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そして、ついに迎えた今日の『本番』――――
ローゼンエスト公爵家へ馬車が列をなし招待客が続々とやってきた。
公爵家の使用人たちはテキパキと招待客たちをさばいていく。
陽光が入り明るく広々とした舞踏会場は昼前にはグラスを片手に談笑をする紳士や貴婦人たちでいっぱいになった。
高い天井を支える石柱が広間の両脇に立ち並び、豪華な花々が会場を彩っていた。
大きく長いテーブル上には真っ白な白磁の皿と私が磨き抜いた純銀製のカトラリーと共に、さながら有名ホテルのランチブッフェのように一つ一つが小ぶりだが技のきいた食事が様々に趣味よく並べられている。
さらにその近くには小さめの丸テーブルと椅子がいくつも用意され、さっそく令嬢たちが目当てのデザートを愉しんで歓談し祝いの場にさらに華をそえていた。
私はそんな光景を片隅に設けられたカウンターの中で、メイド見習いちゃんたちや厨房の見習い君たちにまじり裏方をしながら見ている。
ここでの仕事は会場を華麗に動き回る同僚たちが空いたグラスやトレーを持って戻れば飲み物や食事、デザートなどをせっせと補充し彼らを送り出すことだ。
メイド長から私はカウンターの見習いちゃんたちの後ろに隠れているように言われた。
それも仕方ないだろう。貴族の冠婚葬祭といえばだいたい揃う面子は決まってくるもの。
早々にレンナートの婚約者として紹介されていた私は知り合った夫人や令嬢たちからお茶会に呼ばれて交流もしていた。なのにこんな状況でメイド姿でキリキリ働く私を目にすれば激しく戸惑うだろうと言われれば、納得するしかなかった。
吸血姫はまだ来ない。どんな王女なんだろうと想像すると緊張で胸がドキドキとする。
客より遅れて当日到着することがすでにツッコミどころだ。シルヴィアたち王家の方々はすでに公爵家に到着し会場にはまだ姿をあらわしていない。
(そういえば、どのタイミングで仕掛けるんだろう?
それに、シルヴィアが言っていた伝説の騎士の末裔って、レンナートとアルフレッド、それに残りの三人って誰なんだろう?
多分この中の青年貴族の誰かなんだろうけど……)
レンナートと一緒に舞踏会に行っても紹介してもらったのは夫人や令嬢たちばかりで、面識のある男性貴族といえば、彼女たちの旦那さんやお父さんたちばかりだった。知ってる青年貴族なんて残念ながらアルフレッドだけだ。
(そういえばアルフレッドはさっきこっちに向かってひらひらと陽気に手を振ってたけど、目敏いヤツめ。今日の重大さほんとに分かってる?!
それに引き換えレンナートは…)
こっそりと視線を向けた先ではレンナートが訪れた招待客に挨拶をしてまわっていた。微笑みながら会話をしているレンナートは秋の麗らかな陽光を受けまさに輝いていた。
特に今日の服装は完璧な正装。詰襟の真っ黒の服には、金で装飾された肩章と金糸の太い飾緒が付き、肩から腰にかけて掛けられた光沢のある鮮やかなブルーのサッシュにはいくつもの勲章が吊るされている。
(素敵すぎてほんと惚れ惚れするわっ!)
レンナートはこの片隅のカウンターの中に私がいることをちゃんと知っていて、会場で招待客と会話をしながらでも時折視線を向けてくる。
胸がぎゅっと切なくなった。
レンナートから突き放されてから本当の事情を知るまでの長い時間、何か理由があるのだと頭では分かっていてもだんだんと寂しさが募った。
日にちが経つにつれ、夜、一人で部屋にいるとふと思うことがあった。
レンナートが私に告白してくれたこと、あれは本当なら『私』が受けるものではなかったのかもしれないと。
夜、頼りないランプの光だけの暗い部屋の窓から見える月が、薄雲に重なり淡く滲んで見えた日には特にそんな思いにとらわれた。
じつは私なんかがレンナートに好かれるはずなんてなくて、 彼に出会ってしまったのはこの世界の『間違い』で、彼と出会うはずだった女性がこの世界にちゃんといて、そしてそのひとこそ国王陛下からすすめられた高貴な女性。
私こそ二人の邪魔をしているこの世界の『異物』で、ここにいてはいけないんじゃないかと。
そんな暗い考えは仕事中でも不意に私を不安にさせ、ぼんやりとしてしまうようになった。
でも、そんな私を現実に引き戻してくれたのは私を見つめる紫眼の視線。その度に私は白昼夢を見ていたような感覚から急に現実に引き戻された。
微笑みを向けてもらえなくても、レンナートが見つめていてくれたから私は油断すると弱っていきそうになる気持ちを強く持てた。「何を柄にもなく感傷的になってるの!彼が必要としてるのは、私なんだから!」って。
彼の腰に下がる銀剣。力の解放の方法がまだ分からなくてこの日を迎えてしまったことに、彼はとても不安に思っているはず。
私に何も知らせていないことにもひどい罪悪感に苛まれているはず。
私がシルヴィアと元の世界・日本繋がりなんていう反則の裏ワザで情報を仕入れているなんて露ほども知らない。
(ごめんね。辛い思いさせて。
シルヴィアから教えられて真相を知ることができたけど、結局は全てはぶっつけ本番。
とにかくピンチになる心構えだけは充分出来た。
漫画的お約束なら、吸血姫は私とレンナートの関係なんてお見通しで必ず私を狙ってくるはず。
私がピンチになることで吸血姫を倒す力が得られるなら、精々危ない目にあってやろうじゃないの!
私、頑張るから!頑張ってピンチになるから!)
私が心の中で拳をつくって叫んでいると、レンナートの婚約者の到着がついに告げられた。
会場に集まった全ての招待客たちがたちまちシンと静まり返り、大扉に注目する。
大きな扉が侍従たちの手により左右にゆっくりと開かれてゆく。
扉が徐々に開き、その中央に姿をあらわしたのは―――――ビスクドールのような顔の超絶美女だった。




