/第八の洞、天頂制覇凶殺呉竜府、也!╲
森を抜けると、そこは雄大な山の裾野だった――
「ふ……富士山じゃねぇかっ! いつの間にこんな近くに!?」
瀧が目の前にそびえる山を見上げて思わず声を出す。遥か天頂に万年雪を残し、そこから末広がりの曲線を描いて麓に続くその独立した山は、日本一の富士山に間違いなかった。
『左様。貴様が今までさまよっていたのは、青木ヶ原の樹海である』
「自殺の名所じゃねぇか! ンなところにゴルフコース作るなあぁぁっ!」
確かに今日、瀧が練習に来ていた月の光ゴルフコースは山梨県の、富士山が見える風光明媚なコースではある。
だがそこの洞窟に踏み込み、幾多の危機を抜けて出た先がまさか富士山のふもとになっているとは、さすがに予想していなかった。
「……で、今回も天の声よく聞こえなかったんだけど、8番ホールってどこなんだ?」
『この山である!』
「……は?」
『見よ! 山の天頂にちゃんとピンがあるであろう、この山頂の火口こそがカップである!!』
「えーっと、冗談、だよな?」
『洞名 ”天頂制覇凶殺呉竜府” であーる!』
「……なんだそのどっかの漫画みたいなタイトルわあぁぁぁぁっ!!」
見上げると確かに、山頂付近から天に向かって一本の太い線が伸びている。ゴルフのピンというよりは、バベルの塔でもおっ建っているかのようである。
『お主はこれから、命のゴルフボールを、クラブを持って山頂まで押し上げる事』
「だーかーら、普通に話を進めるなっての、無理だ無理!」
瀧がもっともな力説をする。麓付近はまだいいだろうが、勾配がきつくなると打ち出した球が止まった後、麓に向けて転がり落ちていくのは当然の話だ。
また五合目あたりまでは普通に森で、ンなトコでゴルフやってもボールを見失うのが関の山だ。持ち球の21個なんかあっという間に無くすだろう。
『安心せい。このホールは特別ルールとして、ショット後のボールの最大到達点より下なれば、プレイヤーやキャディがボールを手にする事を認めておる!』
「えーと、つまり……打った後に力尽きて転がり落ちてくるボールを、手で止められると?」
『左様。ボールを打ち上げるのはショットしか認められぬが、落下を止めるのは許可する』
そのルールにうーん、と山頂を見上げながら思案する瀧。
(いや、普通に考えてゴルフしながら富士登山なんて無理だろ……)
普通、富士山に登るとなればそれなりの装備や訓練が必要になる。今日ゴルフに来ていた瀧が、ゴルウウェアのまま気まぐれで登れる山ではない。だが……。
(ここまでこの無理ゲーをやってきたんだし、出来れば最後までやってこのイーカラハをヘコませたくはある……どうする?)
その瀧の肩を、後ろからちょんちょん、とつつく指があった。
「……紫炎、か」
〝フンゴ、フンゴ〟
『迷うまでもあるまい。お主には空飛ぶキャディがついておる。こ奴ならロストボールも転落の危険性も、ずっと少なくなるであろう』
確かにその通りである。打球をこのドラゴンに追いかけて貰えば、球をロストするリスクはかなり減らせるだろう。まして登山後半になればボールはもとより瀧自身も滑落の危険があるが、紫炎がいればその危険を減らす事が出来るだろう。洞窟の崩落時にも紫炎に肩を掴まれて飛んだのだ。何らずっとそうして貰えれば山登りの苦労も無くなる……。
そう前向きな考えになってきた瀧に、イーカラハがさらなる後押しをする。
『今までこのホールに来た者で、ここをクリア出来なかった者はおらん。皆キャディがゴブリンであったのにだ!』
その言葉を聞いて瀧の腹は決まった。彼らに比べたらずっとイージーじゃないか……だったらこんな所でギブアップして恥を晒すわけにはいかない。
「……分かった、やってやんよ! じゃ、頼むぜ紫炎ッ!」
言ってティーを差し、命のボールを乗っけて紫炎に向かってアドレスを取る。その意思を受け、例によって尻の穴を向ける赤紫色のドラゴン。
パキイィィィッ――ズボーン!
〝クッキャアァァァァァァ~~♡〟
強烈なフルショットが見事、紫炎の尻の穴に収まる。全身を反り返らせ、今までにない程のエクスタシーを堪能するドラゴン。
「さぁ、あと2ホールだ……行くぜ紫炎」
改めてボールをセットし、富士の頂に向き直る。
〝フンッ!〟
応えて5番ウッドを差し出す紫炎。山登りともなると、ある程度高い軌道を生むクラブが必要だ、ドライバーなんかじゃもう山を登って行くことは出来ないであろう。
瀧がアドレスを取る。紫炎が翼をはためかせ、彼の後ろでぶわっ、と浮き上がる。打ったボールが何処に飛んでも、それを追いかけて見失わない為に!
『それでは、第八の洞、”天頂制覇凶殺呉竜府、始めませい!!』
「行けやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
カッシュウゥゥゥーーン
瀧のフルショットが美しい軌道でボールを叩く。打ち上げられた白球は見事な航跡を描き、美しい山の下部を占める森の中へと吸い込まれていく。
〝フゴオォォォーーッ!〟
同時に紫炎が一吠えして、猛然と打球を追いかけて行く。風を巻き上げ森の木々を揺らし、ボールを追撃して森の中へと突っ込んでいった。
『ナイスショットである! さ、いいから早ようせい』
「へっ、アンタに褒められるってのも悪くねぇな」
そうイーカラハと会話を交わした瀧が、打ち出した山の中へと分け入って行く。ほどなく紫炎の咆哮が鳴り響き、その声のする方向へとずんずん進んでいく。
それを腕組みしたまま見送るイーカラハが、ふふ、と口角を吊り上げて、彼の行く末に想いを馳せる。
(先の7番洞、表のクリア後ならば、普通に登山道からのスタートになる。故に道を辿って少しづつ打ち出して、道から落ちそうになればゴブリンに止めて貰えば、やがては山頂に辿り着くのであるが……この森からのスタートで果たして山頂まで辿り着けるかな? 太田 瀧、そして紫炎よ!!)
そして彼もまた腕を組んだ直立不動の姿勢のまま、瀧達の元へスーッと飛んで行くのであった。
――残りの球数、あと20個――




