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こんにちは!耽美系少女漫画の世界に落ちたと思われる、アリスです。
今朝も清々しい朝の目覚めでした。
毎朝窓辺にやってくるかわいい小鳥たちは毎朝同じ時間にさえずり私を起こしてくれる。薔薇の棘取りの時はちょっと早めに来てくれた。
お腹は真っ白で羽は薄水色のシマエナガ似の激カワな小鳥さんたち、いつもありがとう。
寝汚く寝坊しないのはここが美しさ最優先の耽美な世界だから小鳥たちも協力してくれる。
告白を受けた日からの日々はレンナートとの婚約式に向けて忙しい毎日を送っています。
ドレスの打ち合わせに、マナーやダンスのレッスン、社交界に顔を出し、舞踏会やらお茶会やら。
私がどこから来たとか、公爵家の当主の嫁が私でいいのかとか、もう全部すっとばした超絶ご都合主義まで発動しているみたいに恐ろしく順調に進んでいます。
でも、私だってただ流されているわけじゃない。レンナートからの「愛している」の言葉が私の心を震わせたのは本当。
この世界に落ちて半年、見るもの聞くもの全てがツッコミどころ満載でレンナートを一人の男性として見ることまで頭が回っていなかった。ましてや私が彼の恋愛対象に入っているなんて思いもしてなかった。
あんなにはっきりと告白されて、私を抱きしめている温もりが、伝わる鼓動が、心に響くようなレンナートの声が、彼が現実の男性なのだと強く私に意識させた。
確かに、やり方はかなり強引だったけど、私はものすごく焦っただけで嫌だったわけじゃない。
本当に嫌なら殴り倒してさっさと屋敷から逃げたはず。
結局のところ、この異世界に落ちて以来ずっと優しくしてくれた彼に知らず知らずのうちに絆されていたということ。
そして、晴れて恋人になった現在。
さぞ甘々で、耽美な恋愛を満喫していることとお思いだろう。
ええ、ええ、それはもう、自分で言うのもなんですが、愛されてますよ、私。
いつも甘い言葉をささやき、隙あらばぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
キスも甘くとてもロマンティックだ。
だが、このロマンティックな雰囲気…これが厄介。なぜならこればっかりはどうしても慣れない。
どういうことかと言うと……ある日私はレンナートと屋敷の森を散歩していて木の梢につくられた鳥の巣に雛が孵っているのを見つけた。毎朝起こしてくれる小鳥たちはここで暮らしてた。
小さくふわふわとした将来の目覚まし時計たちがあまりに可愛くて「可愛いね!元気に育ってほしいね!」と笑顔で彼に言った。
するとレンナートは普段は冷たいほどに感情を抑えた凛とした美しい顔をくしゃりと歪めてキュッと下唇をかみ胸をギュッとおさえた。
私が急にどうしたのかな?と小首をかしげると、長い指の背で私の頬を撫でてから親指でそっと唇をなぞった。
驚いている間に指で耳たぶを優しく愛撫し、髪の中にそっと手を差し込まれ後頭部をほんの少し強引にひかれれば、視線の先には高貴な紫の瞳が切なげに私を見下ろしていた。
銀糸のような煌めく髪がサラサラと彼の肩から流れ落ち、あっと言う間に二人のまわりに銀のカーテンがひかれ二人だけの世界となる。
やがてうっとりと微笑みながらゆっくりと顔が傾けられ降りてくる……ゆっくりと…ゆっくり…───
(いつもこの『間』が、堪らない!)
とにかく恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。うわぁぁぁ~!と叫んで走り出したい!
