紫炎流! 超簡単なスライスの直し方!!
カッシュウゥーン――
瀧の都合6打目のショット。だが綺麗に打ち出されたそれも、やがて弧を描いて右の森に姿を消していく。
「くっそ、がぁっ!」
嘆きを吐き出しながら天を仰ぐ瀧。今までのショットは6発中2発がミスショット、残りの4発も左スレスレに打ち出したにもかかわらず、スライスを描いて右のOBゾーンへと向かってしまった。
「ドラコンって分かった時から嫌な予感はしてたんだよ……こんな狭いフェアウェイじゃ話にならねぇ!」
◇ ◇ ◇
ゴルフのショットがスライスする。これは物理法則を考えたら、ごくごく当たり前の話なのである。
そもそも打つ人がボールの左側に立って右にあるボールを打つのだから、ボールがクラブの面に当たってから離れるまでの短い間、体のある左側に引っ張られたクラブの面が、ボールに右回転を与えるのは至極当然なのである。
野球に例えるなら、サイドスローで投げるピッチャーの球が自然にシュートしていくのと同じ原理だ。
ましてゴルフクラブの棒の部分は案外グニャグニャとしなるものである。勢いよく振り抜いたらクラブはムチのように曲がり、ボールを打つカタマリの部分が手の動きより遅れて出て来る為、どうしても打面が開く、つまり外を向くということだ。
加えて軽いゴルフボールとはいえ、それを打った時には質量と衝撃が負荷となって命中点にかかる事になる。腕から伝わる棒の延長戦上である根本は先に進もうとしているのに、ヒットポイントは球の抵抗を受けて止まろうとするので、ますますクラブの面はねじれ、開いてしまうというわけだ。
かくしてゴルフ初心者は、すべからくこのスライスに悩まされることになるのである。
◇ ◇ ◇
〝フンゴー、フンゴー、フンフンッ!〟
見かねたドラゴンの紫炎が瀧のチャレンジを止め、ティーアップされた球を中心に地面に斜めのラインを描いてコツを伝授しようとする。ちなみに尻穴直撃は未払いである。
「わーってるよ、インサイドアウトで打てってんだろ?」
〝フンフンフン!〟
感情の無い口調で述べる瀧に、紫炎は首をタテに振って笑顔を見せる……が。
「出来ねぇんだソレ。正直、自分の今のスイングで打つのでいっぱいいっぱいなんだよ」
諦めにも似た表情でそう返す瀧に、思わず固まる紫炎。
(無理もない、あ奴がインサイドアウトのスイングを会得するのは並大抵ではあるまい)
イーカラハが瀧達を見てそう嘆く。最初にあの男の握りとスイングを見た時から、野球経験者である事は想像がついていた。
そういった者は、なまじ野球の打ち方で棒を振る形が出来上がってしまっているために、なおの事ゴルフのスイングに矯正するのが困難なのだ。
インサイドアウト。
振りかぶりで体の背中側にクラブを持ってきて、打ち出す時にはナナメ前方に投げ出すように振る、ドライバーショットの基本の打ち方。
野球の右バッターで言うならライト方向を狙う、いわゆる ”流し打ち” に近いスイング。
そんな事をすればますます右に飛んじゃうじゃないか、と思う人は多いだろう。だがボールを打つ面がちゃんと狙う方向と直角に向いていれば、当たった瞬間にボールに左回転を与える事が出来る。
それを振り抜くことで発生する右回転と相殺させれば、ボールは真っすぐに飛翔することになる。ましてスライスで曲がっていた無駄な距離の分も真っすぐに飛ぶのだから、飛距離は飛躍的に伸びるのだ。
だが、瀧の言うように、それは初心者にとって並大抵の難易度の技術ではない。
そもそもこの長いクラブを振り切って正確に球に当てること自体、初心者には簡単ではない。自分に馴染みのあるスイングならまだ少しの練習で叶うだろうが、振りかぶりで窮屈に縮こまって、打ち出す時には投げ出すように振り抜いて、それで正確に球に命中させて、かつクラブの角度にまで気を使えと言うのはどだい無理な話なのだ。
