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耽美な異世界に落ちてしまったのですが、耽美系女子演じるのも限界です。  作者: ちよのまつこ


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6

 黒薔薇…


 そう囁いた私の言葉に、王女様が驚愕の表情でばっと振り返る。

 私たちは見つめあった。食い入るようにお互いを見つめあった。


 そして、王女様の口から躊躇(ためら)いがちに小さな小さな声。


「お花…見える?」


 私は目を見開き、一瞬息を止めた。


 張り裂けそうなほどに高鳴る鼓動をドレスの上から拳でぎゅっと押さえながら、


「し…背負って…ます」


 あまりの動揺に言葉が上手く出てこなかったが、王女様にはしっかりと伝わった。ひゅっと息を吸い込み碧眼を見開いた。


 二人にもう言葉はいらなかった。

 お互いしばし万感の思いを胸に見つめあったあと、何度も何度も小さく頷(うなず)き合い「そうよね、そうよね」と確かめ合いながら手を取りあい、そして抱擁。


 私はレンナートに、王女様は国王陛下に、「いい加減にしなさい」と引き離されるまで熱い抱擁を交わした。


 それが、この国、ケニフィス国の王女、シルヴィア・デ・ケニフィスとの出会いだった。


 シルヴィア王女様は転生パターンらしい。元は一般企業の会社員。

 私たちがこの世界に落ちた時期にかなりの差があったり、転生やら転移やらとパターンに違いがあるが、話してみると日本で暮らした時期はあまり差がなかった。

 この不思議な出来事についてあーだこーだと考えたところで不毛なので、こういうものなのだと私たちは納得した。

 シルヴィア王女様も繊細とは言い難い性格だ。私たちはすっかり親友同士になった。


(王女様は耽美クラスの最高峰?いえいえ、むしろシルヴィアとお茶するのが最大の息抜きになりましたとも!)


 レンナートとのことがあってすぐに情報収集のためにシルヴィアに連絡をとったが、お互いメイド業と王女業が忙しくなかなか時間が合わなかった。私たちに身分の上下など存在しない。

 やっと会えたのはアルフレッドと薔薇園であった数日後のことだった。

 私がメイドになろうがなるまいが、王女様との面会は特別待遇だ。公爵家の屋敷でも王女様とお会いすると言えばすんなり外出許可が出るのはもちろん、服装から馬車まで全部用意してくれた。


 そうしてようやくこの件の真相を知る機会が得られたのだった。



*

 通された王女様の私室のリビングではすでにお茶の用意がされていた。


 ティースタンド、ポット、ティーストレーナー、ナイフ、フォーク、スプーンの純銀製品が光り輝き、ティーカップ、ソーサー、ケーキ皿、シュガーポット、ジャム入れにいたるまですべての白磁は繊細な絵が描かれた逸品。

 何もかもが、王女様の午後のお茶のお時間にふさわしいご様子だ。


 侍女たちがしずしずと退出するのを、視界の端にとらえながら、内心そわそわしつつ待った。

 扉がパタンと静かに閉じられてからも侍女たちが扉近くから完全に離れたと思われるまで待ってから、やっと口を開いた。単刀直入に。


「で?何があったの?レンナートのお花の具合で何かあるっていうのはわかるのよ。もう彼のほうが枯れちゃいそうで」


 ローテーブルに身を乗り出しながら、正面のソファに座るシルヴィアに詰め寄る。

 だが、シルヴィアは指を顎にあてながら小首を傾げてたいへん可愛らしい様子で、


「うーん、でも知っちゃうと、当日の驚き方がわざとらしくなっちゃうし」


と訳のわからないことを言って言い渋る。


 中身はさておき、外見は正真正銘の王女様なので、どんな仕草もたいへん可愛らしい。

 私も転生パターンがよかったなと一瞬頭によぎったが、ここまで待ったのに焦(じ)らされるとイライラが増すばかりだ。


「当日?当日って何?とにかく、早く、教えてっ」


 声を低く凄(すご)むと、あっさり口を割った。だが聞いてから、そんな内容ならもっと躊躇(ためら)えよと言いたくなった。


 なぜなら―――――


「レンナートのお相手って吸血鬼なの」


(……………きゅう…?)


