のようだし……。
「ツッコミどころが多すぎるんですけどおぉぉぉ!」
『彼らのゴルフ魔具 ”主と執事の華麗な契約書” は、この地での生存と共に主人を盛り上げる能力が付加されておる、空振り音やショット音が聞こえるのもそのせいである!』
「そっちはどうでもいいわ!」
あーもう! せっかく夢のコースでのゴルフなのに、これじゃいちいち台無しだよぉ。
「では、今回は僕の勝ちという事で、アデュー♪」
「さすが坊ちゃま、見事な勝利でございましたな」
「何 故 そ う な る !」
帰りかけた二人に怨念を込めてそう引き留める。関わりたくはない人だけど、このまま勝ち誇られるのはもっと癪に障る。
「大幅に譲歩してカップインは認めるとしても、1打目空振りで2打目はOBだったじゃない! ならこれはホールインワンじゃ無くて4打目、つまりパーでしょうが!」
「やーれやれ、庶民のヒガミは醜いねぇ、細かい事まで全く」
「細かくない細かくない」
「まぁまぁ坊ちゃま、彼女の言い分にも一理はあります。どうですかな? 勝利が確定するシーンを優雅に眺める、というのは」
執事さんがそう助け舟を出してくれた。まぁボンボンをヨイショする意図は十分に伺えるけどね。案の定伊集院も「庶民の足掻きを見物するのも貴族の特権」と納得してグリーン横でお茶を始めた。だからここオーガスタなんですけど。
ちなみに私の2打目はグリーンエッジのすぐ近くまで来ていた。ここから1ショット1パットか、あるいは直接パターで行っての2パットなら何とか引き分けには持ち込める。さて、どっちで行くべきか……。
(ここは負けたくない。ならパターなら確実に寄せられる、よし!)
意を決してバッグからパターを握る。と、その時、脇にある古いピッチングウェッジがなんか、私を呼んでいるような気がして、はたと手を止める……。
「あ、そうだ。ここ、オーガスタだった!」
このコースの名物。それは ”ガラスのグリーン” の異名を取るほどの早い芝目だった。幾人もの名選手がパットをオーバーさせて涙をのんだ、美しい底なし沼なのだ。
パターを仕舞い、2本あるPWの内の古い方を引きぬいて、思わず心で感謝する。私がゴルフを始めるきっかけになり、今もひっそりとバッグに仕舞っていた思い出の一本に。
カシュッ
私のいつも通りのアプローチは見事にピンそばに着地して、キュッ、とバックスピンを利かせて綺麗に停止した。うん、パー確実♪
カコン、と音を立てて無事にパーで上がった、これで最低でも引き分けは確実なんだけど……。
「ね、ね、イーカラハ。引き分けだから延長戦よね! ささ、次のホールもよろしくです~」
目をキラキラさせ、精一杯の愛想笑いでイーカラハに詰め寄る私。そう、せっかく夢のオーガスタを回るチャンス、逃してなるもんですか!
「チェッ、これだから庶民は……もういいよ」
伊集院は乗り気じゃなさそうだ。さっきされだけクラブ自慢してたのに、あんまゴルフに興味ないのかな?
「じゃあさ、執事さん一緒にやりましょうよ。せっかくの名コースなんですから!」
「あ、いえ。私はゴルフは、あまり……」
「そそ。だいたいライオネットはクラブ持ってないし、もちろん僕のセレス〇ィアルは貸さないよ」
うわぁ……自分の執事にもそんななのか。執事さんの苦労が浮かばれるなぁ。
「じゃあ、これ使って。私はもう一本持ってるから、PW縛りで勝負しましょう!」
「……よろしいのですかな?」
「もっちろん。教えるからゴルフ楽しみましょうよ」
その勧めに、執事さんはちら、と伊集院の方を見る。彼はぷいっ、と後ろを向いて「勝手にすれば?」とふてくされる。よし、主人の承諾ゲット!
『では参る! 2番ホール ”ピンク・ドッグウッド” 出ませいッ!!!!』
イーカラハがレーキを地面に突き立てると、目の前にロングホールが出現した。うんうん、確かにTVでしか見られない夢のホールだ、うふふ感激っ!