瀧もまた、このスライスの矯正はなかば諦めていた。無理にインサイドアウトに振らなくても、右に曲がるその分打面を閉じて左に打ち出せば、曲がる量を減らしてフェアウェイをキープする事は可能だ。
そうやって折り合いをつける事で、なんとかコースを回るだけの立ち回りを身につけていたのである。
だが、飛距離を求められるドラコン、そしてこのステージの狭いフェアウェイではどうしようもなかった。瀧のフルショットの飛距離は曲がるせいもあって転がりも込みで180Yが限界であるし、それ以前に球をフェアウェイに残せない、左を狙いすぎると木の枝に引っかかるからだ。
ハァ、としゃがみ込んで、自分の境遇を呪う瀧。
(上司や先輩方にも散々言われたよなぁ、インサイドアウトに変えろって。でもなぁ、努力はしたんだよ、いろんなサイトや雑誌を見て……けど、結局身につかなかったよ)
これだけ初心者の壁になっているスライスの克服法。そんなのはネットでも雑誌でも山のように載っている。
だが、それはあくまでそれが当たり前のレッスンプロやライターによって書かれた記事でしかない。出来ない者にとって、それは出来る者の机上の空論でしかないのだ。
もちろん専属のレッスンプロにマンツーマンで教えられれば、数カ月もすればちゃんとした球がコンスタントに打てるようになるだろう。
だが、瀧には《《いまここで》》、真っ直ぐに飛び、かつ飛距離が出る一打が必要なのだ。
(やはり、無理であったか。ここまでのようだな、太田瀧!)
イーカラハが瞑目してそう結論付ける。今のあの有様では残りの球を全てつぎ込んでも、200Yオーバーを打つ事は叶わないであろう。
つまり、ここで瀧の命運も尽きる、といううわけだ。
◇ ◇ ◇
地に伏して動かない瀧。その目の前で、ドラゴンキャディの紫炎が進行方向に陣取り、背中を向けて尻を出す。
〝フンゴ、フンゴッ♪〟
「ああ、なんだよ。また尻に打ってくれってか? いいよ、どーせ飛ばないんだし」
やれやれと立ち上がって、ティーに乗った球を、なかばヤケで撃ち出す瀧。
スッパァァァーン
ズボン
〝フオォォォォ~~♡〟
例によってのルーチンでエクスタシーに浸る紫炎。もちろん瀧の命はしっかりと消費されている。
と、落ち着いた紫炎がティーグラウンド前方で座禅を組み、打ち出しに通せんぼをするような形で、頭を両手でツンツンと叩いてから腰に組み、瞑想を始めた。
心なしかどこからかポクポクポクという木魚の音が聞こえてくる気がする……
――チーン――
くわっ! と目を見開いた紫炎がすっくと立ちあがり、そのままティーに乗っているボールをひょい、とつまみ上げ、少し瀧の体側に置き直した。
「な……なんだよ。直ドラ(※)で打てってのか?
(※ティーアップせず、地面に直接置いた球をドライバーで打つ事。極めて難しい)
驚いた瀧の言葉にこくこく頷く紫炎。そして手振りでスイングの真似をし、打たれたボールがスライスで曲がるリアクションをした後、両手でマルを作る。
「スライスしてもOKってか? 知らねぇぞ」
仕方ないのでティーから15cmほど体側に置かれたボールを、直接ドライバーで打つ瀧。キィンと音を立てて撃ち出されるが、完全にトップしたその球は地面を転がっていくのみだ。
「ほれ見た事か……せめてティーに乗せないと話にもならないぜ」
そう嘆く瀧だが、紫炎は相変わらず笑顔のまま、ちっちっちと指を振って、再度同じ所にボールを置く。
「いちおー俺の命らしいんだけどなー、この球。これがラストだぞ、っと!」
そう言いつつ振りかぶったその時だった。紫炎の目がギラリと光り、右手に込められた魔力を瀧の方にぐい! と突き出し、その呪文を詠唱する!
