03 龍の王を捨てても
「二百年前。君たちが封印される前に、二年間過ごしていたこと。彼が龍の長の立場を捨てて、ヴェンデルガルトと過ごしたこと。彼の遺言で、レーヴェニヒ王国が君たちを封印した卵を迎えに来る予定だったこと。彼は生まれ変わって、ヴェンデルガルトを迎えに来ようとしていたこと――南の国の戦いの後に、少し聞いたことは覚えている。だが、彼とヴェンデルガルト嬢との繋がりを、もう一度確認したいんだ」
ジークハルトは、懐かしむような顔をしてそう切り出した。
春から夏にかけて、ヴェンデルガルトが誘拐されて南の国の戦争に巻き込まれた時だ。ジークハルトにとってあの戦いは、たくさんの出会いがあり、異国の歴史を知る機会にもなった。だからこそ、彼にとって特別だったのかもしれない。
そこで出会ったレーヴェニヒ王国の将に、コンスタンティンの遺言を聞いた。そのことを、五人はヴェンデルガルトから聞いていた。
「分かりました。では、ヴェンデルガルト様がコンスタンティンと出会うきっかけとなった出来事から、お話しいたします」
「ああ、頼む」
ギルベルトやイザークは、バッハシュタイン王国の文献をかなり読み込んでいると聞いた。しかし、書物のほとんどは王国が滅んだ時に焼失しており、残っているものは少ない。
たくさんの出来事が重なって、ヴェンデルガルトに聞くタイミングを失っていた。
「二百年前のバッハシュタイン王国は、今よりも冬が長く寒さが厳しかったと思います。そして、魔獣がとても多くて龍の加護がなければ早くに滅んでいたかもしれません」
一年ほどバルシュミーデ皇国で暮らしてみて、ビルギットが感じた二百年前との違いだ。
ヴェンデルガルトのために用意された、ドレスやショール。二百年前より薄くて軽く、肌が出るデザイン。その生地に触れるたび、ビルギットはかつての国を思い出していた。
「東より現れる魔獣が多く、雪の中での戦いは大変だったと聞きます。そのため、雪が比較的少ない場所まで領地を広げ、そこで魔獣を迎え撃とうという案が出たそうです。当時、東の国――レーヴェニヒ王国はまだ小さく、魔獣への対処に手を焼いていると思われていたのです。あくまでも東への進軍は双方の国のためだった――と聞いています」
「レーヴェニヒ王国が大きくなったのは、バッハシュタイン王国が滅んだくらいの時だったか。その時は、レーヴェニヒ王国と名乗っていなかったな」
ジークハルトが、カップをテーブルに置いて記憶を手繰るようにそう呟いた。
「バッハシュタイン王国が進軍すると、東より龍が現れて道を止めました。そこから、バッハシュタイン王国は魔獣と龍と戦うことになったのです」
「それが、コンスタンティンなのか?」
言葉を遮って質問するランドルフに、ビルギットは小さく首を横に振った。
「いえ。最初は、言葉を話さない小さな龍でした。東の国付近には、バッハシュタイン王国が把握していた以上に、たくさんの龍が住んでいたようです。応戦していた龍はバッハシュタイン王国の兵が撤退すると、それ以上追うことはなく東に帰っていきました。その様子を何年も見て、龍が東の国を守っているのだと理解したのです」
ビルギットはそこまで言うと、小さく頭を下げてからお茶を飲んでのどを潤した。
「そこで、アンスガー・エクムント・ケーニヒスペルガー王が龍と交渉することになりました。バッハシュタイン王国は、東の国を攻めるわけではない。国に来る魔獣を倒したいだけだと。王の手紙を龍に渡した後、バッハシュタイン王国に大きな一匹の古龍が姿を現しました」
古龍、と聞いて三人は緊張したように小さく頷いた。
「『百年に一度、魂の美しい人間の女を一人捧げれば、王国に攻め入らない。また、手に負えない魔獣を始末しよう』そう、古龍は人間の言葉で王に交渉しました。王たちは、その条件を飲みました。これが、バッハシュタイン王国で千年続いた『聖なる乙女』の儀式です。ヴェンデルガルト様は、その千年目だった一六〇〇年に自ら進んで名乗り出ました。そして、この儀式はヴェンデルガルト様を最後に終わったのです」
「――結果的にヴェンデルと仲良くなったのはいいけど……捧げるって、嫌な言葉だな」
カールが、悲し気にそう言った。ジークハルトもランドルフも、同じ気持ちだというように黙り込んだ。
「あの時のコンスタンティンは、言葉選びが下手だったのです。彼も色々あって人間との交流をできるだけ避けていたため、よくない言葉だと知らなかったんです。申し訳なかった、と謝っていました」
ヴェンデルガルトを思ってくれている彼らに、ビルギットは優しく瞳を細めた。
そもそも文献でしか残っていない言葉だ。「生贄を探していたのか」と尋ねたビルギットに、反論も言い訳もせず、丁寧に謝ってくれた。「私のそばに居て欲しい。そう、言いたかっただけだ」と。
ビルギットにも、常に彼は誠実だった。
「龍には、『番』と呼ばれる魂の伴侶が存在するそうです。もちろん、全ての龍に存在するものではありません。コンスタンティンは全ての龍の王となるべき存在で、龍の神様と呼ばれるほど特別な存在だったと聞きます。ですが、自分には『番』がいると感じたコンスタンティンは王の座を捨ててヴェンデルガルト様を探し続けました。そうして、ようやく出会えたのです。出会った瞬間に、自分はヴェンデルガルト様に会うために生きてきたのだと分かった――そう感じたそうです」
その言葉の重さに、三人は改めて言葉を失ってしまった。千年かけて探し、全てを捨ててヴェンデルガルトを愛した男。たった二年しかそばにいられなかった、その無念さ。
そして、その大きすぎる愛に自分は立ち向かえるのか、と。
「生まれ変わるまでヴェンデルガルト嬢とキミを封印して、この世界から隠す……俺には、理解できない。あまりにも、勝手すぎないか? ヴェンデルガルト嬢は、所有物ではない」
ジークハルトは、龍の執着を怖いと思った。深い愛だとは思うが、ヴェンデルガルトの想いに配慮が出来ていない。
治癒魔法という、現在では消えてしまった稀有な魔法を使える。それでも、ヴェンデルガルトは自分たちと変わらない人間だ。彼女は、何千年も生きる龍ではない。強すぎる独占欲に支配されているようで、不憫だと思った。
「それが、人間ではない――『番』を持つ龍の愛し方なのです」
ビルギットは、乾いたような声音でそう小さく呟いた。彼らに説明する為なのか、自分を納得させるためなのか。
「以前この話をした時に、カール様は『生まれ変わっても、同じじゃない』と、仰られましたよね」
ビルギットは、カールに視線を向けた。カールは、大きく頷いた。
「私も今は、そう思います。コンスタンティンは、もうコンスタンティンではない。ですから、ヴェンデルガルト様には新しい道を選んで欲しいのです」
優しい日の光が当たる部屋を、少しの静寂さが支配しているようだった。
ヴェンデルガルトを大切に思い、コンスタンティンとも一緒に生活をしていたビルギットは、こわばった顔ではっきりとそう言った。




