04 コンスタンティンを忘れて
ビルギットらしからぬ言葉や表情に気が付いたのは、ランドルフだった。彼女の様子を見ていたランドルフは、静かに彼女に言葉を向ける。
「ビルギット。コンスタンティンと、何かあったのか?」
その問いに驚いたのは、ビルギットだけではない。ジークハルトもカールも、思わずランドルフに視線を向けた。
「……はい」
ランドルフに真っすぐ見つめられたビルギットは、メイド服の端をぎゅっと握った。
「コンスタンティンの生まれ変わりだと、私やヴェンデルガルト様に接触してきた人物がいます。レーヴェニヒ王国の、ラファエル様です」
「ラファエル王?」
さすがに、ジークハルトとランドルフはその名に覚えがある。カールはレーヴェニヒ王国の名はもちろん知っているが、王については詳しく知らないようだ。怪訝そうな表情をしている。
「確か、十七歳で王位を継承した若い王だ。三年前にラファエル王が戴冠した際、挨拶の使者がバルシュミーデ皇国に来たな」
ランドルフが、記憶を辿るようにそう呟く。隣でジークハルトは頷いた。
「ああ。レーヴェニヒ王国では、自国に来賓を招くことが少ない。王の姿は、俺たちは見たことがない」
「ビルギットは、どこで会ったんだ? もしかして、南の国の戦いのとき?」
不思議そうなカールの言葉に、ビルギットは首を横に振った。
「その時じゃないの? え、じゃあ……」
「まさか、バルシュミーデ皇国内に、王が来ていたのか!?」
そんな話は、誰からも聞いていない。一国の王が他国に何の連絡も入り込んでいたという衝撃的な話に、ジークハルトは少し表情をこわばらせた。
「ラムブレヒト公爵の事件の時に、ヴェンデルガルト様が体調を崩されました。その時、城の市場で声をかけられたんです。ヴェンデルガルト様のために、毒消し草を私に託されました。おかげで、ヴェンデルガルト様は回復しました。長い黒髪に、赤い瞳の東の国風の服を着た青年です」
ジークハルトたちは、顔を見合わせた。
非常事態ではないにしても、バルシュミーデ皇国の城内にやすやすと侵入された。ジークハルトは、城の警護を指揮する赤薔薇騎士団長として、屈辱的なその事実に唇を嚙み締めた。
「ラファエル様は、不思議な力をお持ちのようです。その力で、城内に入られたと思います」
ビルギットは、ラファエルがバルシュミーデ皇国に来たのはヴェンデルガルトのためだと理解している。その結果ジークハルトに恥をかかせてしまったと、申し訳ない気持ちになった。
「兄貴、過ぎたことは仕方ねぇ」
ランドルフも、ビルギットを庇うようにそう言葉を続けた。ジークハルトは深く息を吐いて呼吸を整えると、眉間を指で挟んで軽くほぐす。
「ラファエル様は、コンスタンティンの記憶はないと断言されています。『コンスタンティンは蘇らない。ヴェンデルガルトは、新しい幸せを探した方がいい』と、私に言いました。ヴェンデルガルト様にも、同じことを伝えたのだと思います。ノッケルガーという記憶を曖昧にさせる東の薬を、ヴェンデルガルト様に渡すよう預かりました。その薬を飲んだヴェンデルガルト様は――今はコンスタンティンを、一緒に暮らした仲の良い友人だと思っていらっしゃいます」
ビルギットから聞いた話は、色々と衝撃だった。ジークハルトは椅子にもたれかかるように姿勢を変えて、天井を見た。普段の彼らしからぬ仕草だ。
「なんかさ――なんだか、苦しいね。ヴェンデルが笑えるように、何とかしてあげたいよ」
カールの言葉には、飾らない優しさがあふれている。ビルギットは滲んだ瞳を隠すように、にっこりと笑った。
「ですから、皆様。ヴェンデルガルト様のために、春の祭りのドレスを選んでください。素敵なレディの成人の日を、祝ってください。きっとヴェンデルガルト様は喜んで、たくさん悩んで選ばれると思います」
遠くで、鐘の音が鳴った。そろそろ、昼を迎える時間を知らせている。
「長い時間、すまなかった。ヴェンデルガルト嬢のそばに居るのが、君で本当に良かった。ありがとう」
彼らにも、騎士団の仕事がある。ジークハルトは立ち上がると、ビルギットに軽く頭を下げた。
「これは、今日の礼だ。カリーナも喜ぶんじゃねぇか?」
ランドルフが差し出したのは、春の祭りのために作られている、ギィーナフと呼ばれるお菓子だ。毎年人気で、祭りの時期にしか作られない。貴族にも庶民にも人気で、なかなか手に入らない。
そういえば、カリーナはしばらく食べられていないと嘆いていた。
「俺が、部屋まで送っていくよ。今日は俺がテオの散歩に行くからさ」
カールはそう言って、ドアを開けてビルギットを促した。テオは、ジークハルトがヴェンデルガルトに送った人によく懐く魔獣だ。騎士たちは、テオをとても可愛がっている。
「ジークハルト様、ランドルフ様、カール様」
ビルギットは立ち上がって、深々と頭を下げた。
「ヴェンデルガルト様を、どうか幸せにしてください。よろしくお願いします」
ビルギットは、心優しい主人のために心からそう彼らに願った。
ジークハルト達に、伝えていないことが一つある。
「東の国は――君たちに似合わない。とても不幸な国だから、巻き込みたくない」
ラファエル様の言葉が本当なら、もうヴェンデルガルト様につらい思いをしてほしくない。




