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そして、今朝のこと―――
早朝から起きて結構な広さの薔薇園で薔薇摘み。
(やれやれ罰まで美しい)
朝露に濡れる高貴な真紅の薔薇たち。
朝日が顔を出し始めると、露は一斉にダイヤモンドのように煌めきだし高貴な真紅の貴婦人たちを美しく飾る……
(眩しっ!おまえらも耽美なんかい!病害虫なんてのはいないことになってるんだなっ。
はぁ、さっさとやっつけるか)
「アリス?」
「アルフレッド様?」
この方、主様のご友人でそこそこ有力な貴族のお坊ちゃまらしい。
主様と同じ21歳だ。
ここ一週間ほど遊びに来てて滞在している。
体格のいい長身で、緩くうねる金の短髪にサファイアブルーの瞳、言わずもがなの美形。
どうやら朝駆けをしてきたようだ。
白いブラウスの前ボタンを三つほどはずし胸板が丸見え、運動後の余韻で少し汗ばんでいる。
朝から乗馬、清々しい汗だ。
(色気の蛇口壊れてますよ)
主様と並ぶと金と銀でとても豪華だ。
わたしは最初、二人は特別な関係かと思っていたが、そうではないらしい。こういう世界ではそういうのがつきものじゃないかね?と思ったものだ。
「おはよう、アリス。まだ仕事の時間ではないだろう?何をしているのだ?
薔薇の棘……?何故君がそんなことを?!」
「お、おはようございます。じつは、昨日茶器を割ってしまいまして。
メイド長様から主様のお部屋に飾る薔薇の棘取りを言いつかりました。」
「なんと!ああ、アリス、かわいそうに。
それに、指先から血が出ているじゃないか!」
指先からちょぉーっとだけ出ていた血を、ポケットから取り出した真っ白な絹のハンカチで丁寧にそっとぬぐう。
「まあ、ハンカチが汚れますぅ。こんな傷、大したことありませんからっ……」
指先を握り込んで恐縮してうつむく私。
(ホントいちいち大袈裟だよな。
早く行ってくれ。こんなことしてるうちに出来るっての!)
「……アリス、君はそうやっていつも堪えるのだな。
このたくさんの美しい薔薇の貴婦人たちの中にいても、俺は君を見失わない。
俺は…美しいだけの薔薇に惑わされたりしない。」
(………。ィ…イヤーーッ!!なに寒いこと言ってんのー!)
「すまない。急にこんなことを。驚かせてしまったようだな。俺も手伝おう。」
「いいえっ!!」
「アリス?」
(ヤバっ、思わず強く拒否ってしまった)
「えっと、こ、これは私の罰ですから。」
「君って人はどうしてそんなに……。わかった、ではこれを使ってくれ。
せめて君の手を守らせて欲しい。」
そう言って皮の手袋を握らせ去って行くアルフレッド……
(寒すぎる。肌がブツブツしてる。
あーもう!とっとと終わらせよう)
手袋を遠慮なく使って、握り込んだ薔薇の茎をビャッと一気に扱いてあっという間に終わらせてやった。
✳︎
き、貴族なんて耽美のハイクラスじゃないかっ!
耽美系女子やるのも限界だ。それに、ツッコめないストレスが半端ない。
穴を掘って大声で叫びたくなる。いつか「なんでやねーん!」って主様の頭を叩いてしまう。
どうしたら……
そうだ!庶民に紛れればいくらかましかも。
庶民ならぐんと耽美ランクが落ちるはず。
よし、屋敷を出よう!
「―――― だよ。アリス?」
(へ?)
「はい?」
(ヤバイ、何にも聞いてなかった)
「ああ、アリス!嬉しいよ。『はい』と言ってくれるのだね。
私は今日のこの瞬間を一生忘れないよ。
いまここで二人だけの誓いをしよう。いいかい?」
( へ?何が?)
主様の白いしなやかな指がわたしの顎にかかる。
クッと上を向かされた先には高貴な紫の瞳。
その瞳の奥に熱を感じる。その熱が何なのか、捉われていると次第に視界がぼやけた。
わたしの唇に主様の唇が重なっている。
「ふふふ、キスをする時は目を閉じるものだよ。
もしかして……キスが初めてなのかいっ?!ああ、なんて嬉しい驚きだろう!
可愛いアリス!!アリスの初めては全て私のものだよ。
私が全部教えてあげるからね。
アリスの初めてのキスが婚約のキスだなんて、なんて素敵なのだろう!
正式な婚約式は盛大に開こう。いろいろ準備が忙しくなるね。」
(な、何がおこった!?)
いつの間にか二人でソファに座ってるし。
「あ、あの、わたし、仕事が……」
「うん?まさか!もうメイドの仕事などさせないよ。
元はと言えば、アリスにはこの屋敷の実務も把握してもらいたいとメイド長に言ったら、実践するのが一番早いと言われたから経験してもらっただけだ。
でも、薔薇の棘はやり過ぎだな。
この屋敷の女主人になる人なのに、何より私の最愛の妻になる人なのに。
でもこんな辛いことにもくじけないアリスは心の強い人なのだね。
ひょっとするとメイド長はアリスを試したのだろうか。」
(さっきから何をペラペラと……婚約って…
つま…?妻ぁ!?こらこらちょっと待て待て待て!)
「これからは社交界のことや私の妻としての勉強をしていこうね。
大丈夫、私がいつも一緒にいるよ、アリス。
それに、アリスなら王妃様や王女様ともきっと親しくなれるはずだ。」
(王妃!?王女!?って……
耽美ランクの最高峰や~ん!)
「それから、婚約したのだからもう私の妻も同然だ。
アルフレッドと二人だけで会ってはいけないよ。
彼だけじゃない。私以外の男、全てだ。絶対に。」
主様のお背中におどろおどろしく爛熟した極彩色のお花が見える。
(あぁぁぁ~どうしよう~
言わなきゃ、聞いてませんでしたって、言わなきゃ。いま言わないと……っ)
「あのっ!」
「ああ、それからアリス?あまりぼんやり考え事をしていてはいけないよ。
大切なことを聞き逃してしまうかも知れないからね。
もしも大切な話だと、それに返事をしてしまったらもう取り消せない。
これからは気をつけるんだよ?」
主様、元い、レンナート・エリク・ローゼンエスト公爵様はそう仰ると煌めく銀糸の長い髪を揺らして艶然と微笑まれた。
恋情の熱を孕んだ高貴な紫の瞳がわたしをとらえる。
知らず首をコクリと縦に振っていた。
レンナート様の腕に体を攫われ、抱き込まれた胸板は厚く温かかった。
そして、体から響くように届いた甘い声に心の中のとても柔らかい部分を撫でられる。
―――愛している。アリス―――
この日、わたしはこの世界に落ちて初めて『耽美な世界』に身をまかせた。




