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エピローグ そして、次の物語が動き出す……かもしれない

 徳島県、八百万やおよろずゴルフクラブにて。


「じゃあね蘭ちゃーん、また来月ー」

「今度こそはナイスショットをお見舞いするぜ」

「パターさえ直れば、次回の勝ちは貰ったも同然」


 常連三人組がコンペを終えて帰りの送迎バスに乗り込むのを、ここの従業員である孟子 蘭(もうし らん)嬢は、顔を引きつらせながらもなんとか笑顔で彼らを送り出す。

「お気を付けて……腕を上げて来てくださいね、()()()()()!」


 バスが見えなくなって私、蘭はやれやれと肩をトントン叩く。あの3人はここの常連客なのだが、とにかく3人とも下手なせいでキャディやってると本当に疲れる。

 まぁ、彼ら3人が実は私のファンで、ゴルフコンペにかこつけて会いに来ているだけなのに気付くのはだいぶ後の話なんだけど。


「って、あれ? オーナー来てる……挨拶しとかないと」

 駐車場の片隅にある黒い高級車。あれはここのオーナーである太田 瀧(おおた たき)氏のものだ。

 普段はあまり顔を出さない人だが、こうしてたまに突然訪れる事がある。なので従業員としてはきっちり挨拶をして印象を良くしておきたいものだ。


 オーナー室のドアをノックして、中からの「どうぞ」の声を確認してから「失礼します」とドアを開けて入室する蘭。

「おはようございます、オーナー」


――――――――――――――――――――――


 八百万やおよろずゴルフクラブのオーナー、太田 瀧(おおた たき)、当年とって57歳。

 彼がゴルフを始めたのは20歳の時、就職したのが新進ゴルフクラブメーカーだったのもあって、彼も会社の付き合いとして慣れないゴルフに悪戦苦闘していた。


 が、ある時から突然その才能が開花した。会社のコンペでそれまでベストスコアが118だったのを一気に79まで引き上げて周囲を驚かせると、それからもめきめきと力をつけ始め、ついにその会社『龍飛(ドラゴンフライ)』の専属ゴルファーとして、見事にプロテストに合格して見せたのだ。

 

 ツアープロとしての活躍も目覚ましかった。デビュー年に2勝を挙げると、それからもコンスタントに勝ち星を重ね、ついには全米、全英オープンにまで出場する名ゴルファーへと成り上がっていた。

 特に注目を浴びたのが彼独特の打法だ。ゴルフではタブーとされるベースボールスタイルで、なんと球から離れてアドレスを取って打つという離れ業で話題を攫っていた。


 また、彼が自分の会社にオーダーしたゴルフクラブ『紫炎しえん』も、彼の名声と共に大ヒット商品となって、社に大いなる利益をもたらしていた。赤紫色に光るヘッドとシャフトに描かれたドラゴンのイラストのそのドライバーは、多くのゴルフファンを魅了する名器となったのだ。


 その彼も5年前に引退。その後田舎の徳島に引っ込むと、古いミニコースを買い取って、それなりに立派なハーフコースに仕立て上げ、そこのオーナーに収まったという訳だ。


――――――――――――――――――――――


 入室してきた蘭に、柔らかい笑顔で言葉をかける瀧。

「ああご苦労さん。今日もあの3人がコンペに来てたようだねぇ……腕前は相変わらずかね?」

 その質問に特大の溜め息と共に盛大に首を垂れる蘭。3人のコンペの優勝者のスコアが+119と言う時点でお察しである。


「ま、コーヒーでも飲んで一服したまえ、ちょうどお湯が沸いた所だよ」

 そう言ってサイフォンを手に取るオーナーに、蘭は「私がやりますから」と言って食器棚からコーヒーカップをふたつ取り出す。従業員用の自分の分と、そしてオーナーお気に入りのマグカップを。


「いつもながら……趣味の悪いマグカップですねぇ」

 蘭がしみじみと嘆くのも無理はない。そのカップには筋骨隆々の大男と、赤紫色の炎を纏ったドラゴンのイラストが描かれているからだ。何かのアニメという訳でも無く、子供向け商品かと言うとそんな風でも無い。


「これは、私の宝物だよ」

 蘭が入れたコーヒーを満足そうにすすってそう返す瀧。どこか懐かしそうな、そして嬉しそうな表情で。


「そうそう、今月あの3人も来た事だし、少し提案があるんだが」

「え、はい。なんでしょうか」

 かしこまる欄に、瀧は机の引き出しから洒落た封筒を取り出すと、それを蘭の前にぱさっ、と置いた。


「これは……旅券と温泉宿のチケット、それに……月の光ゴルフコース無料優待券?」

「うむ。山梨県にあるちょっと大きなコースだよ。ソロでも回れるコースだから、旅行がてら一週間ほどゆっくり楽しんで来るといい」


「ええっ!? そんな、いいんですか?」

 突然の提案に驚く蘭。社員旅行すらロクに無いこのご時世に、私だけがそんな楽しい旅を社費で堪能していいんだろうか、と。


「ま、表向きは他のコースの視察という形になっている。君も以前はプロを目指していたんだろう? ならその眼力で他のコースの良い所を勉強して、報告してくれればそれでいい」


 蘭にとっては降って湧いた幸運ラッキーイベントだ。この八百万やおよろずゴルフクラブ成立時は『あの太田瀧のコース』として盛況したものだが、ゴルフブームが衰退した昨今、この仕事もすっかりヒマになり、将来に不安を抱えていた所だった。


「いいんですね……やったやった、旅行だー♪」

 嬉々として飛び跳ねる蘭。めんどくさい客の相手で疲れていた所にまさかのサプライズで、まるで少女のようにはしゃいでしまう。


「じゃあ、ありがたくご厚意に甘えます」

「うむ、気を付けて行ってらっしゃい」


 ウッキウキでオーナー室を去っていく孟子 蘭(もうし らん)。そんな彼女を見送って、オーナーの太田瀧は、手元のマグカップを掲げてそこに描かれているイラストを見て、ふふっ、と口角を吊り上げる。


「蘭ちゃん。君もかつてはプロテスト最終試験まで行った。その夢が……もっと()()()()()()()()()()()という想いがまだくすぶっているなら、もしかすると、()()()()()()()があるかもしれんな」


 瀧は想いを馳せる。かつて自分があそこで経験した、なんとも奇妙な出会いと経験、そして何にも代えがたい――



 ――不思議な、ゴルフを。




 第二章 太田おおた たきの不思議なゴルフ

 おしまい


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