太田 瀧のたからもの
『最終洞、 ”三十八万岐路乃夢大地”、達成と見なし、プレイヤー太田 瀧! 見事この伊井唐覇ゴルフコース、完全クリアである!!』
ドラゴン紫炎が満月に消えてほどなく、イーカラハが右手を上げてそう宣言する。
「……いった、のか、紫炎の奴」
満月を見上げたまま、瀧がそうこぼす。それは月に ”行く” と、 ”逝く” の両方の意味を内包した言葉。
『今更行けたかどうかを論議するなど無粋な事。あの紫炎が命をかけたなら、必ずや本懐を遂げるであろう』
「だな……あいつなら、きっと」
神のゴルフコースのキャディとして生を受け、長きにわたり出番を待ち続けたドラゴン紫炎。その生き様を語るなら、必ずやその使命を最後まで果たしただろう、そう確信するものがあった。
『さて、太田 瀧よ。約束通り貴殿にゴルフ魔具を進呈する』
そう言って塔の屋上の床に手を付けるイーカラハ。
『เปิดเมล็ดงา(プーッマレッカ゜ー)』
そう唱えると、塔がゴゴゴゴと振動し、屋上の一角の床ブロックがバラッと外れて、階下に降りる入口へと変化していく。
組み上がった入口にあった荘厳なドアを開け、瀧を招き入れんとするイーカラハ。そしてその先には、超常の力を思わせるまばゆい光が溢れていた――。
『さぁ、入るがよい。お主の持ち球は一つのみだが、上の階のゴルフ魔具にも触れてみるが良かろう』
そう、瀧の残り球はわずか一個。つまり最下層の1階まで降りないと交換景品は無いが、それでもこの塔にある超常のアイテムを経験することは出来るらしい。
だが……
「やっぱ、止めとくわ」
そう言って自分のボールをぽいっ、とイーカラハにトスする瀧。
『……何ゆえであるか?』
ボールを受け取ったイーカラハが、表情を変えぬままにそう問い返す。
「俺、もう、いっぱい貰ってっから。アンタにも、そして……」
そこで言葉を切り、西の空に沈みつつある満月を見やって、言葉を発する。
「紫炎にも、な」
月の光ゴルフコースから迷い込んだこの伊井唐覇ゴルフコース。その奇想天外かつ過酷なハーフを、彼は見事に回り切った。
己の命をボールとし、優秀なキャディに何度も助けられ、過酷かつ不可思議な仕掛けのあるホールを駆け抜けた。
かつて誰も達成していない、全ホールのクリアーを。
「なぁ、アンタ最初に言ってたよな。俺のゴルフの腕を上達させてくれる、って」
瀧の言葉がイーカラハに刺さる。思わず感激しそうになるのを、ぐっ、と堪える。
「俺、分かるよ。確かに上手くなった、そして……もっとゴルフが好きになった」
言った後、ちょっと照れ臭く「へへっ」と笑う瀧。そして続きを伝える。
「だからよ、もう俺はゴルフ魔具とやらを貰ってるよ……だから、ありがとな」
『そう、か……』
そう言ってしばし瞑目していたイーカラハが、ふっと目を開け、今までにない優しい表情で言葉を発する。
『よくぞ言った……その言葉を聞く事こそが、我がゴルフの妖精の本懐なり』
満足そうにそう言った時だった。筋骨隆々のイーカラハの体が、スゥ、と色を無くし始めたのは――
「え……おい! 何かおかしいぞお前……消えて、いく!?」
イーカラハが、そしてこのゴルフ魔具の塔が、富士山や夜空、そして満月までもが、色を失って透明になり始める――
『我の役目は終わった……よくぞ悟ったな、太田瀧よ。それで、いいのだ』
消えながら、満足そうな笑顔でそう語るイーカラハ。
瀧は突然の事態に彼に駆け寄る。その瀧に彼は先程のボールを改めて瀧に手渡す。
『持って行くがよい。それはやがてお主に相応しいゴルフ魔具となるであろう』
改めてそれを手にした時、その球は黄金色に光を発し始めた。それは瀧のみを照らし、イーカラハや周囲の景色を素通りしていく。
「イーカラハ、あんた……」
瀧はもう悟っていた。紫炎の時と同じく今更自分がどうやっても彼らが、いや世界が消えるのを止められないのを。
――汝のゴルフ人生に、幸あらん事を――
全てが消えた。イーカラハも、塔も、その世界すらも。
残ったのは、彼の手に光を放つ、黄金の球ひとつだけ――
◇ ◇ ◇
……
(あ、あれ……ここは、今は、いつ?)
月の光ゴルフコース、そのOBゾーンにある土手の穴の中にて。俺、太田 瀧は目を覚ました。
「なんだ、寝ちゃってたのかよ、ゴルフのラウンド中に……そっか、ここにボールを探しに来たんだっけか」
どうも記憶が曖昧だったが、目が覚めてみれば全部返って来た。そうだ、今日も名前のごとく大叩きして……よりによってこんな場所で眠りこけていたらしい。
(なーんか、ヘンな夢を見てた気がするなぁ……)
上半身を起こして、今の今まで見ていた夢を思い出そうとするも、それは手のひらからこぼれる水のように、思考からするりと抜け落ちる。
「って、さっさと帰らないとな」
そう気を入れて上半身を起こす。と、俺の脇でことり、と何かが転がる音がした。
「なんだこれ……プレゼント包装?」
転がったのは一辺10cmほどの箱だった。ご丁寧に包装紙で包まれ、ラッピングリボンまで結ばれている。
「こんな洞穴の中に……誰が捨てたんだよ、新品っぽいけど」
そう言ってひっくり返して見るも、どこにも名前など書いていないし、メッセージカードなんかも挟まっていない。場所が場所だけに落とし物とも考えにくいし……はて?
「とりあえず、開けて見っか」
仕方ないのでリボンを解いて、包装紙を下面から丁寧にはがしていく、それを取っ払ってみると白い箱が出て来たので、そのフタを開けてみる。
中にあったのは、どうやらマグカップのようだ。
「何だよ、こんなトコになんでこんなモンが……」
そう言いつつ、そのカップをするっ、と取り出す。そして……
――――――!
「あ、あああ……はは、そうだ、そうだよ……思い出した!」
カップを手で包み、吐き出すようにそう慟哭する。そうだ、アレは夢じゃなかった……確かに俺は、あのコースを……
「紫炎……イーカラハっ! なんだよゴルフ魔具って、マグカップじゃねぇか! 変なトコでシャレ利かせやがってよう」
マグカップの横に、あいつらが描かれていたんだ。
腕組みをして不愛想に立つハゲ頭の大男が、そして、赤紫に燃える体を持つ、一頭のドラゴンが……
「夢じゃなかった、夢じゃなかったんだ……俺は確かにあいつらと、あのコースを……クリアしたんだ!」
波のように押し寄せる感情、そして感動を全身で受け、洞窟の先にある青空を眺めて俺は……俺は……
瞳から流れる熱い涙を、止める事が出来なかった――
「アリガトオォォォォォッ!!!! シエーンッ! イーカラハーッ!!」
ゴルフコースの空に向かって叫ぶ瀧。
その空はあくまで青く、そして、深かった。