相変わらず『わしが妖精イーカラハ、いいから早ようせい』を連発するイーカラハを尻目に、私と執事さんはPWだけでプレイを進めていく。あんなこと言ってた割に結構上手なのよね、このヒト。
結局8打でここも引き分けだった。計画通……もとい仕方なくイーカラハに次のホールをお願いする。
しぶしぶ彼が3番ホールを発生させている時、私はぽつんと取り残された伊集院さんがなんかこっちをチラチラ見ているのに気付いた……ははぁ、なるほど。
「お坊ちゃんも、いつでも参加していいんですよ~♪」
「だっ、誰がっ……興味ねぇよ!」
ふふふ、揺れてる揺れてる。
で、結局5番ホールから「僕にもやらせろおぉぉぉ」と泣きついてきた。うんうん、やっぱスポーツはやってこそよね。
結局その5番ホールで決着はついた。というより執事さんは伊集院が自発的にチャレンジして来た事で満足しちゃったみたいで、最後は50cmのパットを外して私の勝ちが確定した。
あ、ちなみに伊集院は予想通りのドへたくそでした。
『二番ホール、第二の刺客、これにて撃破成り!』
イーカラハの宣言が響き渡る。「ちっ」とスネる伊集院に対し、執事さんは柔らかい笑顔で「楽しかったですよ」と私に言ってくれた。
「じゃ、これ、あげます」
一度返してもらった私の古いPWを、改めて執事さんに差し出す。これは私が子供の頃、ある人に頂いた思い出のクラブ、そしてそれがゴルフを始めるきっかけになったんだ。
なら、このクラブがもう一度、誰かにゴルフの楽しさを伝える事になれば、それが一番いいと思う。
「ありがとうござます、謹んで頂戴いたします」
まだまだ小娘の私に、うやうやしく礼をしてクラブを受け取る老執事さん。と、その時、執事さんと伊集院、そしてオーガスターのコースがスゥッ、と色を無くして消えていき――
ボトッ、と、彼が手にしていたPWが地面に、ただの月面に、落ちた。
「消え、ちゃった……」
落ちたPWを拾い上げ、残念な気分でそれをバッグに戻す。
(せめて、今日一緒にやったゴルフだけは、彼の思い出に残りますように)
◇ ◇ ◇
石川県の片田舎。古い木造の一軒家に、運送のトラックが入って来る。
「利根さーん、郵便物ですよー」
「おやおや、ありがとう」
中から90歳にもなろうとかという老人が笑顔で出て来る。が、その中年の配達員を見て……思わず身を固めて目を丸くする。
「昴……坊ちゃん!」
「やっぱりライオネットじゃないか! 宛名見た時からまさかとは思って、この僕直々に配達してやって正解だったよ」
伊集院家。明治から続くこの名家は彼、昴の代で完全に没落していた。相次ぐ事業の失敗にバブル崩壊が追い打ちをかけ、使用人はおろか子息の昴までが裸一貫で世間に放り出される事になった。
執事だった利根はそのまま引退したが、昴はここから一念発揮し、日雇いの肉体労働で体心を鍛え、昔家が持ってたコネも最大限利用して、なんとか運送会社の社長にまで持ち直していたのだ。
そして今日、配送物にかつての執事の名前の宛先を見て、わざわざトラックを転がしてやって来たというわけである。
「はて……差出人の名がありませんな」
「そうなんだよなぁ。物はやたら長いし、傘かなんかじゃね?」
とりあえず縁側でお茶などすすりながら、その謎の配達物の梱包を空けていく……。
中にあったのは、一本の古びたゴルフクラブ、だった。
「……あ」
「……これ、って」
二人が同時に声を上げて顔を見合わせ、思わず少し困った笑顔をする。
「いや……なんか夕べ、妙な夢を見ましてなぁ」
「奇遇だね。僕もトンデモなくヘンな夢見たんだよ」
思わずあっはっは、と思わずぎこちない笑いを交わす二人。無理もない、二人が夕べ見た夢とやらが、まさか同じ夢だったとはつゆぞ思わないだろうから。
「こんにちわー。おじーちゃん、いるー?」
家の垣根からひょっこり姿を現したのは、見た目5歳くらいの可愛い女の子だ。
「おお、ランちゃん、いらっしゃい」
「あれー。おっちゃん、だれー?」
「運送屋のおにいさんだよー」
「でも、パパよりおっちゃんだよー」
面と向かっておっちゃんと言われ、ちょっとムスッとする伊集院 昴。
「この子は?」
「お隣に越してきたお子さんですよ。なんでも父親が香港の方でして、情勢がよろしくないので日本に帰化して越してこられたそうです。確か……孟子とかおっしゃる苗字でしたかな」
「偉人の名だねぇ、将来大物になったりして」
突然の幼子の乱入に思わずほっこりする二人。
「ねーきょうはなにしてあそぶー?」
「ふむ、そうじゃな。どうじゃ、ゴルフをやってみんかね」
今しがた届いたばかりの古ぼけたピッチングウェッジをかかげて、笑顔でそう提案する利根。
「ごるふー、うん、やってみたーい!」
陽だまりの庭で、小さな女の子が長いクラブを不器用に持ち、地面に置かれた白球をコツン、と打ち出す。
――それがゴルファー、孟子 蘭の、はじまりの一打――