本物のこの世界女子なら、瞳をウルウルさせ僅かに震えながらこの甘~い時間を堪能しちゃえるのかも知れない。
そして、そんな二人はとっても絵になるのかも知れない。が、私には無理っ。
逃げ出しそうになるのを堪えるのが精一杯。
がっちり抱きしめられてなされるがまま彼の背中に腕を回すこともできずに、服をキュッと掴んでいることしか出来ないでいる。
そして次は酸欠との戦いだ。後頭部もがっちり支えられているから顔を背けることもできない。息苦しい鼻から抜けたような変な声を出しながら、もがくようにギブ!ギブ!と力なくパタパタとタップしなければならないのだ。
すると、キスから解放した彼はさらに私を締め上げ、首筋に顔を寄せて悩ましげな熱く大きなため息をつくのだ。
(すみません。そんなため息吐かせちゃって。
耽美な女子演じてる余裕なんてこれっぽっちもないし、第一、うっとりと微笑みながらお応えするなんて私のキャラじゃないんです。あー恥ずかしい)
「好きって、いって」とお願いされたとき、彼の胸に顔を埋めながら小さな声で「好き」って言うのがやっとだった。
続けざまに「愛している?」て言われて、額を擦り付けて「うん…」って頷くのが限界だった。
さらに「私が欲しいかい?」と聞いてきたときには体じゅうが沸騰してしまい見上げた目には涙をためて半泣きしてしまった。
彼は眉を八の字にした滅多に見られない情けない顔をして、抱きしめた私の首筋で大きな大きな熱いため息をついていた。
彼にため息をつかせてばかりだ。耽美とまではいかなくても、もう少しかわいいことを言える女子に生まれたかったとつくづく思う。
さて、今日レンナートは朝から私たちの婚約式のことで国王陛下に会いに行っている。
もうすぐお昼時。そろそろ王城から帰ってくるみたい。メイドさんや侍従たちの動きが慌ただしい。
見送りや帰宅の際は私も玄関に出る。行ってきます。ただいま。のキスをずらっと整列しているみなさんの前で軽くするのだ。さすがにこれは挨拶だと割り切れるようになった。
こんなことまで絶叫してたら身がもたない。
だが────
王城から帰ってきたレンナートの雰囲気はガラリと変わっていた。
馬車から降り立った瞬間から出迎えた私を一切見ず、通り過ぎざまに事務的に「執務室へ」と一言言っただけだった。
この日の帰宅はいつも以上の熱烈なものだと覚悟していたのに、彼が私にこんなそっけない態度をとったのは初めてのことだった。
まわりのメイドさんや侍従たちも何事かとざわめきながら主人の背中を見送り、私に気遣ったような視線を向けてきた。
私は呼ばれた通り執務室へ向かい、一つ大きく息を整えると意を決して立派な扉をノックした。
扉をあけてくれたのはレンナートの着替えを手伝っていた老年の執事だった。
「アリス様…」
彼は私の顔をみるとひどく気遣うような表情を見せてから、「アリス様がいらっしゃいました」とレンナートに取り次いでくれた。
私が老執事と入れ替わるように執務室に入ると、背後で重厚な扉が閉じられた。
今までに全く経験したことのない冷たい空気を纏うレンナート。
さすがの私も困惑する。
彼がいる執務机の前までおずおずと歩み寄ると、
「高貴な身分の令嬢を正妻に迎えることにした。
きみは明日からメイドとしてここにいるように」
の簡潔な言葉。
意味をすぐに理解できずに固まっていると、国王陛下のご命令である国の高貴な女性との結婚が決まったので自分はその意に沿うつもりなのだというようなことを淡々と説明してくれた―――
「そう…ですか……」
今、私は帰ってから一度も私を見ないレンナートの手元をぼんやり見ながらそう返事した。
彼は老執事が置いておいた銀製の手紙盆から手紙を取っては差出人も中身も確認せずにペーパーナイフでサッササッサと次々に封を開けている。
(みんなが祝福する超ご都合主義「そんなバカな…」「これでいいのか?!」とは思ってたんだよね。
そっか、そっか、私もじつはけっこうあなたのこと好きだったんだけどな………でも、私にだってプライドはある。)
「……では、私はここを出ていきます」
「駄目だ許さないっ。出ていくことは許さないっ」
レンナートは急に声を荒げるとペーパーナイフを執務机にダンッと叩き置き、帰ってきてから初めて私を見た。
輝く銀の髪に高貴な紫の瞳の耽美な人。でも美しい見た目に反して公爵家当主として強靭な精神力と能力を持っている人。その人が声を荒げて感情を見せる。
それも自分は他の女性と結婚するくせに、私に行くなと命令する。一度は結婚を申し込んだ相手にメイドとしてなら置いてやると命令する。
どんな非道だと言い返してやろうと、負けじとレンナートを睨みつけた瞬間みつけてしまった。
レンナートの感情に反応したように背中を飾った耽美なお花がはらはらと花弁を散らしてるのを。
それは私に向ける態度とは真逆の感情をありありと表していた。
それに、さっきから内職のように手紙を開け続ける挙動不審。
(さては…お城で何かあったな。)
そう思うといくらきつく睨みつけられても彼の苦悩が背後から透けて見えて、ハラハラドキドキのすれ違い展開どころか一体何があったんだと好奇心の方が勝ってしまう。
たぶんリアクションの正解は、鋭く冷たい視線を向けるレンナートに顔面蒼白、膝はガクガク、目からは大粒の涙を流し、「だって、このまま側にいるなんて堪えられないの!」とか、はたまた「どうして!嫌よ!捨てないで!」とかだろう。
(うーん…とりあえず泣くか。泣けるか?)
私に冷たく厳しい態度を見せているのに、執務机についたレンナートの拳は固く握られ苦悩に堪えている。
やっぱり泣けない私はこの場から逃げることを選択した。
出てもいないのに、うっと涙を堪えるように手で顔を覆い執務室を飛び出した。