〝นี่คือโลก!〟
瀧のバックスイングが頂点に達したその瞬間、紫炎が放った魔力が瀧を包み込み、そしてその動きを完全に止めて見せた!
(な……何だ? か、体が、うごか、ねぇ……紫炎のヤツ……何を)
クラブを振り上げたまま体を固められ、身動きが取れない瀧が冷や汗を流す。
『キャディ紫炎よ! アドレス中のプレイヤーに魔力で後押しするのは禁じ手である!!』
イーカラハが思わず口調を荒げてそう警告する。彼にしてみれば紫炎が瀧の体を乗っ取って、正しいフォームで撃ち出させるとでも思ったのだろう。
だが、次の紫炎の行動はイーカラハの、そして瀧の想像をはるかに超える物であった!!
紫炎は地べたに置いた球をひょいとつまみ上げ、それを外側にあるティーの上に戻した――
『あ!!』
「あ!!」
イーカラハが、そして硬直した瀧が、その行動の真意を瞬時に読み取った。
今の今まで瀧は、その地べたに置かれた球を打つために振りかぶっていた。だがそこで体を固められ、そしてボールを体からより遠くのティーの上に置き直したのだ。
つまり、このまま球を狙って打てば、瀧本来の振りかぶりから、外側にある球に向かってインサイドアウトの軌道に、勝手になってしまうではないか!
〝|และเวลาเริ่มเ《レ、ウェーラールーム》คลื่อนไป〟
紫炎が再び呪文と詠唱した時、体を止められていた瀧が、弾き出されるようにスィングを再開した。
元々球があった場所から、やや遠くのティーの上へと狙いを変えて――
カチイィィィーン!
打ち出された球は、見事なストレートラインを描き、フェアウェイの中央へと真一文字に飛んで行った。
『何と! あのキャディ、インサイドアウトのフォームを作るのではなく、軌道を作りおった!』
窮屈な姿勢で打たせるのではなく、ボール自体を遠くに置くことで、斜め打ちの軌道を描かせるという発想の転換!
思えば野球の流し打ちでも、外角球の方がそれを成しやすいのだ。内から外へと振る為に、初動を縮めるのではなく、振る方向を遠くにとって伸ばさせるという方法を突貫でさせてみせた!
そう、フォームを変えずにインサイドアウト軌道を作りたいなら、ボールを遠くに置けばいいだけの事なのだ!!!!
「す、すげぇ……すっげぇ伸びたぜ、今の球!」
〝フンフンフフンフーン♪〟
感激する瀧に、(作戦通り)という笑顔でドヤ顔する紫炎。さすがにリズムの崩れたスイングなので170Yほどしか飛ばなかったが、もしあれでフルショットをすれば……そう思った瀧の目が、今まで無いくらいにらんらんと輝く!
バキィッ!
ガスッ!
ブゥン!
パッキャアァーン!
空振りやミスショットを繰り返しながらも、さっきの感覚を頼みにドライバーを振り続ける瀧。
そして、その振り方を試してから12打目――
――カッチィィィィーーーン――
太田 瀧、生涯最高の一打が見事な直線軌道を描き、180Yの看板の向こうへと着弾、そのままポーンポーンとバウンドを続け……
ついに200Yの看板を、イーカラハの球を、追い越して見せた。
「いやったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
天に向けてドライバーを掲げ、思わず吠える太田 瀧。
そして、歓喜して紫炎と抱き合う瀧を見て、イーカラハは若者の殻を破る瞬間を目にしてフフッ、と笑い、高らかに宣言した。
『第六の洞、怒羅魂素比律屠、見事達成也!』
――残りの球数、あと26個――