「当日もそれくらいちゃんと驚いてよ?」


 自分がどんな表情をしているのかなどわからないが、相当すごい顔をしているようだ。


「はあ?ちょっ…ちょっと待って。なんて言った?吸血鬼って言った?あの吸血鬼?」


「そう、あの吸血鬼。アリスと会えない間に私も結構調べてみたのよ」


 シルヴィアは「結構たいへんだったのよ」と言ってティーカップを手に取り紅茶を一口飲むと疲れたふうに溜息をついた。


「レンナートが婚約することになった女性は、北方の山に囲まれた小国、ギルデ国の王女なの。年は十八歳、私らの一つ上ね。

ギルデは小国だけど鉱物資源が豊かだからお財布は結構潤っているのよ。だから婚姻を結びたいと考える国は多いわね。

ただ、不思議話があるの。アリス?聞いてる?」


(吸血鬼?いるんだ実際吸血鬼って…吸血鬼って血を吸われたら吸血鬼にされちゃうんだっけ?いや、死んじゃう?血を飲まれて、吸血鬼の血を飲まされたら吸血鬼になるんだったか?いやいや、それにしても、吸血鬼って…)


「もしもし、アリス?アリス!聞いてる?」


「聞いてる。聞いてるけど、理解が追いつかなくて。えーと不思議話があるんだよね、それで?」


 いつまでも動揺していても仕方がない。シルヴィアに続きを促すと、「ここからが大切だからちゃんと話しについてくるように」と、先生のように注意された。


「不思議なことに、この国では五十年から六十年おきに物凄い美形の王女様が現れるの」


「現れる?産まれるじゃなくて?」


「現れる。毎回国王の隠し子として十七、八歳の女の子が現れ王女として王家に迎え入れられる。そしてすぐに結婚が決まって他国の上級貴族か王家に嫁ぐのよ」


(ん?どういうことだ?先生、分かりません。)


「そして、結婚してから直ぐに、新婚夫婦は亡くなってしまうの」


(亡くなる?!美形の王女様…吸血鬼…夫は高貴な血筋…先生、なんだか…)


「分かってきたかも。それって、つまり、」


「そう、この王女様は毎回同じ人物で、五、六十年ごとに極上の血を飲んで不老不死を保っていて、多分周りの者たちもすべて手下の眷属でしょうね」


(やっぱり予感的中)


「吸血鬼なんだから死んだふりなんてお手のものでしょ?だから葬られた後に抜け出して国に帰ってまたお腹が空いたら血を求めて知らん顔して嫁に行くのよ。

五、六十年もたてば不審死のことなんか忘れられているからね。柩を掘り返しても空っぽかすり替えられた遺骸があるだけでしょうね。

そして、やってきたお食事タイムがちょうど今で、次に目を付けられた餌がレンナートってわけ」


 背筋を悪寒がぞくぞくと駆け抜けていく。


「ホラーだ。これ完全にホラーだ。そんな話誰が調べたのよ。

その人死んでるでしょ!とっくに殺されてるでしょ?!」


「生きてるよっ!落ち着け。各国の王室が作っている『王室名鑑』を知ってるよね?血統の正統性とか複雑な婚姻関係を調べるとかいろいろ便利な。

そして、わが国で出資している多くの研究の中には、各国の王室の歴史を調べる研究をしている学者もいるわけ。

そして以前、このギルデ国の王女の不思議を見つけた学者から進言があったらしいの。『そろそろ五十年経つので縁談の話がきたら気をつけてください』って。

あの国って、もともと各国との文化や人の交流に関してはかなり閉鎖的なの。だから何かとてつもない秘密を抱えているんじゃないかっていうのは、長年まことしやかに噂されてきたわ。


そして、今回、ギルデ国からのまさかの婚姻の申し入れ。

嫁いでくる王女は昨年王宮に迎えられた国王の隠し子で十八歳、かなりの美形。

間違いなく親玉の吸血鬼…吸血姫(きゅうけつひめ)でしょうね。

レンナートを喰(く)ったら国に舞い戻ってまたギルデ国を影から支配するのよ、きっと」


「なっ、何(な)んそれっ!」


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