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そうこうしているうちに、とうとう婚約披露パーティーの日がやってきてしまった。
結局、レンナートが言っていた高貴な女性との結婚話はトントン拍子に進み、今日の日を迎えてしまった。
婚約パーティーが開かれるのは昼食を挟んでの数時間の予定。
会場はローゼンエスト公爵家敷地内にある建物。この世界の公爵家は広大な敷地内にパーティー専用の建物を持っていたりする。
たいへん立派な舞踏会場とそれに隣接する広大な庭には芝生が敷かれ、今日のような秋晴れの日にはガーデンパーティーなんかも素敵だろう。
公爵家当主の婚約パーティーともなれば盛大なものだ。
さらに、この度は特別のお客様として国王陛下と皇太子様、王女様も来られる。
ローゼンエスト公爵家はもともと王族が創った家。その歴史のなかで度々王女様も降嫁をしている。つまりごく親しい親戚のお祝い事に顔を出しに来る、たいへん気さくなことなのだ。
だが、迎えるほうは大事だ。ただでさえ招待客が多いのに。
全てに抜かりがないように、屋敷の使用人総出で何日も前から準備にとりかかった。前日はほぼ徹夜、当日の朝方になってからやっと少し仮眠して、そしていよいよ本番。
使用人たちはパーティー用の制服に身なりを整え、来客を迎える準備にとりかかる。
私はというと、普通に手伝った。
繊細な性格ではないが、自分だけ休んでいられるほど図太くない。
だが、おおっぴらに手伝うとメイドさん達が落ち着かないので、黙々と銀製品を鏡のように磨く地味な仕事に徹していると、「こんなところで何をなさっているのですか?」とメイド長に肩をたたかれた時は飛び上がるほどびっくりした。
確かに私はレンナートの部屋限定メイドだが、休んでいる訳にはいかないとメイド長に伝えると理解してくれたが眉間にシワが寄っていた。
この期におよんでも、きっと何か理由があるのだとまだ信じてくれているメイド長の気持ちが嬉しかった。
「みんな朝から制服姿もビシッときまって素敵。
私なんか太陽の光が目にしみちゃって。
ああ、疲れた…今から本番だっていうのに……」
『本番』、私の言うこの本番とは婚約パーティーのことではない。
そう、私は今日まで無駄な時間を過ごしていたわけではない。
私はすでにある人からこの件の真相を聞くことができていた。
***
その人との出会いは―――
ある日、私はレンナートに連れられて王家主催の舞踏会に出席することになった。
この時は内々に婚約の許可をもらっていたから来てもいいって言われたのだ。
初めて経験する王家主催の舞踏会。しかも最高峰の耽美な場所だ。私は何を見ても何が起こっても決してツッコまない!全て完璧スルーしてやる!と心に固く誓っていた。
いよいよ足を踏み入れた舞踏会場は光の洪水だった。
会場の壁面は全面鏡張り、いくつものクリスタル製のシャンデリアがぶら下がり、ブロンズ製の大型燭台の蝋燭の灯火が、蝋燭にあるまじき明るさで乱反射していた。
淑女のドレスは色とりどりの花々のように会場を彩り、その身を飾る宝石は光を浴びてさらに淑女たちを煌めかせていた。
そして、紳士たちはそんな華たちを賛美しながら談笑する。
華やかな談笑の輪には煌々しい明るさでシャンデリアが照らし、密やかにそして親密に会話のゲームを楽しむ紳士淑女たちには燭台が明度を落としてムードを演出する。
夜の舞踏会場を盛り上げ、紳士淑女がもっとも美しくあることが最優先。
シーンに合わせて明るさが自在に変化する摩訶不思議な蝋燭の灯火など誰も気にもしない。紳士淑女を美しく魅せるにはこれくらい当然のこと。
だから、もちろん私も口元に穏やかな微笑みをのせ、そんなことに動じるはずもなかった。
会場ではレンナート・エリク・ローゼンエスト公爵と私、アリスの到着に全ての視線が向けられた。
私たちの場合、華は明らかにレンナートの方だろう。だが私は顎を引き胸を張りレンナートと腕を組み堂々と歩いた。
会場内を歩く私たちを蝋燭のオレンジ色の光が美肌効果抜群に照らす。
尊顔を拝した王家の方々は素晴らしく美しい方々ばかりだった。
王家には直系男子の血筋にだけ受け継がれる髪と瞳の色がある。髪はストロベリーブロンドで瞳は金。器用な遺伝子だ。
国王陛下は五十代、その年齢にふさわしく切れ長の目元に渋い大人の色気があり、頭も切れて腕もたつデキる男のオーラを放っていた。
王妃様もたいへん美しい方で、優しい微笑みに性格の良さが滲み出ていた。
皇太子様は国王陛下を若くしたら瓜二つ。さぞかしおモテになるのだろう。レンナートとは同い年の幼馴染。つまりアルフレッドとも幼馴染。皇太子様と公爵家当主と有力貴族の嫡男、妥当な関係だ。
そして、王女様がお一人。歳は私と同じ年の十七歳。王妃様似の金髪碧眼の美人。
勢揃いしたご一家の背後を飾っていたものは花ではなかった。それは光。
光の粒が周りに漂い、皆様方に降り注ぐ。
動くたびにキラキラランと光の粒が舞い、その光がさらに舞踏会場の光とあいまって、さすが王家!神々しい域にまで達していた。
王家主催の舞踏会、皆様もさぞ気合が入っているのだろう。
舞踏会が始まると、王家の方々もホールで貴族との歓談の輪に入り気さくに声をかけていらっしゃった。
私もその場で国王陛下にご挨拶を許された。国王陛下もにこやかに「似合いの二人だ。正式にまたおいで」と、声をかけてくださった。そのあとはレンナートの後ろに一歩下がってお二人の会話を見守っていた。
だがそのとき偶然聞こえてしまったのだ、近くにいた王女様が扇子で口元を隠し、ある貴族を見て「悪そうな花背負っちゃって…」と囁くのを。
私は驚愕した。
(いままでこの世界の人に背負ってるお花のことを聞いても、は?何言ってんの?的にスルーされるはずなのに!
この人は確かに「花…」と呟いた。
まさか、まさか、まさか…この人は!)
私は居ても立っても居られなかった。見て見ぬ振りなど出来るわけがなかった。
一か八か、王女様のそばで私が見たものをそっと呟いてみる。
「黒薔薇…」
と。




